第9話 妹と恋愛話はしたくない
「で、そろそろ理由ぐらい説明してくれるか?」
注文したバレンタイン限定羞恥セットの到着を待ちながら、目の前の小槇に尋ねる。
断りにくいタイミングで外出を約束させられ、うららのバイト先の店に連れて来て、普段の小槇を思えばやらなさそうなことばかりだ。
キュートを具現化したようなカフェは好きな女子も多いのかもしれないが、一番上妹の趣味からは外れている。うららがバイトしているというのは納得しかないが、小槇が気に入っていて常連化しているとは考えられない。
「さっき頼んだハンバーグ、食べたかったから」
「それだけ?」
「これ見て」
小槇は自身のスマホを取り出すと、とあるページを開いてオレに差し出す。
「イベント、紹介……バレンタイン限定アイテム?」
見せられたのは、どうやらオンラインゲームのサイトのようだった。魔法が飛び交う世界を冒険するファンタジーなMMORPGで、有名タイトルなので俺でも知っている。小槇はこのゲームが好きで、自室に置いてあるデカいPCでよくプレイしていた。
そのゲームの中にて、期間限定のイベントが開催されているらしい。
「イベント限定の料理があって、ハート形のハンバーグなんだけど」
現実世界で実際に食べられるものではなく、使用することで一定時間攻撃力などを上げられるゲーム内のアイテムのようだ。スマホの画面に表示されているのは、美味しそうに描かれた目玉焼きの乗ったハンバーグだった。バレンタインイベントのせいか、ハートの形をしている。
「うららが、バイト先の料理に似てるって教えてくれて」
「あの地獄メニューか」
数分前に頼んだバレンタインラブラブカップル限定ハッピーハンバーグセットの写真と、ゲームのアイテムであるハンバーグを見比べると細部はともかく確かによく似ていた。皿の色まで一緒だ。
「コラボ、とかではないんだよな?」
「うん。ほんとに偶然みたいなんだけど、すごいなって。どっちかが真似したとかではないと思う」
「商品開発の期間がそれぞれあるだろし、それもそうか」
バレンタインからのハート型なんてのもありきたりな発想だし、偶然一致することもあるかもしれない。
「なるほどな。ゲーム内アイテムが現実にあったら食べてみたいファン心理か」
「ん、そう」
オレの好きなモモカさんが出てくるソシャゲも今はバレンタインベント中だ。モモカさんをはじめゲーム内の女性キャラからチョコレートがもらえる個別シナリオがある。彼女たちがプレゼントしてくれるチョコレートに似たお菓子が売っているならちょっと買いたくなるので小槇の気持ちはわかる。
「でも、カップル限定メニューだったから」
「オレを連れてきたと?」
「わたしがゲーム好きなの知ってる人、あんまりいないし」
「多岐川の話だと、2人なら誰でもいいみたいだけどな。うらら誘えばよかったのに」
「期間終わるまでに、うららと予定合わせるの無理そうだったし、……それに」
「それに?」
「――さっきの店員さん、しゅうちゃん知り合い?」
「え、ああ。クラスメイト」
「ぁあ。納得、した」
話を逸らされた感じはしつつも、質問には正直に答えておく。
聞いてくる、ということは小槇と多岐川は知り合いではないらしい。
たまたまにしては遭遇率が高すぎて、店に連れて来られたのは多岐川の企みかと疑ったほどだ。
「仲良さそうだった、ね」
「そうか? ふつーだろ、普通」
「彼女?」
「違います」
先日同じようなやり取りを、バイト先の店長と済ませたばかりだ。多岐川との出会いだけではなく展開まで繰り返したくはない。というか同年代の女子と話すだけで彼女なら、この世には幸福な男子がもっと溢れているはずだ。おかしい。
そもそも女子だって、付き合ってもいない男と会話ぐらいするだろうが。
「しゅうちゃんは、今彼女いるの?」
「……今はいないけど」
あえて今はと言うことで過去いたように聞こえる(どうでもいい)高等テクニックだ。
妹相手にカッコつけるのもどうかと思うが、恋愛事情が全て筒抜けなのはなんか嫌だしという謎のプライドがある。
オレだって、小槇の彼氏だのなんだのは把握していない。小槇の性格やこれまでの話から、おそらくいないんだろうなと察するが、はっきりと本人から聞いたわけではない。
「彼女、ほしい?」
「そりゃいてくれたら、嬉しいけど……」
彼女。
ソシャゲやネトゲのイベント、期間限定メニューなど、単なる季節行事として内心割り切っていたが、思う所はある。
そう『バレンタイン』だ。
相手のいない男子にとって胃がきゅっと変な感じになる、えぐい季節イベントである。結婚していたり恋人がいたりしている奴は既に安全地帯にいるわけだが、そうじゃないオレたち単独組は目から血が噴き出しそうなほどの渇望を隠しながら2月前半は生活している。
友人たちにも単独仲間は大勢いるが、『俺今年も0個だったし~』『母さんからの分で1個確定だからセーフ』『セーフにはならんだろ』と爆笑しあえるメンバーはまだいい。
ガチで拗らせていると話題にすら出さない、触れない、思考から消し去るなどの方針で、やることは期末テストの勉強だ。学校に通っている者としては正しい行動かもしれない。
話をする連中によって話題は変えるが、オレもどちらかというとネタにはしたくない方だ。
もし多岐川の告白を受けていたらと考えるが、邪魔をするのは『妹』という属性だ。
たぶんデートしていても、チョコレートをもらっても『妹』の単語がちらつく。微妙な態度の義妹たちと、冷たい目線の実妹が邪魔をする。おのれ妹め。
だから贅沢言うなと思われても、オレはモモカさんみたいな甘やかし系よしよしお姉さんの彼女がいい。もっと贅沢を言っていいのなら、胸が豊かで包容力があってふたりっきりの時は甘えてきて戦闘もできるパーフェクトお姉さんなら尚良し。
「しゅうちゃん」
呼びかけられ、顔を上げる。正面に座る小槇は思ったよりも深刻そうな表情をしていた。
「彼女がほしいなら、わたしがなる」
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