第10話 妹と修羅場したくない
食器の触れる音、賑やかな少女のたちの笑い声、ゆったりとしたピアノのBGM。
店内は音で溢れているはずなのに、オレの周りはやけに静かだった。というか、オレも小槇も沈黙している。何か今、変な空耳が聞こえた気がする。疲れてんなオレ。
「早くハンバーグくるといいよな。腹減ったし」
「彼女がほしいなら、わたしがなる」
「喉渇いてないか? 水のお代わりオレが入れてくるよ。さっきは小槇が水持ってきてくれたしな」
「彼女がほしいなら、わたしがなる」
「オレ耳の調子悪いかもしんない」
「彼女がほしいなら、わたしがなる」
「もういいです。もうわかったからちょっと待ってくれ」
気のせいじゃなかった。
やけに真剣な顔で、小槇は同じ言葉しか再生しない。相槌にしてはおかしすぎる。
「どうした、な、何があったんだよ急に。嫌なことでもあったのか」
「わたしが彼女じゃ、嫌?」
「嫌とか嫌じゃないとかそういう問題じゃなくてだな……」
あまりにも唐突な提案に、何もかもが納得いかない。
どうしてオレは突然妹に告白されているんだ。そもそもこれは告白なのか。正面にいる小槇に戸惑いながら、オレは何故か2日前の放課後を思い出していた。
人が違うから態度が違うとも考えられるが、妙な違和感がある。
「……小槇は、オレのことが好きだったのか?」
「ん、家族だし好きだよ」
「その好きじゃなくて、だな。こ、恋? 恋愛的な意味で」
数秒オレと小槇は見つめ合う。
そして。
「…………?」
小槇はゆっくりと、不思議そうに首を傾げた。
なんで。
さすがに『よくわからないんですけど~』みたいな返事は想定していなかった。こちらが聞きたいことを質問で返されたような意味不明の気分がオレを襲う。
「どういう反応だそれ」
「ん、んー。恋愛……努力すれば大丈夫」
「彼女になるって言った後に努力するはおかしいだろ……?」
「でも恋愛的な意味なら、彼女にしてくれるって言ったよね?」
「言ってないけど!?」
「彼女もダメなの? 奥さんの方がほしかった?」
「奥さん!?」
「わたしがしゅうちゃんの奥さんになればいい?」
さらにぶっ飛び出した小槇の発言に驚愕する。
どうやら彼女はオレのことが好きなわけではないらしい。それなのに彼女になりたがるし、奥さんになりたがる。異常だ。
わけのわからない妹には辟易していたが、ここまでではなかった。
テーブルのお冷を少し口に含んで、ゆっくり飲み干す。
オレを誘った理由を2人じゃないと食べられないメニューがあるからで一度は納得したが、まだ語られていないことがあるはずだ。
幸いここなら他の妹の邪魔も入らない。昨日からの疑問をそろそろ解決するべきだろう。
「小槇」
一番上妹は何かを期待するように、オレの呼びかけに反応する。縋る様な視線がこちらに注がれていた。
「急にどうした。そんなこと言い出すなんて、何かあったろ?」
「……」
言葉にしようと息を吸って。けれど、彼女の口はそのまま閉じられる。数分前の勢いはなく、何かを躊躇って下を向く。
小槇の姿は、まるで出会った頃の幼い少女のようだった。
はっきり喋ってほしい。めんどくささと、心配が心を占める。
このまま沈黙を続けずに、壊してくれないか。早くなんか言ってくれ。
オレの願いは小槇ではなく、彼女によって叶えられた。
「ど修羅場の所失礼いたしますー。セットのスープとパンをお持ちしました!」
膠着状態の場にやって来たのは多岐川だった。
「た、多岐川……今の話聞いて……?」
「何のこと? あ、ここ置くよ?」
修羅場と表現した割に、多岐川がどこから聞いていたのかわからない。歓談中とはかけ離れている雰囲気から、そう言っただけか。
口を噤んだオレたちの前に配膳されてくバレンタイン地獄セット。
「ハンバーグも、すぐにお持ちしますね」
厨房へと一度戻った後、湯気を上げる美味しそうな皿を持って多岐川はすぐに現れた。
