第26話 妹にチョコを期待するな
日本の彼女いない男子高校生80%は大嫌いなバレンタインデー。いや聞く界隈を変えれば確実に100%だと確信している。
そんな呪われた1日が今年もやって来る。
今年は高3だし、学校へ向かうのも毎日じゃないから回避できるな、と喜んだのは登校日を確認するまでだった。
久しぶりに朝早く起き、久しぶりに朝早く登校し、久しぶりにオレは学校の教室に来ている。だってしょうがない。今日は登校日という名の教師陣が生徒たちの動向を確認する日だ。
加えて――。
「何で今日はバレンタインデーなんだよお!」
「それな」
オレがからあげを食べている横で、友人たちがこの世の不幸を嘆いている。口にジューシーな鶏肉が入っていて喋れなかったのでオレは首を縦に振って肯定した。
この後3年生は卒業式の打ち合わせがあるので、クラスの奴らは思い思いに短い休み時間を過ごしている。オレも食堂で買ったからあげを食べながら小腹を満たしていた。周りを囲む友人たちもポテトを食ったりスマホをいじったりしているが、話題は専らバレンタインだ。
家族以外から貰った者は少なく、唯一彼女持ちの友人がまだ貰っていないとわかった時は同類だと一瞬盛り上がったのだが。「学校終わった後で会う約束してて、多分そん時くれんじゃねー?」という彼女持ち特有の余裕を見せつけられ、「クソが」「幸せに滅びろ」「よかったな爆発しとけ」と数人から罵倒されていた。もちろんオレもしておいた。
「晴丘は彼女いねえけど落ち込む必要ねえじゃん、美人妹いるし」
現実を分かっていない友人がポテトを食べながら、ポテトでこちらを指してくる。
「妹をカウントするな。というか数年ぐらいまともに貰った記憶ねえよ」
「強請ってみろよー」
「死んでも嫌だ」
「この贅沢ものめ。貰えなくても共に暮らせる幸福を噛み締めて死んでおけ。ダウナー系巨乳義妹とツンデレ系実妹と大和撫子系敬語義妹とその美少女そっくりの妹2人だろ!? クソが!!」
「うるせえ!! というかツンデレだけは認めねえからなツンギレしかいないぞ実妹は! 他の義妹も都合よく歪め過ぎだしお前の眼鏡の度狂ってんぞ!!」
眼鏡の口うるさい友人に興奮気味にキレられ、オレも負けじと言い返す。妹を美化する言動が多くオレとよくケンカになるのはこの眼鏡だ。
「そうやってチョコくれるかくれないか気にして荒れるは止めようぜ。ほら可愛い子だったらこっちにもいるし」
別の友人がスマホの画面を差し出した。そこには『ハッピーバレンタイン』という可愛い文字が書き込まれたにチョコレート菓子の写真がある。この仕様はSNSのイミスタだ。megi1368という下に表示されたIDにも覚えがあった。
「えーと、MEGIちゃん? だっけ?」
「お、晴丘知ってんのか?」
「んーまあ知ってるっていうか……数日前にアカウント作ったし」
この前のせつろとの買い物中にクーポンが手に入るからと急遽ダウンロードしてから、何となく色んな写真を見たり近所の店をフォローしたりはしている。するとやたらとオススメユーザーに出てくるのだ。このMEGIちゃんとかいう謎の女子高校生は。
「住んでる地域入れてるとMEGIちゃんは推されるよな。わかる」
「名前ぐらいしか知らないんだけど、何なのこの人」
オレの問いに次々と彼女に対する情報が押し寄せる。
「謎の女子高校生」
「永遠の16歳」
「むっちゃ美少女スカート短い」
「可愛いとイチゴを好みながらもどこか親しみやすさのある生活感を見せてくる確定美少女」
「たぶん若い女子のふりしてるおばさんじゃね?」
「いやおっさんだろこの間新幹線でシュウマイ弁当食ってたぞ」
「確実おじさんだろ? 前アップした胡椒味のスナックに『ビールと合うと思う』とか言ってたし。『まあ私は飲めんけど永遠16だし』って誤魔化してたな」
「……どれが真実なんだよ」
後半から近くにいたクラスメイトも加わり謎の情報が投げつけられる。女子高校生なのかと思えば、それっぽくない写真もあり想像は混沌としているようだ。
