第4話 妹属性持ちは難解
「あ、晴丘だ」
「うわ、多岐川だ」
翌日土曜日。駅近くのコーヒーショップでアルバイトをしていたオレの前に現れたのは、前日告白お断り保留の華麗帰宅決めでフィニッシュを決めた多岐川だった。
オレはレジカウンターの内側で、多岐川はその反対側でそれぞれ出会ってしまった衝撃を受け止めている。会いたいか会いたくないかで言えば、気まずいから会いたくなかった。
多岐川にはオレがバイトしていることも、もちろん場所も教えたことはない。だが出会いを偶然と思い込みたくても、昨日の告白がそれを邪魔する。
「なんだよ、ストーカーかよ」
「それはあまりにも自意識過剰だと思いませんか、晴丘くん」
多岐川の注目は、オレではなくカウンター上のメニューに移行していた。思わず失礼なことを言ってしまったオレに構わず、彼女の指先は期間限定メニューの辺りをなぞっている。
「ほら、接客して」
「失礼いたしました。……いらっしゃいませ、お客様。店内でお召し上がりですか」
「うん、店内」
「ご注文がお決まりでしたら、伺います」
「おすすめはありますか?」
「本日のコーヒーはいかがですか。こちら苦みが強めのヨーロピアンブレンドで、甘いものとの相性は抜群です。季節のフルーツタルトとご一緒にいかがでしょうか」
「この期間限定のいちごのスムージーください」
「聞いたんだからおすすめにリアクションぐらいしろ」
オレのおすすめをガン無視して、多岐川はピンクの可愛らしい写真を指差した。クラスメイトという気安さで咎めるような発言をもらしてしまったが、彼女はお客様だ。気持ちを切り替えて注文を通し、会計をさっさと済ませる。
「こちら番号札です。できましたら席までお持ちしますので、おかけになってお待ちください」
三角の木製の番号札を渡すと、多岐川はにこやかにオレへと手を振って空いている席を探しに行った。
ピークタイムも過ぎ去り続く客もなかったので、シロップやトッピング類の補充をすることにした。いちごのスムージーはレジを通した段階で、後ろにいたバイトが製作に入っている。ミキサーの荒い粉砕音は、店内に流れるジャズと奇跡的なハーモニーを醸し出す……ことは特になくとにかくうるさい。
「ねえ、晴丘君」
ストローが大量に入った袋を開けたところで、じりじりと忍び寄って来たのはこのコーヒーショップの女店長だった。
「さっきのお客さんさあ、晴丘君の彼女?」
「違いますけど」
弄んでやるぞ、というニヤニヤとわかりやすい顔をしていたので速攻で否定した。
「お友達?」
「友達ってほど親しくはないですね、クラスメイトです」
「でもとっても仲良さそうだったね!」
「店長疲れてるんじゃないですか。目もっと労わった方がいいですよ」
オレはカウンター上のストロースタンドに袋を逆さにしてそのまま中身を突っ込んだ。ちょうど全本数が収まる大きさにこの入れ物はできている。
動じず仕事を続けるオレに並んで、店長もシロップのボトルを取り換えだした。作業に入っても会話をやめる気は彼女にないらしい。
「わあ、目の心配してくれてありがとう」
そういう意味で言ったわけではないが、わかっていてお礼を言ってくるのだからやっかいだ。
「だから仲良さそうに見えたのは気のせいですよ」
「ふんふんそうなんだね」
適当な相槌を打ちながら、空になったシロップを交換し終わった店長。すると彼女はポケットから何かを取り出した。数枚の緑の紙切れだ。
「晴丘君、もう時間だから上がっていいよ。で、小さいのだけど本日のコーヒー奢ってあげるから、これ『クラスメイトの』彼女に渡してきてよ」
ひらひらとオレの目の前で振ってみせたのは、Sサイズのオリジナルブレンドコーヒーが無料になるクーポンだった。
「いいんですか、これ」
「うん。常連さんに配ってたけど、もう期限近いから他のお客さんにも配ろうかなって。晴丘君のクラスメイトってことはおうちもここから近いんだろうし、また来てくれるよね」
「じゃあオレにくださいよ」
「いいよ、半分あげよう。残りは彼女にね」
いちごスムージーを作って持って行ってくれた人や他のバイトに挨拶を済ませ、店長から温かいコーヒーを受け取ったオレは更衣室兼事務室へ引っ込んだ。
着替えといってもエプロンを脱ぐだけなので、短時間で帰宅準備を済ませたオレはすぐに店内へと戻って来る。もちろんカウンター裏の厨房ではなく、落ち着いた革張りのソファや曲線が優雅な椅子、それらが組み合わされたテーブルのあるお客様側だ。
「多岐川」
傍に立って呼びかけると下を向いてスマホを操作していた彼女は顔を上げた。視線が合いそうになって、慌てて目線をずらす。片手にコーヒーを持ったままのオレは、もう片方の手にある緑の無料クーポンを差し出した。
「これ、店長が多岐川にって」
