第23話 妹緊急事態

 バレンタインというイベントのせいか、ショッピングモールの売り場はとにかく女性が多い。仕事終わりの社会人も学校帰りの生徒たちもほとんどそうだ。


 でも、奇跡的に目的の店を教えてくれたのは珍しく男の人だったな、と思いかけてオレは違和感を覚えた。


 さっきからすれ違う客だが、男性多くないか?

 というか男性客も女性客もみんな濃い青と白のストライプの高そうな紙袋持ってないか? あれ?


 嫌な予感がする。


 せつろとともに人ごみをかき分け、たどり着いたゴール地点。

 ショーケースで囲まれ複数の有名店を一定のスペースで区切った一区画。

 全体的に青の箱が目立つそこは――何故だか人だかりができていた。

 え、そんな人気店?


「ねえねえ、ここでしょ? MEGIちゃんの」

「ほらあれだよ、チョコムース! まだあるっぽい」

「あー、MEGIちゃんの写真あるしー」


 スカートが異常に短い女子高生数人が集まっている。何やら店内の照明で反射するものを指差し、笑い合いながらスマホで写真を撮っていた。

 彼女たちが店の横に形成された列に並ぶために移動し、空いたスペースにオレは近寄る。


「……そういうことか」


 ショーケースの上に置かれた、アクリル製のポップスタンド。オレのバイト先にもあるような、新商品とかメニューとかを立てておくための卓上スタンドだ。

 そこには店側の広告ではなく、とあるSNSのページを印刷した物が入れられていた。


 数日前にも見たイミスタとかいうSNSの画面だ。

 美味しそうなチョコムースと手の甲までニット素材の袖で覆われた女子らしき手の写真。背景には、店名がわかるようにか紙袋とオシャレな箱が置かれている。加工してあるのか、シンプルな写真の割にオシャレな感じがした。


『チョコフェスで買ったムース中のベリィソースおいしすぎ。期間中ぜったいリピします♡』


 写真の下には食べた感想と、MEGIの文字。投稿を気に入った人が押すハートの数がすごいことになっている。

 それを飾ったポップスタンドには、ピンクの厚紙が貼られ『あの、MEGIさんにもご紹介いただきました!』の手書きの文字が楽しそうに書かれていた。


「そういうことかー」

 もう一度、呟いて事実を噛み締める。


 つまり有名人に紹介されて人気になったと。うららもこの情報をしっかり得ていたから、売り切れていたら諦めると言っていたのだ。


 イミスタに投稿された日時を見ると、昨日の夜だ。

 みんな気が付いて行動に移すのが早すぎる。店側もな。


「せつろ、ちょっと並ぶけど大丈夫か?」

「うん、平気です」

 5番目妹の様子を気にしつつ、オレは大人しく列に並ぶことにした。

 買い物に行くとうららと約束してしまった以上、勝負を途中で投げ出すわけにはかない。売り切れなら残念だったなと妹の不幸を心の底で笑ってやろう。


 幸い、最初に見た時より行列の人数は減っていた。

 ショーケースに沿う様にレジに向かって人が並んでいたので、オレはその一番後ろに付く。レジ近くの冷蔵のガラスのケースにはクリームやフルーツを使ったチョコのスイーツが飾られている。オレがいる辺りは、クッキーや袋入りのチョコレートなど、すでに包装された物がたくさん陳列されていた。


「うわあ、かわいい……」

 今日何度目かわからない、せつろの「かわいい」の感想。

 少女の目線の先には小さな熊のぬぐるみがチョコレートの包みを抱いている。値札がぬぐるみの足にぶら下がっているので、どうやらそういうセットらしい。

 オレの前の女性が、前に動く。

 付いて行こうとして、オレはせつろを振り返った。


「すごい、こっちはうさぎさんだ!」


 会場の通路には飛び出さないように設置された台の周りを嬉しそうにせつろは見て回っている。何がそんなにお気に召したのかわからないが、先程見せた微妙な態度はそこには無い。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるように動くせいか、髪留めがずり落ちそうになっている。