「ばか! そういうおじさんっぽい趣味してる女子なのがいいんだろうが!」
「手とか写り込んでるしどう見ても美少女だ!」
「お前は手オンリーで何を決めつけてんだ!」
楽しそうに議論を続けるクラスメイトを放置して、最初にスマホのMEGIちゃんの写真を見せてきた友人が話題を戻す。
「とにかく、朝一で『いつも応援してくれるみんなへ私からのハッピーバレンタイン♡』と言って写真を投稿してくれるようないい子だぞ。ほら確実に1個チョコ貰えた」
「いや……写真じゃん……」
「まあそういうなよ晴丘! ほらアカウント教えろよフォローするから!」
「別にいいけどさあ……」
いまいち納得できないが友人がそれで幸せならオレが言うことは何も無いのかもしれない。
操作が煩わしかったのでイミスタを立ち上げた状態でスマホを渡せば、勝手にフォロー作業をやってくれる。オレは再びからあげを口に投げ込んだ。
こうやって食堂の物が食べられるのも、教室の片隅でこんなバカみたいな話ができるのもあと僅かだ。
「ほら晴丘、アカウント相互フォローしといたぞ。ついでにMEGIちゃんもフォローしておいたから」
「はあ!? 何でだよ?」
「時たま流れてくる自称女子高校生の日常は浴びると健康にいいぞ」
「じっくり聞くとヤバいこと言いやがって……」
オレが呆れながらもスマホを受け取りイミスタを確認しようとすると、教壇のある入り口付近からクラスの女子に呼ばれた。
「晴丘くーん。ちょっと来て」
どうしたんだと視線を向ければ、クラスメイトはにやけた顔を隠さないで手招きした。
「後輩の可愛い女の子が話あるから来てほしいって。今廊下で待ってるよ」
あんなにも休み時間だからと騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。ロッカー付近でボールを投げ合っていた男子も、グループごとに雑談していた女子も。誰も彼もオレを見ていた。
え?
理由不明の汗が出そうになる。
沈黙のみのクラスにはごうごうと暖房の音だけが生徒たちの間を吹き抜ける。
一拍ほど間をおいて、クラスメイトたちの話声と共に音響が戻ってきた。オレは近くにいた友人に手を引っ張られ椅子から無理やり立たされる。からあげの入っているカップは奪われて机に置かれた。
「クソが!」
「ほらきたぞ絶対チョコレートだ!」
「うまくやってこいよおめでとう!」
背中を叩かれ入り口のドアへと追い立てられる。急な呼び出しに心が付いて行かないまま、教室を振り返れば全員とは言い切れないがほとんどのクラスメイトがオレを揶揄うような顔で見送っている。
あ、これは完全に面白い物が始まると思われてる。
すっと、窓際後ろに座る多岐川と視線が合った。
数人の女子と話していたようだが会話を止め、オレへとうっすら微笑んで見せる。
彼女は意味ありげに片眼を閉じ小さく口を動かした。
『がんばれ』
音は無かったがたぶんこう言われた。
何を? 何で?
明らかにバレンタイン恋愛シチュエーションにぶち込まれそうになっているオレにどういう気持ちでそれ言ってんの? オレの勘違いじゃなかったら、多岐川に告白された気がするんだけど、ここで伝える言葉が頑張れなの?
悔しいとかどうでもいいとかじゃなくて、応援って何なんだ。
わからない妹属性は相変わらずで、オレは諦めて入り口へ歩いていく。
すでに開けられていたドアから顔を覗かせ廊下へ出ると、オレを呼び出したらしい女子はそう遠くない位置で立っていた。
変な緊張でいっぱいになっていたオレの精神は一気に下降する。
騙されたというか残念というか喜ぶべきところが何もない。
「来てくれたんですね、先輩」
高校の後輩みたいな顔で待っていたのは、どう見てもオレの妹だった。
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