第19話 妹からの喧嘩は絶対に買え

 オレが家に帰る頃には、心配していたことは大体解決していた。

 美砂は自分でも言っていた通りすぐに用事を済ませて戻って来ていたし、うららは1階でせつろと合流し『今一緒に帰ってきました』という顔で真白たちの前に現れて誤魔化しは終わっている、らしい。

 以上、小槇から個別に送られてきたメッセージの情報。


 つまりオレは何も気にせず、晩飯の用意をすればいい。イワシにカッコイイ角度で塩を振って焼けば、なんか美味しい塩焼きになるだろう。そう思ってやって来たキッチンでは、何故か晴丘家3番目妹の真白が料理をしていた。


「おかえりなさい、柊桃さん」

「た、ただいま?」

 隣接するリビングでは、スマホ片手に美砂がくつろいでいる。彼女の横には膝を抱えたせつろがちょこんと座っていた。

 ほんの僅か、せつろと目が合い軽く頭を下げられる。

 オレも他の妹たちに気が付かれない程度に目配せしておいた。


 買い物を済ませたオレが一度帰宅したことは既にある食材からわかっただろう。だが、再度出かけていた理由を真白に突っ込まれることは特になかった。もしかすると小槇が上手い具合に言い訳してくれたのかもしれない。


「ところで、なんで料理してんだ? 今日オレの番だぞ?」

「まあ、いいじゃないですか」

「後はオレがするから」

「まあまあ、いいじゃないですか」

 冷蔵庫からイワシを取り出して焼こうとしたり、お惣菜を温めようとしたりするオレの隣で、真白はスープらしきものを作っていた。何やらスパイシーな良い匂いがする。


「ほら、汁物があった方がいいかなって。やっぱり夜は寒いですしね」

 小皿に少量スープを注いで味見しながら、真白は柔らかく微笑んだ。


 一見すると優しい妹の気遣いのようだ。一見するとな。

 だが、いつもの拒絶の空気を感じる。あれか、イワシのせいか。サラダ以外ほぼイワシで構成された夕食のせいか。いやサラダあるからいいだろと思ったんだがダメか。


 晴丘家で食事を担当することの多い真白は、家族の好き嫌いは凡そ把握している。当然イワシのみが食卓に並べばどういった事態になるか容易に想像できただろう。

 なら、昨日の惨劇も止めろよ嫌がらせか?

 いや昨夜の晩餐の悲劇は防げなかったから今度こそマシにしてやるという意志か?


 どっちにしろ、今日本気を出さないでほしかったし、オレのいない隙を狙わないでほしかった。やっぱ油断ならねえな家は。


「……たぶん焼けたし、もうそろそろ食えるぞ」

 声を掛ければ、大詰めを迎えた食事の用意も整っていく。

「はい、じゃあスープも準備しますね。美砂、2人にご飯できたって言ってくれる? せつろはみんなのお茶入れて」

「ほーい、まきまきとうりゃちゃんにメッセ送りましたー」

「うん、わかった」


 結局、真白の追加メニューを無駄にできるわけもなく、オレが用意したおかずと共に晴丘家の本日の夕食が完成した。




 そして平日の穏やかなディナータイムは、予想通り2番目妹の怒号から始まる。


 机に並べられたイワシ料理の数々に顔を歪ませたのは、オレの実妹うららだった。


 もちろんこうなるだろう。

 イワシはあいつの嫌いな食べものである。


 だがどうしてこうなったのかはうららのバカが一番よくわかっているはずだ。「まさか高校生にもなってイワシが苦手なお子ちゃまはいねえよな?」と笑顔で言えば「は? 食べられるけど?」とキレ気味に返され食事は問題なく続けられた。


 別にアレルギーでもないし、ただただうららがイワシが苦手なだけだ。オレだってキレながら昨日ナスを(肉多めそして真白からの差し入れサラダ中心でなんとか)食べたのだから、同じ目に合うべきである。できるだけ残すな事情が無いなら食え精神の晴丘家でオレたち兄妹が食事を残すことはない。

