第16話 妹を心配しても
学校へほぼ行かなくなったのであまり会わなくなった友人たちと久しぶりに遊んだ。
連絡はたまに取っているものの、予定でも立てないと同級生と遭遇する機会は完全になくなる。
推薦だったり専門学校だったり、オレや友人たちは割と早めに進路が決まっていたので、自由な時間が多い。だからバイトを詰め込む奴がいたり自動車教習所に通っていたりで、暇ではないのだが。変な表現になるが空いている時間が多いから、予定が空いていないのだ。
それでも集まろうという話になったので、とある友人宅に菓子を大量に持ち込みゲーム大会は開催された。ノリでトーナメント表まで作成され、順番に対戦型格闘ゲームでバトルしていく。待ち時間は、ソシャゲのクエストを周回する者(主にオレともうひとり)、スマホで動画鑑賞をする者、優雅にも寝始める者もいて、場はかなり混沌としていた。
各々が好き勝手やっていて、咎める指導者もいないのだから居心地がいい。
一度、この弛緩しまくった男子高校生しかいない空間に女子大生がやってきた。
オレたちは友人宅のリビングルームを使用していたのだが、ここを通らないとキッチンに行けないらしく友人の姉が申し訳なさそうに入ってきたのだ。
冷水でもぶっかけられたのかなというぐらいに、全員びくりと身体を震わせ背筋が伸びた。寝ていた奴も跳ね起きる。
男共の「お邪魔してます」の複数の挨拶が重なり、「ごゆっくりどうぞ」とお姉さまからお決まりの気遣い文言を返された。
いい。
ガチ姉すごくいい。
女子大生って響きもいい。
友人の姉がいなくなった同時に「美人の姉ちゃん」「彼氏いんの?」「普段どんな感じ?」と多数の質問が飛び交ったが、「お前らはリアルを知らないから」という追い詰められた友人の顔でとりあえずこの話題は終了した。
なんであんな綺麗なお姉さまがいて絶望しきった顔をしているのか、さっぱり理解できない。
ルールなどほとんどないゲーム大会は優勝者がでないままお開きになり(決勝戦に参加するメンバーに急用が発生)、他にも夕方から学科教習があるからなどの個々の理由で想定より早めに解散となった。元々遅くまでいるつもりはなかったので構わない。オレも訪問させてもらったお礼を伝えて、他のメンバーと共に友人宅を出た。全員に別れを告げた後は、オレには夕食の準備が待っている。
幸運なことに、今夜はオレが食事当番だ。もちろん食事当番というのは、何を食べていいか選定してもいい係だ。
昨日の晩から、食材は既に決めてある。
まだまだ春は感じ取れない寒々しい夕焼けの中。薄暗さを背景に煌々と輝く近所のスーパーマーケットにオレは駆け込んで必要なものを買っていく。もちろん、親が置いていった食費からだ。必要なものを遠慮なく、しかし無駄な買い物はしないように。手早く買い物を済ませたオレは、自転車を全力で漕いで家路を急いだ。
ようやく帰宅し玄関から中へ入るだけで、凍てつくような気温はマシになる。
階段を上がってキッチンへと入れば天国に思えるほどの暖房がオレを待っていた。
「あ、あったかい……」
「しゅうぴ、おかえり~」
普段食事をするテーブルで、美砂がスマホ片手にカップのバニラアイスを食べていた。外から帰って来たオレにとっては考えられないチョイスだ。
「……ただいま」
「おつおつ~。すっごいお疲れじゃん。晩御飯なに?」
「イワシ」
「魚だ~!」
四番目妹の好物ではなかったはずだが、彼女はわかりやすく両手を上に上げて喜んだ。美砂を横目に買い物袋から本日の夕食を取り出す。作る気はほぼ無かったので、昨日のうららと同じでほとんどお惣菜だ。
「ワタシ魚の気分だったんだよね~。助かるう」
「そりゃよかった」
「イワシのなんのやつ? 他にもある?」
「トマト煮買ってきた。それと、……塩焼き? あとサラダもある」
「おお、いいじゃん」
アイスを食べ終わった美砂は、スプーンを洗ってカップを捨てている。それを終えると、机の上に置いたままにしていたスマホを持ってオレへと振り返った。
「見てないけどみんな大体帰って来てるよ。うりゃちゃんだけ用事あって遅くなるって」
「そうか」
家族の連絡グループでメッセージが届いていたのだろう。オレはまだスマホを確認していない。
ちなみにうりゃちゃん、とはうららのことだ。オレのことはしゅうぴと呼ぶし、美砂のあだ名センスは中々に謎だ。
「ちょっと友達から連絡あったから、出かけてくるね。すぐ戻るから」
「今からか?」
「うん」
「でも、もう暗いし明日じゃダメなのか?」
深夜でもないし夜と言い切るには少し早いが、日は暮れている。
さすがに中学生ひとりで外出させるには不安な時間だ。
両親がいない今、晴丘家で一番年上はオレだ。色々と責任やら心配やらがある。
外出済みで遅くなると言われればまだいいが、この時間から出ていくのだ。美砂は訳がわからないし距離感が読めない妹ではあるが、無責任に送り出すには心配だった。
「いやいやまだ18時前だよしゅうぴ」
「危ないし」
「過保護かよ~」
茶化す様に、美砂にケラケラと笑われる。
「うりゃちゃんにも言ってあげれば?」
「それはまた別の話で――」
「友達からちょっと預かる物があるだけ。すぐそこまで来てるんだって。10分だけ、ね?」
オレが何かを言う前に、美砂はさっとドアを開けて廊下へと出て行った。
彼女は終始明るい態度だったが、瞳が「うっとおしい」と語っていた。たぶん。
確かにオレがこの時間にちょっと出かけようとして親に止められたらかなりイラつきはするだろう。でもまあ子どもには言ってしまうよな。オレの子じゃなくて血の繋がらない妹だけど。
仕方なしに夕食の準備を再開する。
おかずは温めればいいだけにして、うららが帰ってきたらイワシを焼いてやる。絶対にだ。
そんなことを考えている時だった。
不意に玄関のチャイムが鳴り響く。こんな時間に?
オレのいるリビングダイニングキッチンからでも訪問者は確認できる。ランプが点滅する親機に近寄りモニターを確認すると見知った顔がにこやかに手を振っていた。
『こんばんはー晴丘くんいますか?』
「なんで」
多岐川だった。なんで。
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