「へ? なになに?」
事情を簡単に説明すると、「ありがとう」と言って彼女はあっさりとクーポンを受け取った。多岐川は入り口のカウンターから離れた奥まった席に着いていたので、帰り際に店長に礼を言うとのことだ。
「とっても美味しそうだったからいちごのスムージーにしたけど、コーヒーも飲んでみたかったんだよね。前から気になってたけど、今までこの店来たことなかったから」
「今日は何で来ようって気分になったんだよ」
「うーん話してもいいけど、座れば? もうバイト終わったんでしょ?」
オレがコーヒーを握ったまま突っ立っているのが気になるのか、多岐川はそんなことを提案してきた。
昨日告白してきた女子と、どうして同じテーブルを囲まなければならないんだ。
しかもオレは、彼女の告白をはっきり断っている。多岐川からしても普通は気まずいはずだ。フラれた相手のバイト先で偶然出会ってしまって、接客されるなんて嫌だろう。オレだったら店内で過ごすつもりだったとしても、確実にテイクアウトに変更する。
だが、それは普通だったらの話だ。
レジでの多岐川はあまりにも何もなかったかのように振舞い、クーポンを受け取って終わりではなくうっかり質問してしまったオレと会話を続けるために席をすすめている。
勢いでストーカーか、と聞いてしまったが、もしかして近しい何かだったりするのだろうか。
「いやオレもう帰」
「ほらコーヒー冷めちゃうし、どうぞどうぞ。それとも何か気にしてるの?」
多岐川は別に悪意もなさそうな、通常通りの態度だった。
「私たちただのクラスメイトだよね? 女子と一緒に座るの恥ずかしいとかそんな小学生男子みたいな子どもっぽいこと言わないよね」
「うっ」
「えーやだあ。晴丘くん。もしかしてそうなのお? それとも告白断ったこと意識してるのお?」
茶化すようにくすくすと笑いだした多岐川に、反抗心が一気に湧く。相変わらずの彼女にどう対応するか悩むのが馬鹿らしくなり、結局オレは言われるがまま座ってしまった。
多岐川の誘導に乗ってしまったことになるが、否定して帰るよりはマシだろう。「お前のことなんて何とも思ってねーよバーカ!」と走り去る小学生男子みたいな態度だと思われるのは嫌すぎる。
「で、どうして今日に限ってオレのバイト先なんか来たんだよ」
「友達とね遊ぶ約束して待ってたんだけど、あの子熱出て来れなくなっちゃって。のど渇いたなってお店に入ったら偶然晴丘のバイト先だったの。ほんとだよ」
投げやりに聞いたオレに対して、からかうような雰囲気をあっさり打ち消し彼女は勿体ぶることもなく答えた。この寒い中温かい飲み物ではなくスムージーを頼むぐらいだから、そんなには待たされなかったのだろう。だが家を出る前に欠席の連絡は普通欲しいよな。同情してやってもいかもしれない。
「……それは残念だったな。偶然ってのはまあ信じるよ」
「なんだよー信じてなかったのかよー」
「いや、何の思惑もないって簡単に言うには昨日色々あり過ぎただろオレら」
「そうだっけ?」
半分近く無くなったいちごのスムージーを飲みながら、多岐川が不思議そうに聞いてきた。そうだっけ、じゃないんだよ。
「昨日私は晴丘に告白した、でフラれた。つまり晴丘にとって現在の私はただのクラスメイトじゃん。彼女ではない」
「ああ」
「晴丘が認識している範囲で、私のカテゴリーはクラスメイトのままだよね? 変わらなくない?」
「告白してきたクラスメイトっていうカテゴリーに移動したな」
「そこはさあ、他のクラスメイトの所に私の名前戻せばいいのに」
「戻せるか!」
照れもせず昨日のことを振り返る多岐川に、何故かオレが振り回されている。
なんでだ。
赤面しながら言ってくれたら『こいつ可愛い奴だなでも妹属性だから恋愛には発展しないな』くらい思えるのに。
「ていうか、なんだよ昨日の『保留』って」
「昨日私は晴丘に告白した、でフラれた。けど晴丘の返事を聞いたという事実を一度私の中では保留した。真の私にその事実はまだ到達していないため、私はまだ晴丘にフラれていない。つまり現在の私はただのクラスメイト、彼女ではない」
「ちょっと意味わかんないから休憩していいか」
「どうぞー」
瞼を閉じて、軽く後ろに持たれる。優雅なくせに意外としっかりした椅子はオレの複雑な心ごと受け止めてくれているようだった。
多岐川になんか言い返してやりたい。暴言になりかねない語句は避け、なるべく穏便に彼女の問題を指摘するようなありがたい表現がしたい。
つまりこれだ。
「――多岐川、お前ちょっと変わってるって言われないか」
「晴丘には言われたくない人いっぱいいると思うよ、それ」
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