第5話 妹属性の呪い

「それにしても、晴丘がこんなおしゃれカフェでバイトしてんの意外だね。なんか理由あんの?」

「家から一番近かったし、それに……」

「それに?」

「この辺で時給が一番良かった」

「ごめん意外って言ったの撤回する」


 まさかの同席となったオレと多岐川だが、意外と気まずくなることはなくダラダラと話しながら飲み物を楽しんでいる。というか、彼女とここまで言葉を交わしたのは初めてだ。昨日の2人っきりの教室での会話もだいぶ喋ったなという感想だったが、もうその記録を更新している。


 あまりじろじろ見るのも失礼だろうと、手元のカップと多岐川後ろに飾られた絵を視線シャトルランしつつ適度に相槌を打つ。たまに繰り出すオレの気のない返事にも、わりかし多岐川は楽しそうだった。


 残り僅かないちごスムージーをストローで端に寄せながら、多岐川の身体が少し傾く。吸う前にストローの先がちゃんとスムージーに接しているか確認しているらしい。


「そういえば昨日の話なんだけど、晴丘って女の子5人と一つ屋根の下仲良く同棲してるって言ってたじゃん?」

「げほげほげほッ」

 飲みかけたコーヒーが変なとこ入った。

 唐突に振られるには思い出したくない話題すぎるし、言葉選びに悪意がありすぎる。もっと言い方ってもんがあるだろ。


「仲良くない妹、な。ただ妹と住んでることをややこしい言い方すんな」

「え、でも血が繋がってない子もいるんだよね」

「いますけど、ただの家族みたいな何かだから! 雨風を凌ぐ場所に偶然一緒にいる別個で生きてる奴らだから」

「……なるほどねえ」


 意味ありげな返事をしながら、多岐川に上目遣いで見つめられる。何かを探られている様な居心地の悪さに気が付かないふりをして、オレは残り僅かとなったコーヒーを口に含む。多岐川の方もいちごスムージーの入ったグラスは空になっていた。

 会話もいい感じに途切れる。

 言い訳となるドリンクもなく、これ以上長居する必要はない。


 多岐川はテーブルに置いていたスマホを、収納力ゼロに近い極小オシャレカバンに仕舞う。それが終わりの合図になった。

「もう空? ちょうだい」

「おう、ありがと」

 オレの空になった紙コップとスムージーの入っていたガラスコップを、多岐川は自身のトレーに並べる。

「じゃあ出よっか」


 特に拒絶する展開でもない。椅子に掛けてあったコートを着て2人揃って席を立つ。

 多岐川はカウンターの中にいた店長にクーポンのお礼を言って、返却口にトレーを戻してドアを潜る。ワンテンポ遅れてオレも暖かいバイト先から、寒々しい2月の街頭へと踏み出した。

 店を出る時に見た店長のにやけた顔は、とりあえず会釈だけしてなかったことにする。絶対にあれはくだらないことしか考えていない顔だ。


 コーヒーショップの出入り口、少し横の所で多岐川が立っている。隣に並ぶと彼女はくるりとこちらを向いた。

「晴丘は自転車?」

「おう。多岐川は?」

「私は電車」

 少し離れた位置にある駅の方角を彼女は指差す。交通手段も違うし、一緒にいるのはここまでだ。いや別に好きで一緒にいたわけじゃないので、どうでもいいんだが。


「ねえ」

「んん?」


 並んでいるオレたちの間を冷たい風が通り過ぎる。

 返事はしながらも、多岐川の顔は見ない。オレの意識と視線は彼女の右肩辺りをさ迷っていた。


「とりゃ!」


 ぷに、と柔らかいものに頬を押される。

 多岐川の指先がオレの頬に触れている。

 あまりに不意打ち過ぎて、その場で身体が固まった。


「な、んだよ、急に!」

「ようやくこっち見た」


 見下ろすとぱっちりとした透き通った瞳と、視線が合う。クラスだけでなく学年全体で見ても上位と言っていい美人だと思う。人の好みは千差万別だが、それでも色んな奴に聞けば可愛い子だよな、と感想が返ってくるであろう容姿だ。

 オレの趣味かと言われれば妹キャラなのでもちろんNOだが、それでも彼女が美少女寄りなことは認めざるを得ない。


 少し明るめの髪は肩に届くか届かないかぐらいの長さで、ふわりと波打っている。アイボリーのコートと赤をメインにしたチェック柄のマフラーは、甘い雰囲気で彼女にぴったりだ。いつもの制服と違って、コートの下がなんだかよくわからないが可愛いシャツとなんだかよくわからないが柔らかそうな生地のスカートを穿いていることも知っている。少し薄着になって身体のラインがはっきりした胸部が平均より大きそうなことも(夏用制服で気が付いていたが)判明している。さっき店内で見た。

 見た、という言葉に色々と思い出していると、多岐川にぎゅっと腕を掴まれる。

 不意打ちに指で押された頬と同じ左側だ。

 

「晴丘はさ、わざと見ようとしないとこ、あるよね」

「急に何の話だよ!?」


 多岐川に押さえつけられた左腕は、軽く体重を掛けられ彼女側に傾く体勢になる。

 痛くはない。それでも強制される程度の力。

 自然とオレの顔が多岐川の顔へと近づき、蕩けるような少女の声が耳元で囁く。


「もっと色んなところ見てほしいな――例えば、妹さんとか」

「はあ?」

「妹さんと仲良くなれば、いいことがあるかも?」

「いいこと?」

「ないかも?」

「どっちだよ」


 わけのわからない言葉に、驚きと合わせて苛立ちも生まれてくる。妹関連で揶揄ってくるような友人たちとは別に、オレが妹たちと仲が悪いことを知って窘めてくる奴もいるが渦中にいない人間にされる説教ほど嫌なものはない。


「……んだよ、多岐川も『仲良くした方がお前のためだ』とか言う気か?」

 口に出すと思った以上に冷たい印象になった。


「ううん。まさか。私のためだよ」

 だから怯みもせずに堂々と言い切った多岐川には、一瞬虚を衝かれた。


「私のため?」

「というのもある。――電車、来ちゃうからもう行くね」


 しっかり掴んでいたオレの腕をあっさり離して、彼女は駅へ数歩走り出す。色んな事が突然すぎて頭も身体もオレは置いていかれるしかなかった。なんだあいつ。

 このままお別れするのかと思ったが、数メートル先で急に動きをぴたりと止めた多岐川が振り返った。


「あ、もしね見ようと思ったら『オレもう卒業だから』がいい感じの呪文になると思うよ」


 今日一緒にいた中では、一番の笑顔でそんなことを言われる。あれを学校の男子の前でやれば数人ファンが増えそうだ。

 今度こそ終わりらしく、多岐川はコートを翻して走り去ってしまった。昨日に続いて意味不明帰宅2回目だ。なんだこれ。


 もっと見る、卒業、彼女の残した言葉を反芻する。

 そもそも多岐川がオレに告白してきた理由がわからない。親愛度を上げるために贈り物をしたり一緒に戦闘をしたりした記憶もない。ソシャゲだったらそれで納得するのに。

 余計に訳がわからなくて嫌になったので店の裏口付近にある自転車を取りに向かうことにした。


 多岐川はなんか呪文とか言っていたが、もしかしてオレ呪いでも残された?

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