第28話 妹属性とハッピーバレンタイン
「驚かせるなよ」
「あれ? 普通に話しかけたつもりだったのに」
突然の多岐川襲来に驚いたものの、オレはすぐに平常心を取り戻す。何やら悪だくみをしているような顔だったし、付き合ってもいいことが無さそうだ。
「帰る前に見つかって良かった。私、晴丘に用事あったんだ」
「同じクラスなんだから教室で言えよ」
「ほらー、やっぱこういうの恥ずかしいじゃん」
午前中、小槇に散々振り回されていたせいでオレは相当疲れていた。構えることなどできず、オレは多岐川から予想外の一撃を喰らう。
「はいチョコレート」
白くて小さめの紙袋が差し出される。つるりとした紙質で、おそらくブランド名であろうアルファベットが銀色で印字されていた。受け取るとひやりとした冷たさが手を通じて伝わってくる。
「取っ手の所持ってね。直前まで冷やしてたんだけど、生チョコだし気を付けないと溶けちゃうから。家帰ってもすぐに食べないなら、冷蔵庫に入れてね」
「え、あ、うん」
多岐川の話の半分も頭に入ってこない。
え、オレもしかしてチョコレートもらった? バレンタインに?
小槇からも貰ったが、あれは一番目妹の実績解除に利用されたしオレも食ったことのあるコンビニ菓子だし、こんなに『本気感』はなかった。
というか多岐川からは告白されてるわけだし、もしかしなくてもこれ義理とかクラスメイトへのチョコじゃなくて、もしかしてこれ。
「お、受け取ったなー。じゃあ私の気持ちを受領したってことで、彼女にしてくれる?」
「……すみません、お返しします」
「待って待って待って! 冗談です待って返さないで!」
持ち手の紐部分を持ち直したオレの手に、多岐川が手を重ねてぎゅっと握り締める。紙袋をオレが手放さないようにこちらにぐいぐい押し付けられた。気のせいかもしれないが多岐川の手が熱い。
「もう、晴丘は極端だなあ。普通に受け取っておけばいいのに」
「先に甘い餌を与えて油断させたところを後ろから銃で狙撃する奴が敵には多いから注意しろって家で教育されてて」
「どんな家だよ」
オレが贈ったチョコレートを離さないと確信したのか、多岐川の指先から力が抜けていく。こうして触れてみればやっぱり性別が違うのだと再認識する。多岐川の細くて白い手は、オレよりもずっと柔らかかった。
「この前のココアのお礼だよ。それだけだから受け取ってよ」
「お礼がデカすぎるだろ。釣り合ってない」
明らかに高級そうなチョコだ。紙袋は銀色のシールで閉じられているが、隙間から純白の小さい箱が見えている。オレが渡した百何十円のペットボトルココアの返礼にしては高すぎる。
「そこはほら今日がバレンタインなのもあるしプラスということで」
「勝手にプラスしやがって」
「文句が多いぞー」
不満そうな少し悲しそうな顔を冗談っぽく作って、多岐川はようやく手を離した。
そこでオレは自分自身に舌打ちしたくなる。
多岐川とは色々あったせいか、普段通り接しようとするとどうも上手くいかない。何かを期待されてるんじゃないか、と疑って言動を素直に受け取れない。
オレは多岐川に望まれていることを返せないし、返す気もなかった。
だからつい否定的になってしまう。
そもそも何故オレに告白してきたのか、という部分から疑問だ。
多岐川の態度からも読み取れないことが多いし、話していると『中身の見えない箱に手を突っ込んで中に入っている物を当てるゲーム』をしている気分だ。
だからと言って、人付き合いと社交にきちんと答えないのはよろしくない。
「ありがとう」
家族である小槇以外で初めてチョコレートをくれた人だ。
変な言い訳をせずに感謝の言葉を伝えればいい。
多岐川が妹属性持ちだということに、オレは今だけ目を瞑った。
「……わーお、急に素直じゃん」
「悪いな、雑念が多すぎて、高校生という青春時代にクラスメイトの可愛い女子からチョコレートをバレンタインの日に貰うというありがたい事実から目を逸らしてたんだ。ありがとう」
