第25話 妹と繋ぐのは
い、いたああああ!!!
せつろいたあああ!!!
せつろが行方不明になったと判明しオレの脳裏を焦りが満たす前に、あっさりと少女は見つかった。たぶん混乱してたのは数秒くらいだったと思う。
あのまま見つからなければ周囲をとりあえず探して、深呼吸してから迷子センターで呼び出しとかしてただろうが、そこへたどり着く前に解決して本当に良かった。
「ご、ごめんなさい。落ちちゃったから拾いに行ってて」
オレの傍に走って来たせつろは、手の平の上にハートの髪飾りを乗せている。こちらを発見した時はぱっと明るい笑顔を浮かべたものの、現在は落ち込んだ様子だ。勝手にいなくなったことを申し訳なく思っているのだろう。
「無事か? 怪我してないか? 不審者にからまれてないか? 元気か!?」
「は、はい! 何ともないです元気です!」
勢いよく繰り出したオレの質問攻撃に背筋を伸ばしてせつろが答える。
「じゃあよし!」
落とし物を拾いに行っただけで、他に異常がないならオレがこれ以上言うことはない。末っ子妹が健やかなままでほっとしたし、他の妹から余計な怒りを買うこともなさそうだ。
買い物も済んだし、せつろも見つかった。後は帰るのみと少女に声を掛け、店の外へと向かおうとする。だが、歩き出すのを迷ったせつろの手が宙をさまよう。左手を僅かに握りかけ再び広げる。とてもぎこちない動きだった。
買い物を終わらせることばかりに夢中で背中を向けてさっさと移動を始めていたら、オレは気が付かなかっただろう。いなくなったばかりのせつろをじっと見ていたからこそ、意図が何となくわかった。
「すまん。最初からこうしてればよかったな」
レジ袋や紙袋などの荷物を左手に持ち替えて、オレは反対側の手をせつろに差し出した。
「……へ?」
せつろは驚きの表情で口を中途半端に開ける。どういった感情か不明だが瞳が揺れている。潤んでいるようにも見えた。だが、彼女の気持ちを理解しきる前に指先が重ねられる。
細く小さい子どもの手がオレの右手をぎゅっと握った。
顔を隠すためか下を向いてしまったせいで、せつろのつむじしか見えない。
「……なんでわかったの?」
「いや逸れないし、人が多いからこっちの方が歩きやすいかと思って」
「そっか」
まだ買い物を続ける客たちの間をすり抜けながら、ふたり手を繋いでバレンタインイベント中の催事場3階を去る。危ないからとエスカレーターのところで一度手を放したが、結局1階に着いた後はせつろの方から手を握ってきた。
ショッピングモールの外に出れば絢爛な照明は消え去り、薄暗い夜の街がオレたちを待っていた。
上着なんかを着ている部分はともかく、素肌を晒しているところに冷たい外気が突き刺さる。寒い。
せつろも同じことを思ったのか、指へとさらに力がこもる。触れた箇所がじんわりと温かい。
他人と手を繋ぐとか何年振りだ。子どもの頃泣き喚くうららを引っ張りながら歩いた時が最後な気がする。美人で温和で巨乳の姉属性彼女がいればこんな空しいことは考えずに済んだ。いやでもオレにはスマホのアプリの中にモモカさんという美人で温和で姉属性の彼女ではないけど好みのキャラがいるから特には悲しくない。
うん悲しくないな大丈夫。
「名前よんでくれて、ありがとう」
ぽつりと地面に落としたみたいな小さな声。
立ち並ぶ店からの明かりと均等に並んだ街灯と信号で並ぶ車のライトによってそこまで暗くない歩道をオレたちは止まることなく歩き続けている。
騒音とまではいかないが静かではない街中で、せつろの声は意外と聞き取りやすかった。
「いなくなって、名前よんでくれてうれしかった」
「……それは良かった?」
あの状況なら世の子連れは焦って連呼しまくると思うが、とりあえず良かったらしい。
「嫌じゃなかったらこれからも、よんでね」
「いや呼ぶぐらいするけど……?」
「ほんと!?」
大きな瞳を輝かせ、せつろがオレを見上げてくる。幼いながらも綺麗に整った顔を見ているとこの子は将来美人になるんだろうなという老人みたいな感想が出てくる。
姉である真白や美砂もかなりの美人なのだから間違いない。普段は一緒の家で過ごすこともあり、あまり考えないようにしているが。
「ありがと、ぉ……にいちゃ」
せつろの頬が真っ赤に染まっていた。照れ臭そうに目線を逸らした後、もう一度オレとしっかり目を合わせて表情を緩ませる。
「えへへ」
嬉しさを堪えるような何とも甘い笑顔だった。上機嫌でオレと繋いだ手をぶんぶんと振り回している。近くを通り過ぎた乗用車のヘッドライトがオレたちを一瞬だけ照らし出す。元の位置に付け直されたハート形の髪留めが、せつろの耳の上辺りできらりと光った。
というかもしかして、オレ今初めて兄って呼ばれた?