ハート型のハンバーグにデミグラスソース、肉から少しずらす様に半熟の目玉焼きが乗っている。脇にはマッシュポテトとにんじんが添えられていた。小槇に見せてもらった、ゲーム内のアイテムに似ている。再現したらこんな感じだろう。
「お客様ラッキーですね!」
皿を並べ終わった多岐川は、にこにこと接客笑顔でこんなことを言った。
「バレンタイン限定メニューのハンバーグ、一日の販売数決まってて今日はこれで『最後』なんですよ」
「……これで終わり?」
「珍しく朝から注文が多くて、晴丘様の分で今日は終了です!」
問いかけた小槇に、多岐川が頷いて答える。そしてエプロンのポケットから取り出したのは、先程撮影した写真だった。白い余白の部分には、本日の日付と『ご来店ありがとうございます♡』『コマキさま♡シュウトさま』の丸い文字。間抜けな表情のオレと無表情の小槇が不格好なハートを作るポーズがしっかり現像されていた。
「お名前も書いときました!」
「うわあ……」
客観的に見ると、あまりにも居たたまれない。ダメージがすごい。こんなものをテーブルに置いていくな。
「おふたりにとって、今日がラブラブハッピーな一日になりますように!」
「……嫌味か?」
「そういうセットですので!」
オレの絞り出した声にもめげずに、多岐川は接客を続ける。小槇がオレのことを兄と言ったから関係性は理解しているだろうが、実際どう思われているのか。
告白された後散々妹への文句を語っておいて一緒に出掛けるのかよ、という感想を持たれていてもおかしくない。いやでも、仲良くなればいいみたいなことを昨日口にしていたからな。
結局、小槇も多岐川も妹属性は理解できない。
「バレンタインラブラブカップル限定ハッピーハンバーグセットは、プラスすればチョコレートのデザートがお安く食べられますので、気が向いたらぜひご注文下さい。すっごく美味しいのでおススメです」
お盆を持ったまま軽く頭を下げて多岐川はオレたちの席から去って行く。お昼時だしゆっくりしている暇など無いのだろう。他の店員たちも可愛らしい制服をはためかせながら、忙しそうに店内を動き回っている。
「……食うか」
小槇とは変な空気になったが、商品が届いたのだから気にするべきなのは会話より食事だ。散々地獄メニューと表現したが、あくまで名称と頼み方のせいだ。ハンバーグのおいしさが損なわれる訳ではない。美味しそうな匂いに、オレの気分もいくらか上向きになる。
「ま、待って。写真、とる」
「……そっか。目的これだもんな」
小槇がゲームのファンであるが故の注文なのを思い出し、皿を少し移動してやる。見せられた画像では、中央に一皿と右上の方にもう一皿見切れていた。どうせならそれっぽく撮りたいだろうから、オレの分もあったほうがいい。
スマホをいじって慌てて撮影を済ました小槇は、オレの前へとハンバーグの皿を戻した。
「もういいのか?」
「ん、ありがとう。冷める前に食べよ」
直前の気まずさは無かったふりをして、カトラリーケースへと手を伸ばす。
メニューのせいだ。この時のオレは無意識に動いていた。
食器に口を付ける前にハンバーグの上の卵をフォークで持ち上げて、妹の皿へと移動させる。
「ほら、目玉焼き」
これでいいだろうと自然とオレの分を渡して、――しまったと身体が固まる。
出先でやるにはあまり行儀が良いことではないし、子ども時代の名残で最近はしたことが無かったし、小槇に確認すらしていない。
やってしまった。仮に立場が逆ならうっとおしすぎる。
苦い羞恥と共に後悔しながら、オレはそっと小槇を伺う。いらないと言われたら、適当に謝って何でもないふりで誤魔化そう。
「……ッ」
「お、おい小槇?」
だが予想外なことに、一番上の妹は今にも泣き出しそうな表情でオレの顔を凝視していた。
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