第17話 妹の小さな内緒

 偶然とは恐ろしい。


 経緯不明のまま多岐川に告白され、翌日彼女はバイト先に現れ、更に翌日行った店が彼女のバイト先で、1日お休みした後、お待たせと言わんばかりに再び多岐川はオレの前に登場する。そんなことあるか?


 学校に登校しているなら疑問はない。

 授業で毎日会うクラスメイトに対して、『よく会うな~』なんてバカな感想を抱くバカはいないだろう。

 学校行ってないんだぞ。それなのに出会う頻度がおかしすぎる。


 というか、家特定されてる?


 すっと背筋に悪寒が走る。ストーカーかと軽く聞いてしまったが、本当にそうだったらどしよう。いや、偶然だよな。いやいやいや、これはどう判断すればいいんだ。


 辛うじて震えていない指で、インターフォンの通話ボタンを押す。


「……家、間違ってますよ」

『表札に晴丘ってありますよ。嘘つかないでください』

「それ、前住んでた人のなんです。実は今日引っ越してきたばかりで」

『無茶な嘘すぎる』

「……えーとじゃあ、晴丘君はいません」

『こらこら、現在進行形でおしゃべりしてるでしょ? キミ何なの?』

「この家の執事で、清水です」

『うわあ設定が雑。なんで執事いるの晴丘家』


 誤魔化せるとは思えなかったが、それでも話をそらしてしまう。

 当たり前かもしれないが、多岐川は帰ろうとする気配が一切ない。


「……それで、どういったご用件でしょうか」

『……近くに妹さんいる? できれば……外で話したいから出て来てほしいんだけど』


 これは、不味いのではないか。

 オレは身の危険を感じるべきなのか。


「えー、と近くには筋骨隆々でグラサンのボディーガードがたくさんいるので、ひとりというわけでは……」

『どうなってんの晴丘家』


 オレもわからない。とりあえず孤立してないぞアピールがしたくてこうなった。


『はあ、もういいから。早く出てきて。この子もいるから』

「は!?」


 画面に見えていた多岐川が、右へと身体を移動させる。

 そこには、彼女の袖をつかんで不安そうに見上げてくるせつろがいた。間違いなく、晴丘家5番目妹だ。


「……ど、うして」

 いちいち部屋に言って確認などしないが、小学生の妹なら通常帰宅して家にいる時間帯だ。だというのに多岐川に連れられて中に入ってこないまま、黙って玄関先のカメラを見上げている。


『先に言っておくけど、別に攫ってきたとか誑かしたとか、悪いあれじゃないからね? こっそり事情だけ説明したいから早く降りて来てくれない?』

「ちょっと待ってろ」


 夕食の準備を全て放り出して、オレは慌てて玄関へと急いだ。

 何もかもわからないことばかりだが、多岐川とせつろの組み合わせは本当に意味がわからない。うららと多岐川のバイト先が一緒だったことも驚愕したが、気になってレジで多岐川に聞いたときは特に彼女たちが親しくしていたという事実は無かったようだし。うららからも多岐川の話題が出たことはない。いや、オレがうららとバイト関係の話をする距離感を維持していないので、当然と言えば当然なのだが。


「せつろ!」


 たどり着いた家の入り口で、勢いよくドアを開ける。

 辺りを見渡せば、カーポートの真下にある車の陰に隠れるように多岐川が少し身体を覗かせていた。こっそりといった様子で何やら手招きしている。死角にいるのか、せつろの姿はない。

 近寄ってみると、オレのクラスメイトの多岐川とオレの血の繋がっていない妹のせつろが、狭い場所で仲良く手を繋いで待っていた。隣家の塀と車の間だぞ。こんな所にいなくてだろ感がすごい場所だ。


「……どうした?」

「ご、ごめんなさい」


 多岐川に聞いたつもりだったが、しょげ返った声を上げたのはせつろだった。


「お、おそくなっちゃって、ごめんなさい」


 多岐川の手を握り、ぷるぷると震えている。まだ事情すら聞き出せていないが、いじめているような気分になる。

 オレはその場でしゃがみ、せつろを見上げる形を取った。落ち込んでいるらしい一番下妹は顔も声も下向きだし、上から見下ろすように話すのは憚られる。


「あのね、私今日バイトだったんだけど」

 せつろに代わるように説明を始めたのは多岐川だった。


「帰り際、お店の裏にねせつろちゃんがずっと立ってるのに気が付いて。声を掛けたらお姉さんを待ってるって言うんだけど、今日お休みなんだよね、晴丘うららさん。どうもバイト終わりに待ち合わせして出かける約束してたみたいなんだけど……」

