第18話 妹属性はわからない
短い、短い駅までの道。
人通りの少ない、夜になりかけの住宅街を、オレと多岐川は無言で歩いていた。大体の一軒家やマンションは窓から明かりが漏れていたし、近くには飲食店が立ち並ぶ通りもある。人の気配を感じられる空間なおかげで、あまりにも静かすぎて気まずいという事態にはなっていない。
アスファルトの道路を歩く靴音が、オレたちの出す最も大きな音だった。
「…………」
「…………」
おい、頼むなんか喋ってくれ。
オレが送るからと言い出して、哀愁漂う笑みを浮かべてから多岐川は何にも言わない。向かう先が近場の駅でいいか念のため確認した時も頷くのみだった。
車道側を歩くオレの隣になるかならないかぐらいの微妙な距離で、彼女は黙って付いて来る。バラバラの歩調がオレたちを前と後ろにわけたり追いついて隣同士にさせたりで、位置が安定しない。前を向いて歩くオレの視界に絶妙に収まって消えることはないポジションを多岐川はキープし続けていた。
「…………」
「…………」
おい、頼むなんか喋ってくれ。
つい数時間前は、久しぶりに小学生の時みたいなノリで友人と格ゲーをして大はしゃぎしていたというのに何だこの落差は。
しっとりしているし、謎の焦りまで感じる。
時期か? 時間帯のせいか? 一日の終わり故にしんみりしているのか。
いやいやいや青春映画じゃねえんだぞ。鳴くなカラスそれっぽくなるだろうが。
「……せつろのこと、気にして送ってくれてありがとな。助かった」
沈黙に耐え兼ねオレが発したのは、彼女へのお礼だった。
そうだまずそれだ。申し訳ないことにまだ言ってなかった。
「全然いいよ? 特に用事もなかったし」
「でも、多岐川の時間使わせたし、あ、家どの辺りなんだ? 交通費払――」
「もおー、いいからいいから。私もこっち方面来たことなかったし、散策できて楽しかったよ。妹さんの秘密も守れてほっとしたし」
オレが財布を取り出す前に、多岐川は慌てたように提案を一蹴する。
困ったな。余計な借りとか作りたくなかったんだが。
オレは全くこれっぽっちも悪くないが、彼女の告白を断ってしまったという謎の引け目がある。悪くないのにな。何だろうなこの微妙な気持ちの悪さは。
クラスメイトとして用事があったから普通に話しかけた、ぐらいのテンションで多岐川が接してくるからだろうか。
本当にオレのことが好きなのか、何だかよくわからなくなってくる。
「あー、なんか納得してなさそう」
微妙な態度のオレに、多岐川は気付いたようだ。
「軽い物でも要求された方が、よかった?」
「世話になって何も返さないのは、あんまり居心地よくないな」
オレが頼んだわけじゃなけど。一方的な親切だけど。
妹を煩わしく思っても、結局どうやっても晴丘家の家族だ。しかも比較的庇護しなければとなるせつろが助けられてしまった。放置してもせつろはひとりで帰って来ただろうが、事情を聞いて親しくない少女にできるだけ利があるように動いてくれた。
悪い奴じゃない。
それぐらいはオレにもわかる。
ただもう多岐川のあれこれを素直に受け取るには、告白されたというインパクトが大きすぎるだけで。妹属性なせいで。
思考に妹代表のうららがチラついて、関係のない怒りが一瞬で沸いた。
「じゃあお礼代わりに、私と付き合うとか?」
「でかい。要求が急にでかい」
こういうことを言われると、やっぱりわからないなとなる。
照れもしないで「夜道はすっごく寒いよね」みたいに日常会話のノリで恋人になることを求めてくる。これだから妹属性はわからない。というかやっぱり諦めてなかったのか。
「だって、代わりに何か差し出してくれる雰囲気だったじゃん」
「交通費出そうとしたら嫌がっといて、それはないだろ」
下心ありでせつろに手を貸したのか。まあわかりやすい理由で納得したいが、でも違う気がする。だって多岐川は本気で言ってない。
オレの隣を歩いて、こちらを見上げて浮かべる微笑みが薄っぺらい。
わざとだ。
オレが遠慮なく断れるように、たぶんわざと受け入れられない冗談を口にしている。
だからオレもそれに乗っかることにした。
「お金よりー、晴丘からの気持ちがほしいなー」
「だから付き合えはないだろ。前断ったし」
「妹属性だからはあまりに理不尽でしょー。この世のどれだけの子が当てはまると思ってんの?」
「当てはまってない奴もいるだろ」
「じゃあ晴丘が好きになった人が、妹属性だったら?」
「来世に期待してなかったことにするかな」
「恋愛するためのハードルが高すぎる」
呆れたように、多岐川が笑う。これはどうやら本物っぽかった。
くだらないやりとりをしながら、住宅街の間を抜けて大通りに出る。少し先に白い駅舎が見えた。時間帯のせいかスーツ姿の大人や制服姿の生徒が多い。皆それぞれの家に帰る時間だ。
もう少しあるけば改札口という距離で、オレはポケットにある財布を取り出した。
「なあ多岐川、甘い飲み物好きか? ココアとかカフェオレとか」
「うん、好きだよー、どうしたの急に?」
「よし」
前にいちごのスムージーを飲んでいたぐらいだし、甘い物が嫌いなわけないだろうと思ったがよかった。
駅近くに設置された自販機に近寄り、目に付いた小さなペットボトルのココアを購入する。もちろん温かいやつだ。今飲んでもいいし、家に持って帰ってもいい。
とにかく断られる前に行動は済ませてしまうに限る。
「ほら」
「へ?」
オレの差し出したココアを、思わずという顔で多岐川は受け取った。
「お礼。まあたいしたことないけど、どうぞ」
「いやいや、そんな」
「じゃあオレ帰るから、気を付けてな」
突き返される前にさっさと退散するべきだ。オレの勝手な行動だが、あいつだって勝手にせつろを送って来たんだし許されるだろう。
高価すぎる物でもないし、嫌がられる品でもない。
「あ、あの」
背を向けようとしたオレを、弱々しい声が呼び止める。
多岐川にしては珍しい態度だ。
「……ありがとう」
「こっちの台詞だけど、どういたしまして」
お礼にお礼を言われてしまった。まあオレでも同じことされたら言うかな。
雑多に人が行き交う駅の前は、たくさんの物音と話声で溢れている。
かき消されそうな声量の言葉なのに、オレの耳にはやけにはっきりと聞こえた。
「一緒にここまで歩いてくれただけで、十分嬉しかったのに」
夜の闇を照らす街灯のせいか、多岐川の頬が少し赤く染まっていた。
ぐっと何かを堪えるような表情は、何処か覚えがある。
確か、先週オレに告白してきた時と同じだ。
「またココアのお礼するね、じゃあ!」
「おい!」
軽く手を振って、多岐川はさっさと改札の先へと行ってしまう。パスケースを取り出してからの一瞬の早業だった。
というか今お礼って言った?
オレが今返し終わって全て終わったと思ったのに?
「はああー、意味わかんねえ」
これで貸し借りなしみたいな感じになるよな普通。何なんだよ多岐川は。
やっぱり妹属性はわからない。
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