何だか急に周りを歩く通行人が気になる。親子連れや帰宅中の大人たちが多いが、オレのように男子高校生が小学生女子を連れ回している組はどこにもいない。
変な勘違いされないよな、オレ。
「……なあ、せつろ」
「どうしたの?」
「もし職質とか気を遣った大人に声を掛けられたら、オレのことはちゃんと兄として主張してくれ」
「う、うん?」
不安に飲み込まれそうになりながらも必死に健全そうな顔をして歩く。数分後、オレたちは何とか無事にうららのバイト先まで戻って来ることに成功した。
夕方に訪れた時とは違う、スタッフ用の裏口から店へと入る。消耗品のお手拭きやペーパー類の置かれた棚がある通路の奥にスタッフ用の事務所兼更衣室はある。
「……おかえり」
店舗のファイルなどが大量に置かれたデスク近くに座っていたうららは、オレたちに気が付いて顔を上げた。教科書や参考書を開いてノートが書きかけなのを見るに、待ち時間は勉強していたようだ。
「せつろちゃん、好みの物買えた?」
「ただいまうららちゃん! 買えたよ見て見て!」
せつろは嬉しそうに購入した砂糖菓子やラッピングを取り出している。
女子同士で可愛らしい雑貨について話すのを横目に、オレは誰も座っていないパイプ椅子に菓子材料の入った袋を置く。そこそこ重さがあるので結構左手が疲れてしまった。
「チョコムース」
オレを労わることもせず、単語をのみを発し要求を伝えてくる実妹。
それに喧嘩腰で返答するのもめんどくさく、オレは持ったままだった紙袋を差し出した。受け取ったうららは、高級そうな濃い青と白のストライプ模様の紙袋から上質そうな紙の箱を取り出している。
「わあ、MEGIちゃんが言ってたチョコムース! 3個は買えたのね」
「ああ、おひとり様それだけって」
「イミスタそこそこ反応あったからな……この時間で買えたんだから運良かったわよ」
「並んだけどな」
「約束通りの買い物でしょ? ……そっち奥のとこに洗面台あるから手洗ってきたら? せつろちゃんも」
「うん!」
うららはチョコムースのカップをデスクに置くと、上に付属のスプーンを乗せていく。
「今食べるのか?」
「だって3個しかないし」
手を洗って戻って来たせつろに、うららは柔らかそうなタオルを渡していた。こうして年下の面倒を見る妹をじっくり観察するというのは味わったことのない感覚だ。
「なあ、オレに何か言うことないのか?」
「はあ? 何もないけど」
例えば感謝の言葉とか感謝の言葉とか感謝の言葉とかあるだろうに、残念ながら妹とはこういう生き物だ。
「逆に何かあたしに言うことないの?」
「はあ? 何もねえけど」
忙しそうなカフェでの喧騒を事務室の扉越しに聞きながら、オレたちだけしかいない部屋でこっそりチョコムースを食べた。さすが人気なだけあって滑らかなチョコレートと中に隠されたベリィソースの交わったムースはなかなか美味だった。
うららから「他のお姉さんたちには内緒ね」と言われてこくこくと頷いたせつろが、チョコムースを口に入れて満足そうに笑っている。
妹たちに散々振り回された買い物だったが、受け取った物と僅かな疲労と末妹の笑顔のせいでそんなに悪くなかったなと思ってしまう。
多分オレの精神相当疲れてるな。
甘さと酸味が絶妙に合わさったチョコムースは、最後の一口まで美味しかった。
絶対うららに感想は言ってやらねえけど。
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