 昨夜から続くバトルに真白はため息をつき美砂はやっぱり大笑いしながら、少し焦がしてしまったイワシの塩焼きを食べていた。スマホで焼き方を調べたぐらいに生まれて初めての魚焼きグリル使用だったから許してほしい。そこそこ食えるし。


「はあー、ほんとしょうがないね。しゅう兄とうららは」

「え、とそのお」

「イワシ、おいしいね。せつろちゃん?」

「お、おいしいですう」

 気まずそうな末っ子妹せつろには、いつだってマイペースな小槇が無表情で同意を求めている。とりあえず旨いんならよかった。


 どうしようもない空気の中、オレとうららは一切視線を合わせることもなく会話することもなく食事を終えた。他の妹たちとは普通に喋るが、お互いの存在は完全に無視だ。


 食後、いち早く食器を持って立ち上がったうららとそれに続いた真白が、仲良く並んで後片付けを始める。マグカップに入ったお茶を飲みながら、オレは2人のやり取りをぼんやりと聞いていた。


「うららちゃん、今日はせつろの買い物付き合ってくれてありがとう」

「へえ!? え、ああ、うんん。全然大したことないよ?」

 語尾が変に上がっている。オレの妹嘘つくのど下手すぎねえ?


「と、ところで、明日なんだけど、えーと明日もせつろちゃんとお出かけしてきていいかな?」

「へ、明日も?」

「う、うん。あたしの友達の妹がね、えーーと、もうちょっとで誕生日なんだけどプレゼント贈ろうと思って。小学生の女の子だから、せつろちゃんに雑貨とか見ながらアドバイスしてほしいなーなんて」

 言葉がガタガタだし所々カンペでも見てんのかというぐらい棒読みのうらら。

 演技の才能無いな。よかった役者目指すとか言い出してなくて。


「私に確認なんてしなくてもいいのに。……せつろは問題ないんでしょう?」

 システムキッチン越しに問いかけられ、せつろは少しまごついたものの首を縦に振る。


 なるほど。うららとせつろが本来出かける予定だったのは明日だと聞いている。それがせつろの勘違いで1日早まった日を伝えてしまって、今日用事が終わったと思われたら、目的である姉たちに内緒の買い物ができないままだ。だからさらに理由をいい感じに用意して、再度お出かけせねばならない。うららとせつろでこの件について何とか打ち合わせはしたのだろう。


「2日連続だけど、せつろのことよろしくね」

「いやいや、その、よ、よろしくされるのはあたしの方だし……き、今日はあたしが付き合ったけど、明日はせつろちゃんに付き合ってもらうから」


 たどたどしい言葉で、変なにっこり顔を作るうらら。

 怪しいことこの上ないが、真白は違和感なく受け入れたらしい。


「うりゃちゃん、明日の晩御飯はー? もしかして、せつと食べてくる?」

 隣のリビングにいる美砂から投げかけられた質問に、うららは洗い物の手を止めず答えた。

「ううん、そんなに遅くならないよ」

「りょーかーい」


 美砂はソファに寝そべりながら、返答のつもりなのかピースサインをしてみせる。おそらく明日の食事当番なので気になったのだろう。

 小槇も部屋に戻ってしまったし、茶を飲み終わったオレもこれ以上用はない。


 食器を重ねシンクまで持って行くと、無言でうららから皿を引っ手繰られた。

 皿洗いは食事担当以外の仕事で、今日はこの妹が全部やる気らしい。時々やらないでいいと拒絶されるし、真白もスープ作ったんだから片付けなくていだろ、など様々な矛盾を抱えた決まり事だ。


 オレもうららと話す気は微塵も無かったので、無言で自室へと戻る。


 本日も色々とあり過ぎたが、まあ何とか解決した。

 うららとせつろの平仮名組妹の買い物も、オレに関係ない所で上手くいきそうで何よりだ。


 この時のオレは満腹になった安心感もあり、かなり油断しきっていた。

 少なくともこの話にはもう関与しなくていいと思っていたのだ。


 翌日、呪詛の様なスマホのコール音を聞くまでは。

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