「……素直過ぎて怖いな」
ちょっと引きながらも多岐川は軽く笑ってくれる。緩く波打つ髪を軽く左耳に掛けこちらを見上げてきた。じっと顔を合わせれば、多岐川がクラスの中でもかなり可愛いことを改めて思い知らされる。
だからだ、何でという疑問が付きまとうのだが。
「すっごい今更なんだけど、どうしてオレに告白なんかしてきたんだ?」
思わずといった感じで、オレの心の奥に巣くっていた疑念が口から飛び出していた。もう聞いてしまったものは仕方ない。黙って多岐川の返事を待つ。
「どうしてって彼女になりたかったからだけど?」
「つまり……好きってことだよな?」
「普通はそうだろうね」
「微妙な言い方するなあ」
告白後に保留と言い出した時と同じで、誤魔化されている気がする。
「でも切っ掛けみたいなの無いよな? 2年間同じクラスだったけど仲良かったわけじゃないし」
クラスメイトだから用事があって話すことはあった。だが、親しくないし友人だった記憶もない。どこで告白されるまで好意が積み重なったのかが、さっぱり不明なのだ。
「晴丘とここまで会話するようになったのも最近だしねー」
「じゃあ何で……はッ!」
「お、晴丘くん思いついたことがある様子。回答どうぞ」
クイズ番組の司会みたいな多岐川の発言のせいで、オレは存在しないはずの回答ボタンを押したくなった。
夢みたいな話だが、オレが告白されるなんて夢みたいな状況なんだから真実はこれでいいかもしれない。
「実は多岐川とは幼い頃会っていて、将来結婚を約束した年上の幼馴染だった!」
「違うけど」
冷めた目の多岐川にばっさり切られる。
「というか晴丘そんな約束した幼馴染いるの?」
「……いません。妄想です」
「そっか安心した」
どうやら違ったようだが、オレは別の可能性も捨ててはいない。
「多岐川!」
「はい、次の回答どうぞ」
「実はナンパを拒否ったせいで危ない目に遭いそうになって、偶然居合わせたオレが助けたことで惚れてしまった年上のお姉さんだったのか!?」
「違うけど」
「違うのか!?」
「というか晴丘ナンパから助けた女の人とかいるの?」
「……いません。妄想です」
「まあ普通はないよね。というか、さっきからちょいちょい自分の年上欲望を詰め込もうとしてるし」
おっしゃる通りだが、オレは姉属性の方がいいんだから当たり前だろ。
「えーと、知らない間に多岐川の親御さんを助けた?」
「違うけど」
「じゃあ交通事故に遭いそうなところを助けた」
「違いますね」
「多岐川をあらゆる困難から助けた」
「そろそろ助けるシリーズから離れよっか?」
冗談っぽくしてみたが、多岐川の対応的に正解に少しも近くないようだ。
やっぱり惚れるとなると相手に助けられたというのが一番わかりやすい理由だ。問題点としては、オレが多岐川を救った記憶がゼロなところだろう。
告白を断っておいてどうかと思うが、やっぱり理由はすごく知りたい。
多岐川には申し訳ないが、今後姉属性と恋愛関係になるために勉強になるかもしれないし。これ言ったらキレられそうだけど。
「もう降参だよ。教えてくれたっていいだろ?」
「彼女にしてくれたら教えるよ」
「……別の条件にしてもらってもいいですか?」
多岐川はまだ上履きのままだ。しばらく帰る気はないのか、オレたちのクラスの靴箱からすっと距離を取る。
多岐川の動きに合わせてスカートが舞って、太ももがちらりと見えた。
「んー、秘密」
彼女は唇に人差し指を当てて、意味ありげに微笑む。
多岐川の後ろにはガラス張りの生徒用玄関があって、ちょうど逆光になっていた。肩にぎりぎり届かないぐらいの髪に光が透けている。
悔しいことに、妹属性だというのに。
不覚にもちょっとドキリとしてしまった。
まあ一瞬だけどな。数秒だけな。
絶対に錯覚だろうけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。