第15話 妹に必殺技を喰らわせる破ッ!

 滅びろ邪悪。砕け散れ実妹。

 闇の理に導かれて怨嗟の渦に落ちるがいい、うらら。

 破ッ!


「うおおおおおお!!!」


 自室のベッドの上で、スマホを片手に必殺技を打つ。

 もちろんゲームの中での話だ。発動呪文を内心でうららへの恨みを込めて叫ぶ。ターンを重ね、必殺技ゲージが溜まった味方支援キャラが敵を暗黒のアリ地獄へと沈めている。ダメージのある技ではなく敵の防御とその他諸々を下げるデバフ要員だ。この後でオレの最推しモモカさんのネイルガンによる必殺技を放つことによって、高HPの敵は滅される。

 何をしているって? ソシャゲのバレンタインイベントだよ。

 チョコを集めるためにオレは何故か戦闘をしている。そういう世界だからしょうがない。


 高いHPのボスキャラは消滅エフェクトと共に、チョコを落とした。

 2本の角が下を向いて付いているボスは倒される瞬間シルエットになるが、うららとちょっと似ている。いや、かなり似ている。怒り狂った様がそっくりだ。


 あの妹、ほんとバカなんじゃないか。

 晩飯を全てナスにするとか、狂っているにも程がある。


 オレはナスが嫌いだ。

 あの噛んだ時に微妙に染み出る(料理にもよるが)液体の薄い味とぐにゅりとした触感は思い出しただけで鳥肌が立つ。タネもなんかブツブツしていて存在が理解できないしもうほんとダメだ。外で出された料理でどうしても残せない時は、水で流して何とか食べる。ほとんど噛まないで、口の中で咀嚼した事実を感じ取れない間に飲み込む。

 好きな人は勝手に食べればいいが、オレはナスがこの世に無くても生きていける。


 そう、オレの人生において妹と同じくらい距離を置きたい野菜。

 いや、えーー、うん。嫌悪度ではナスの方がギリギリ勝つ。なのに、だ。


「ほんと、ない! 最悪だ!!」


 うららへの怒りを敵へと込めながら小声で叫ぶ。

 夜だから大声を出し過ぎると近所迷惑だ。オレは近隣住民に気配りができる兄。

 もちろん食材にも優しいので、無駄にしないためにきちんと食べた。


『え~、うっそ~、高校生にもなって食べられないものある人とかいるの~? お子ちゃまじゃ~ん!!』

 と夕食の場で散々煽ってきたうららに対抗し、『は? 食えるが?』となるべくナス以外の肉とかを食べながら地獄を乗り切った。最初から実妹と出会う可能性があるなら逃走するが、目の前で喧嘩を売られたのなら買わなければならない。それがうららとの関係である。


 テーブルを囲んでいた他の妹たちはというと、小槇はマイペースにもぐもぐ「ん、おしいね」していたし、真白は少し困った顔でオレにサラダを差し入れしてくれたし、美砂はゲラゲラ笑いながら兄妹バトルを見ていたし、せつろは怯えた表情で黙々と食べていた。

 小学生のせつろにはさすがに申し訳なかったので、彼女に怒っているわけではないと断っておいた。


「しゅう兄、しゅう兄ぃ」

「何度も呼ぶな聞こえてる!」

「廊下まで聞こえてる、うるさい」

「……すみません」

 いつものドンドンと重めの叩かれ方で小槇に名前を呼ばれ、ドアを開けると早々に文句を言われた。想像よりも大声だったらしい。


「……他の奴にも聞かれてたか?」

「みんなまだ2階だから大丈夫」

「そっか良かった。……それで?」

「ん、今日はしゅう兄にお風呂準備してほしくて。頼もうと思ってたのに食器洗ったらすぐ部屋戻るから」

「おー、掃除な。やるやる」

 晴丘家でのいつもの家事分担だ。両親がいない分、オレたちだけで全部やらないといけない。オレは部屋を出て小槇と一緒に階段を下りた。彼女の部屋は1階なので自然と一緒に階下へ向かうことになる。


「ところで小槇は、うららにキレられなかったのか?」

 うららが食卓を突然ナス塗れにした原因は、オレが彼女のバイト先に写真を残してきたからだ。普通に客として行って、正式サービスで10%OFFにしてもらっただけなので、オレは何も悪いことはしていない。キレているあっちの方がおかしい。

 だがそれはそれとして、オレとツーショットで写っていた小槇にも怒りはぶつけられたはずだ。


「ん、うららね。『どうして持って帰ってくれなかったの』ってぷんすか言われた」

「やっぱりな」

「でも、ぷんすかしてるうららもカワイイよって褒めたらぷんすかしながら飴くれた」

「うわあ……」


 姉は強し。

 積極性はうららの方が小槇よりある。何事もやりたいと二番目妹が提案するが、最終的に決めるのはいつも一番上妹だ。小さいときは義姉にべったりだったので、うららはどう足掻いても小槇に勝てないのかもしれない。

 姉の立場の小槇にはできても、兄のオレにはできない芸当だ。

 妹は5人いるが、立ち位置によっては姉属性も持ってるんだよな。


「飴、ふたつあったよ。おひとつどうぞ」

「お前が貰ったんだろ」

「ううん。違うと、思う」


 無防備にしていた右手を掴まれ、小さな飴を一粒握らされる。小袋に入ったフルーツキャンディだ。


「じゃあ、お風呂お願いね」


 いつの間にか到着した1階。小槇はぱたぱたとスリッパの音をさせながら、自室へと戻って行く。どうせ今から部屋に籠ってネトゲをするのだろう。

 昨日の帰り際、食べたハンバーグの件を同じゲームで遊んでいるギルドのメンバーに報告すると話していた。個人店ではないが、全国チェーン店でもないので、興味を持っても食べられないフレンドもいるらしい。


 目的を達成するために風呂場へと歩き出そうとして。

 オレは手の中にある飴をズボンのポケットに突っ込む前に、もう一度持ち上げた。

 ピンクの袋に予感がして、表へとひっくり返す。子どもでもわかりやすく、果物の絵が描いてある。


 飴は、オレの好きな桃味だった。

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