「せつろ」

 オレは自分の頭の左部分を指して見せた。


「髪留め、ずれてるぞ」

「あ、ありがとう」


 金色の細い棒をハートの型に形成した、シンプルなデザインの物だ。

 ショートカットのせつろは髪型を変えることはできないが、毎日色んなヘアピンやら髪飾りを付けている。ピンクや赤の派手な物も多く持っているようだが、今付けている髪留めは大人っぽいデザインで妙に印象に残っていた。


「気に入っているんだろ、それ。落とすなよ」

「え?」

「いや、他の髪留めよりよく付けてるから好きなのかと思って」

「……はい」

 少し下向きにせつろははにかむ。どうやら当たっていたらしい。

 また一歩、前にいた女性が動いてオレは慌てて距離を詰めた。


「あ、そこでくまさんとか見てていいから、買い終わるまで待っててくれ。遠くには行くなよ!」

「は、はい!」

 レジと商品の棚は数メートルの距離だ。オレの視界から外れることはないし、長い間買い物をして人ごみに疲れているようなのに一緒に並ばせるのも可哀そうだ。

 可愛いチョコレートやぬいぐるみを見て楽しそうなまま、待っていてくれる方がいい。


 残りの列の人数を気にしながら、せつろのことも注意しつつオレは10分ほど順番を待った。近い距離で、宝石みたいに梱包されたチョコレートの塊を、せつろはきらきらした瞳で見ている。よし、機嫌は良さそうだ。問題なし。


「いらっしゃいませ!」


 青い帽子と制服姿の元気な店員のお姉さんの挨拶で実感する。

 ようやく、オレの番がやってきた。


 そして、うららにとっては幸運なことにチョコムースはまだたくさん残っていた。ひやりと冷気を滲ませるガラスの向こうには限定チョコムースの文字とおひとり様3個までの文字。

 うららの『※買えるだけ』の指示はそういうことか。限界まで買わせてオレへのお礼の金額を少しでも減らしてやろうという嫌がらせかと思った。

 いや、可能性はゼロではないけど。


「限定チョコムース3つください」

「かしこまりました!」

 手際よくチョコムースを取り出し、綺麗に箱へと収められていく。持ち帰りの時間や個別の袋の有無なんかも聞かれた後に、いよいよ会計となった。


「お客様はイミスタのアカウントをお持ちですか?」

「え、持ってませんけど」

 イミスタは何かキラキラした女子や大学生やおしゃれな店(オレのバイト先)がやっている印象だ。友人たちとのやりとりで他のメッセージアプリは使っているが、イミスタは今後も入れるつもりはない。

 写真を可愛くオシャレに撮ってそれを共有するのにそこまで興味はないし、どうでもいい。


「そうですか……もしアカウントをお持ちで当店を新規でフォローしていただければ、100円引きのクーポンを配布しておりますので、また機会があ」

「入れます。今すぐ入れます。待ってください」


 それを早く言ってくれ店員のお姉さん。

 入れるに決まってんだろ。

 イミスタ最高!


 混雑も落ち着き、オレの後ろにはもう誰も並んでいない。待たせる相手もいない安心からオレは速攻でイミスタをダウンロードしアカウントを作成してみせた。

 これまでスマホに入れてきたアプリアカウント作成速度の中で一番の早さだった。


 店員のお姉さんに画面を見せ、その場で100円引きしてもらう。

 ただそれだけの行為なのに満足感がすごい。


 レジを済ませ、あの濃い青と白のストライプ模様の紙袋を受け取り、店から少し離れてようやくほっとする。

 これでうららからの任務は完了した。

 紙袋の取っ手を握りなおして、チョコレートの棚を見ていたせつろに声を掛けようとして、オレは固まった。


 目の前を多くの人が行き交う。たくさんの客はいる、だが。


「――せつろ!?」


 先程まで視界の端にいたはずの、幼い少女の姿はどこにもなかった。

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