「わ、わたしが、明日を、今日だと思っちゃてて。まちがったんです」

 今にも泣きそうなせつろは、空いている方の手でスカートの端を握り締めていた。


「それで、送ってくれたのか?」

 もう夜になりそうな時間帯だ。うららは連絡を取れるスマホはまだ持っていない。姉はいないからと子どもをひとりで帰らせるのは不安になったのだろう。オレは多岐川がわざわざ家までやってきた経緯を把握して、警戒心が一気に緩んだ。


「その通りなんだけど、ここからがややこしくてね」

「ん?」

「ええと、うー、あのお」

 じたばたと、抵抗するかのように、せつろが数度足踏みする。


「心配しなくても黙って協力してくれるだろうから、正直に話そう?」

「うう、はぃ」

 多岐川に何かを促されるせつろには不安げな中に何故だか照れが含まれていた。


「う、うららちゃんと、チョコレートを買いに行くはずだったの。お姉ちゃんたちにないしょで用意してプレゼントしたくて。それで、え、と日にちまちがえるし、帰るのおそくなっちゃったし、理由をせつめいしたらお姉ちゃんたちにぜんぶバレちゃうし、どうしようかと思って」

「連絡も個別でとれないから、晴丘家でせつろちゃんがまだ帰ってないのどこまで把握されてるのかわからないし、誤魔化せるなら手伝ってあげたかったから、まず無関係の晴丘に状況を聞きたくて。うららさんって帰ってる?」

「まだ帰ってない」

「じゃあ、チョコレートの話は内緒にしたままで、うららさんに事情説明して一緒に帰って来たことにしてあげてくんない? それまではせつろちゃん何処かに隠してさ。お姉さんたちには今日うららさんと買い物に行くから遅くなるとは言ってあったんだって。もし先に帰っちゃってて場が混乱してたらどうしようかと思ったけどほっとしたよ」

「……なるほど」


 まだ完全にとは言い難いが、ふわりと事情は理解した。

 せつろが基本的に姉扱いしているのは、真白と美砂だ。彼女たちには今日うららと買い物に行くから遅くなるとせつろは伝えてたのに、うららが先に帰っていれば大変なことになっていただろう。せつろがまだ帰宅していなかった事実に家族の誰も騒いでいなかったのは偶然が重なった奇跡だったのか。

 それにしてもこっそり末妹の内緒の買い物に付き合おうとしたり、バイトではないがたまたま帰りが遅かったりと、なかなか良い働きをするではないかうらら。

 オレの好感度が上がりはしないが、せつろの好感度は上がっていることだろう。


 帰りが遅くなるという連絡がうららからきていた、と美砂が言っていたのをふと思い出す。ポケットに入れていたスマホを取り出し兄妹の連絡グループを確認する。『今日用事あるから遅くなる』のうららの発言の後には『OK』と文字を出す可愛らしい熊のスタンプが真白によって送られていた。

 よし、深い会話をしていないから何もバレていないし、ややこしいことになっていない。


「せつろ、この話小槇にはしてもいいか? あいつ話すようなタイプじゃないから」

「う、うん」


 なら後はせつろを小槇に預けて、更にうららに連絡を入れてもらおう。


「多岐川、ちょっと待っててくれ」

「はあ、いいけど」


 家の敷地内隅に多岐川を待たせ、オレはせつろと共に家へと戻った。1階の部屋をノックして、ネトゲ真っただ中の小槇に訳を説明し一番下妹を託す。「ん、りょうかい」と無気力な感じで頷かれたが、ちゃんと起きていたしヘッドホンも外していたので大丈夫、のはずだ。真白は自室だろうが、ぐずぐずしていると美砂が帰ってきかねない。

 その後オレは冬用コートを引っ掴んで着ると、すぐに多岐川のいる外までとんぼ返りする。


「すまん待たせた」

「いや、いいけど特にもう何もないよ? 私帰っていい?」

「送ってく」

「ええ? 駅近いしすぐだし、そんなことしなくていいよ」

「いいから、ほら」


 意外にも怪訝な表情で首を振る多岐川。ここで言い合っても時間の無駄なので、オレは先に歩き出した。住宅街の間の道路に立ってまだ動かない多岐川を振り返る。

 何のために上着まで持ってきたと思ってんだ。


 冬の冷たく閉じる夜の中、家々の明かりが優しく周囲を照らしている。


「……お優しいことで」


 ぼんやりとした照明の下で。多岐川は一言呟いて、困ったように笑った。

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