第3話 妹といるのは辛い
共にいた時間も短く、家族というより同居している年下女子感が強い。オレは非常に気を遣っているが、うららとは同級生ということもあり仲が良いようだ。
「……おう」
一回気持ちを整えてから部屋のドアを開けると、エプロン姿の真白が廊下にひとり立っていた。想定よりも近い距離感に内心驚いて、一歩自室へと下がってしまう。
「晩御飯できたんですけど食べに下りてきますか?」
「今日……あー、真白、が食事当番なのか」
オレたちの両親が結婚一周年記念旅行に出かけてから、子どもだけの家での食事は当番制だ。
親父も現在の母親も仕事で忙しいことが多いので、晴丘家では宅食を頼む日が割とある。両親不在の間は全てそうなるかと思っていたのだが、真白が「人数も減るし、じゃあ私が作ります」と買って出た。となると他の妹たちが、彼女だけに任せるのは良くないよねとなり、結果全員参加することになる。てことはオレもですよね、そうですよね。
まあそうは言っても、それぞれ忙しい日もあるし料理スキルに差もあるので、当番の日は担当者が作る日というよりは、担当者が夕食に食べるメニューを決めていい日になった。
朝や昼は個人で勝手にする、もしくは給食や学食がある。
ここ数日の晴丘家の食事事情はこんな感じで回っている。
「はい。肉じゃがとお味噌汁作ったんですけど、どうします? お部屋で食べるなら持ってきますけど」
「……うららは?」
「うららちゃんは、明日土曜だからって友達の家に泊まりに行ってます」
「じゃあ下で食う」
うららがいないのは、好都合だ。あいつのイライラをぶつけられながら食事するのはお断りだ。
階段を下りる真白の後ろを付いて行ってたどり着いた食卓には、すでに妹が2人着席していた。帰宅したときに会った小槇と、一番下の妹せつろだ。彼女たちの前には美味しそうな料理が並べられているが、誰も手を付けていないらしい。
「悪い、待っててくれたのか?」
「んー、いま座ったとこ」
小槇が気だるげに首を振って、隣のせつろは黙ったまま俯いていた。
晴丘せつろは小学校5年生で、真白の2人いる妹の内の1人だ。もちろんオレとは血が繋がっていない。せつろは大人しい性格、といわけではないが高校3年生のオレと小学生の彼女で熱心に話すこともなく、結局いつも微妙な空気が漂う。はっきり言って、血が繋がっていない妹たちとは大体そうだ。
「ましろねえちゃん、みさねえちゃんは?」
「デートで遅くなるから、先に食べてって」
「そっかあ」
ここにはいない姉のことを気にするせつろ。
みさねえちゃん、とは上から4番目、下から2番目のオレの妹で当たり前だが血は繋がっていない。
オレと真白がテーブルに座ると、真白の「いただきます」の掛け声に合わせて全員食事を開始する。本日の食事当番の真白は料理がとても上手くて、事前に聞いていた肉じゃがと味噌汁以外にも、サラダや豆の煮物なんかも並んでいる。親父と真白たちの母が再婚する前は、忙しい母親に代わって妹たちのご飯を作ることが多かったらしい。
それにしても多い。何度考えても妹が多すぎる。
というかよく考えたら、テーブルに座ってるの家族だけど全員血の繋がってない女の子しかいねえ。そんな気が付かなくてもいいことに気が付いてしまえば、謎の圧迫感によって自然と箸の進みが遅くなる。
この家で妹たちと暮らすようになってから、どれだけ多忙でも食事だけは一緒にとろうと親父か母親かどちらかは夜に戻って来るようになった。もちろん両親が揃う日もある。まだ彼らがいてくれた方が気まずくないので、正直ありがたかったのだがどうしようもない日というのはある。
逃げ道としては黙々と食べてさっさと部屋に戻るか、部屋で食べるか、だ。
「真白のごはんおいしいよね。今日のも、とってもおいしい」
もぐもぐと黙って食べていた小槇は、口の中のものを飲み込むとそんな感想をぽつりとこぼした。
「ありがと。希望があれば、またなんか作るね」
