第30話 妹とこんな所で会うはずない
土曜の大型家電量販店は混み合う。
そんな当然のことは承知でオレがバスに乗ってここまで来たのは、一人暮らし用の電化製品の下見がしたかったからだ。
高3の暇な今の時期なら平日にも行けるが、そうなると客が少ないので店員に話しかけられる可能性が高い。どんな感じかなーと何となくふらっとするだけで、買ってもらいたい店員さんの営業トークを聞き続けるのは嫌だった。
ほら休みの日なら混んでるし実際に買う客の方が多いし、そっちに構ってたらオレはこっそり見て帰れるだろ。この方が疲れない。
スマホで家電を並べたサイトばかり検索していたが、先日せつろと買い物に行って感化されてしまった、とも言える。
見に行った方がいいだろうと思いつつ行動にしていなかったが、キラキラとした笑顔で買う物を選ぶせつろのおかげで外出するかと腰を上げることにしたのだ。
部屋もまだ決まっていないが、数字だけではなく視覚的に冷蔵庫や洗濯機の大きさが知りたかったし、ちょっとしたショールームがあれば住むイメージも湧きやすいしな。
候補の家電はいくつか事前に調べておいて、ひとりだけで誰も気にせず売り場を歩き回るのは楽しかった。
一人暮らし用の下見が終われば次だ。
感情はともかく、オレの肉体は正直で空腹と疲労を訴えている。
午前の遅めに入店してうろうろしながらお昼過ぎまでいたので、かなり腹が減った。まあ昼食のピークタイムに重ならないようにとわざとそうしたんだけど。
大型家電量販店はオレの住む県名を冠する駅のすぐ隣にあって、周りには飲食店も多い。食べるための店は選びたい放題だ。
和食、洋食、肉と色々考え、オレが選んだのはラーメンだった。
「らっしゃい!」
元気な声に出迎えられて、(たぶん)老舗ラーメン店の暖簾をくぐる。看板も店も幾分か黄ばんでいて置かれた備品も使い込んだ印象だ。店も奥まった所にあったし、古そうなのに店長らしき男の人は若そうだし、これは(たぶん)確実に昔から愛されてきた代々続く名店だろう。
店長に人数を聞かれた後はお好きな席にどうぞと言われたので、オレは右側奥にある2人用テーブル席を選んだ。カウンターでもよかったが、ちょうど絶妙な位置に客が3人座っている。さすがに知り合いでもない誰かのすぐ横は後から座りづらい。14時近くということもあってテーブル席は他に誰もいないし、オレが使ってもいいだろう。
入り口側に背を向けて、オレは低めの古臭い椅子に腰掛けた。
少し油でべたつくメニュー表をめくって、水とおしぼりを持って来てくれた店員さんに注文する。迷うこともなく醤油ラーメンと餃子とからあげだ。今ならどれだけでも食べられるという自信がある。朝食もちょっとしか食ってないし。
注文後メニュー表をテーブル隅のスタンドに戻そうとして、『割引』という文字が書かれているミニ卓上スタンドが目に入った。
『当店のメニュー(何でもOK)の写真をイミスタで投稿してくれたお客様はお会計時割引!』
どうやら店名のハッシュタグをつけてラーメンなどを紹介すれば、お会計が安くなるらしい。これはもうやるしかない。
それにしても常連のおっちゃんたちしかいなさそうな店の集客アイディアにしては今っぽいな。勝手な想像だが、店長を若い息子が引き継いで新しいこともやり始めたとかそんな感じだろうか。
しばらくすると熱々の餃子が先にやってきた。とりあえず写真を美味しそうに見える角度で撮っておく。
割り箸を割っていい匂いのする餃子を口に放り込めば、空腹だった胃が一気に喜んだ。
むっちゃ旨い。(たぶん)昔から地元民に愛されている名店の味だよこれは。
後ろで「ありがとうございました!」という挨拶が聞こえたので振り向くと、カウンター席にいた最後の客がちょうど出て行くところだった。いつの間にか客はオレだけになっている。
だが、入れ替わるように店に新しい客が入って来た。
店舗の入り口にいたのは小柄な少女だった。俯きがちの頭に黒のキャップをかぶっており表情が見えない。だがほっそりとした顎や全体の様子から何となく美人そうだなとわかる。明るい店長に出迎えられた少女は、オレの少し近くの左側カウンター席に腰を下ろした。
いやいやいやちょっと待とう。
おかしい。少女に見覚えがありすぎる。
オレ自身にはやましいことなどないが、慌てて視線を店の片隅の壁に戻す。落ち着こうとして餃子をもう1個食べたが、美味しいだけで状況の解決には繋がらなかった。
「とんこつラーメン……トッピングはチャーシューとネギ追加で。あと餃子とチャーハンお願いします」
カウンター席で注文する少女をそっと盗み見る。コートを脱ぎ黒いキャップも取っているので先程より容姿がしっかり確認できた。長い黒髪は後ろで1本の三つ編みにしていて、彼女の凛とした横顔がわかりやすい。
普段と雰囲気も髪型も違うが、どう見ても3番目妹の真白だった。
どうしてラーメン店に妹が?
うららとか真白とか美砂は、おしゃれカフェでおしゃれドリンクすすってるタイプの性格だろ。何でとんこつラーメンすすりに来てんだ。
しかも頼んだ量が多い。
真白に対して小食や大食いのイメージは特になかったが、女子高生が昼に1人で食べるには多い気がする。
オレは会う予定のなかった妹との遭遇に戸惑いながら、とにかく気配を殺し続けた。だって今更話しかけても空気が微妙になるだろうし、合流しても特に会話することないし。
それに勘違いでなければ、真白は家にいる時よりも隙がある。
妹たちと接する優しい彼女でもなく、オレに対するやんわりとした拒絶でもない。
素のままの真白と言うべきか、リラックスした知らない妹の姿だ。
オレだったら孤独を楽しんでいる時に、知り合いに話しかけられたくはない。
と、妹に気を遣うとオレが皺寄せを全部受けるはめになる。
ようやく届いたオレの醤油ラーメンとからあげは、できるだけ音を立てず可能な限りゆっくり食べた。もし真白より先に食べ終わってしまったら、長時間店に居座るのは不自然だし、会計をしようとすれば絶対にオレがいることがバレる。
無駄に水を飲んだり、イミスタに餃子を投稿したり、だらだらと時間を稼ぐ。
癒しはラーメンとからあげが絶品だったことぐらいだ。
客はオレたち以外にいなかったので、真白の注文メニューは割と早く到着していた。
真白はスマホとハンカチだけカウンターの上に置いて、無駄なくとんこつラーメンを口へと運ぶ。背筋を伸ばしてきっちり割り箸を持つ彼女の姿は美しかった。日頃から思っていたが真白は食事の仕種が綺麗なのだ。
こうやって休日に妹の外食シーンの観察をしてると、空しくなってくるな。
考えれば考えるほど意味のわからない状態だ。
食べるペースを調整しながら店で過ごせば、オレと同じタイミングで真白は食べ終わったらしい。頑張ったなオレ。土曜の落ち着いたラーメン店での昼食がこんなに心休まらない展開になるなんて想像してなかったもんな。
急にがやがやと声がして、複数人が話しながら店へと入って来た。店長が案内している間に、真白は慌てたように立ち上がるとコートと鞄を持ってレジへと移動している。急いでキャップをかぶって支払いを済ませて彼女は出て行ってしまった。
オレも帰ろうと席から立って、ふと気が付く。
真白が座っていたカウンター席には、上品な黄緑色のハンカチが取り残されていた。
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