「やった。あれがいいな。前食べたしょうがのやつ」
「豚肉の生姜焼き?」
「それ」
「せつろも、ましろねえちゃんのしょうが焼き、好き」
「嬉しいなぁ」
疎外感がすごい。
女子だけで構築されてる場にオレがいるのが辛い。
うららがいないことで油断して選んだ道だが、こんなことなら部屋で食べれば良かった、と満たされている胃がやけに重苦しくなる。
無理やり箸を動かして急いで皿を空にしたオレは逃げるように立ち上がった。
「ごちそうさま、うまかったよ」
そのまま食器を重ねてシンクまで持っていく。皿洗いはその日の食事担当以外がすることになっているので、袖をまくってさっさとめんどうな家事を終わらせようとして――真白に止められた。
「柊桃さん、私がやるから食器置いといてください」
「いや、でも」
「いいですから」
「作って、洗い物までさせるわけには」
「私やりますから」
優しい思いやり風、拒絶。
晴丘真白には、こういうところがある。
彼女はうららと違って噛みつくような態度でもないし、喧嘩を売ってくるわけでもない。ただ何かしら距離を詰めようとしたり手伝おうとしたりすると、やんわりとお断りされる。
1年前、親父が2度目の再婚をした直後。オレもそれなりに3姉妹と仲良くなろうとはした。性別も違うし歳も違うけれど、家族になるならそれなりに会話できないと困ると思ったからだ。結果、普通に喋ることはできるが、明確に線を引かれていることはわかった。
「……じゃあオレ、部屋戻るわ」
いいか、悪友どもこれが現実だよ。
オレの立ち位置を羨んでいるようだが、歩み寄ったらスッて離れるを繰り返されると心折れそうになるからな。義妹に下着姿でお兄ちゃん好き♡って告白されるとかあるわけねえだろお前ふざけんじゃねぇぞ、と放課後の教室で叫んだ日は、友人数名にジュースとパンを奢られた。オレはありがたくいただいた。
ただそれはオレの怒りを適当にかわすための供物で、後日「冷めた対応してくる系妹はそれはそれでおいしい」とか抜かした奴もいたので、たぶんあいつらはなにもわかっていない。
家族の決まりごとをしようとしただけなのに取り上げられ、オレだけひとり自室へと戻る。卒業してこの家を出ていきたい気持ちが強くなる。
もう少し我慢すれば、進学という形でそれも叶う。
ベッドに寝転がってスマホで動画を見ていると、オレの部屋のドアがどんどんと重めに叩かれる。ノックの音だけで真白でないことがはっきりわかった。
やる気なく立ち上がり、そんなに急ぎもせず扉を開ける。
「なんだよ」
「風呂」
簡潔に用件を伝えてきたのは、一番上の妹の小槇だった。
いつのまにか食事を終えて結構時間が経っていたらしい。彼女は入浴後のようで、その髪はしっとりと濡れタオルが掛けられていた。我が家の風呂場にある、ありきたりなシャンプーの香りが、ふわりとオレの鼻腔をくすぐる。
思わず考えてはいけないことを考えそうになって、オレは目線を小槇の頭上辺りに固定した。首から下の、冬なのにやけに無防備な格好をなるべく視界に収めないようにする。
「わかった行く」
「ねぇ、しゅうちゃん」
「あ?」
「明日は、バイト?」
「土曜だからな、午前から入ってるよ。何か用事あったか」
「ん、なにもない」
あまり感情を表さない彼女は、聞くだけ聞いて後ろを向いてしまった。素足にスリッパという姿で、ぱたぱたと階段を下りて行く。
帰って来た時もバイトのことを確認されたし、今も用事もないのに聞いてきた。うららの次に付き合いの長い妹だが、最近あまり話さなくなってわけのわからなさが増している。
「あーー家出てえーーー」
超えられない壁を感じる義妹たちと、壁がなさ過ぎて言語の殴り合いになる実妹。
やりたいようにやれない実家に嫌気が差し、 動画の再生を一時停止していたスマホをオレは勢いよくベッドに投げつけた。
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