第2話 妹と関わると疲れる
オレ、
高校3年生になった現在、多岐川と再度同じクラスになった時も何か特別な感情は無かった。だってそんなやつらは他の男子も女子も大勢いる。大した人数もいないこの高校で、学年が上がったところでクラスの顔ぶれが大幅に変更されるなんてありえない。
必要があれば会話する程度の、ただの同じクラスの女子。
卒業間際まで、オレにとっての多岐川はそれだけの少女だった。
余計なことをうだうだと考えながら、チャリを漕ぐ。
商店なんかがある大通りを抜けて、住宅街のある細い道へ。帰宅路は日中よりもやや薄暗くなってきていた。
多岐川と遭遇してから帰るまでに、まあまあの時間を結局学校で過ごしたせいだ。昼食がまだだったが故の空腹は、ランチタイムが過ぎて閑散としていた食堂で済ませた。安いカツ丼とからあげをスマホでゲームをしながらゆっくり食べ、食堂のおばちゃんに追い出されるまで時間を稼いだ。それもこれも家に帰るのを身体が受付けなかったからだ。多岐川に会わなくても、もしかするとこうして時間を潰していたかもしれない。
考え事をやめて意識を外界へとやれば、途端に2月の寒気がオレの肌を痛めつける。顔や耳が寒いのは当然ながら、学ランの襟元から吹き込む風には本当に参る。
さすがに手袋はしているが、それでも寒いものは寒い。まだ日が出ているからましだが、暗くなってから夜風を切って走るのは何年チャリ通学をしていても慣れなかった。
多分一生、寒いを好きになることはない。
数分いつもの道を曲がって進んで、ようやくデカめの我が家にたどり着いた。国内だけでなく海外出張も多く仕事内容を聞いてもはぐらかす謎の多い親父が、伝手で手に入れた立派な3階建ての住宅だ。カーポートの奥、家と塀の隙間に自転車を突っ込んで、玄関に回り込む。
そしてオレは、祈るように取っ手へと手をかけた。
祈る内容はもちろん、妹と会いませんようにだ。
がちゃっという頼りなげで悲劇的なドアの開く音。それ以外の雑音を発生させないように、するりと中へ入り込む。後ろ手にドアを閉めるのと上の辺りからフローリングを踏みしめる音がするのは同時だった。
いる、妹が、いる。
タイミングが悪すぎたのか、階段から誰かが下りて来る音がする。
あとちょっと早ければとか、あとちょっと遅ければと今更考えても仕方がない。
一度外に出て、と逃亡する前に妹はオレの前に現れた。
「あー」
玄関に入ってすぐの所にある階段上から、見知った少女がやって来る。
妹の中で年齢的には一番年上、現在高校2年生。血は繋がっていない。
「た、ただいま」
「ん」
片手には銀のスプーン、もう片方の手にはホイップクリームの乗ったプリンを大事そうに持っている。2階にはリビングダイニングキッチンがあるので、察するにおやつのプリンを冷蔵庫から取り出して部屋に戻る所なのだろう。彼女の個室は1階にある。
玄関にいるオレのすぐ傍までやってきて、小槇は何故か立ち止まった。
「バイトは?」
彼女はあまり感情の読めない眼で、じっとこちらを観察しながら聞いてくる。
まだ靴も脱いでいないオレよりも一段高い家の廊下に小槇がいるせいで、身長差が減っている。思ったよりも近い眼差しに耐えられず、おれは右上に視線を逸らした。
「……今日休み」
「ふうん」
以上。会話終了。
聞いてきたくせにオレのシフトなど興味なさそうな様子で、彼女は1階の自室へと戻ってしまった。
なんなんだよ、あいつは。
意味不明な一番上妹に混乱しながらも、靴を脱いでさっさと部屋へ戻ろうとする。
だが、不幸とは続けざまに起こるものだ。
オレは一番会いたくない妹に遭遇した。
「げっ……」
引きつったような、負の感情たっぷりの少女の声。
このいかにも醜悪なものを発見しましたと言いたげなのは、高1の晴丘うらら。妹たちの中で唯一血の繋がりがある妹だ。
彼女はオレのすぐ後に帰宅したらしく、玄関からちょうど入ってきたところだった。
「あのさあ、チャリもっと奥突っ込んでくれない? 邪魔なんだけど」
口を開くやいなや飛び出してくるのはオレに対する苦情。
「植木鉢あるからあれ以上奥入れられねぇよ。反対にとめろよ」
「はあ!? そんなのどかせばいいでしょ?」
「結構重いんだよ、嫌ならお前がどけろよ」
「先に帰ってたんだから、そっちがどかせばいいじゃん」
「それならもっと前から言えよ、なんで今更問題にしてんだよ」
「あーもううるさい。話しかけんな」
これだ。基本的に会話すると喧嘩になるか、喧嘩になるしかない。
他の妹たちとは仲が良いとは言えないが、ここまで険悪ではない。気に入らないことがあればキレられるし、そうなるとオレも黙っていないので、言葉のナイフで斬り合うのがデフォルトだ。口喧嘩は、「うるさい」「うざい」「話しかけんな」のうららのオレに対してよく使う言葉3選のどれかで終結する。基本的に勝敗は決しない。
これ以上言いあっても無駄とお互い理解していたからか、足取り荒くうららは3階にある部屋へと去って行った。激しい扉の閉まる音を確認し、ようやくオレもイラつきを抑えながら部屋へと帰る。同じ3階に部屋があるので、確実にうららが自室に籠ったことがわからないと向かいたくもない。
昔はまだ、可愛げがあったと思う。
親父と母親が離婚して、それから親父が再婚して、新しい妹の小槇が増えた。うららにとって小槇は年上で、「こまきちゃん」と積極的に構っていた。オレも小槇の引っ込み思案なところを心配して、兄妹揃ってよく遊んでいた。親父の2番目の妻、つまり小槇の母親が亡くなってそれは益々顕著になった。
血の繋がりの無い小槇が不安がってないか、寂しがっていないか、親父も含めとにかく必死に家族になろうとしていた。その頃はうららもオレのことを「お兄ちゃん」と呼んでくれていた。
だから、その反動だろうか。ここまで絆が切れかけているのは。
いや、ただの思春期とか決めつけてはいけない。なんかシリアスな理由でも考えないとやっていけないのだ。あのうららの癇癪も、若さゆえの一時的な物でした許してとか追々言われたら、オレの精神は疲れすぎてきっと寝込んでしまう。
妹、めんどくさ過ぎる。
だから結論として、年上甘やかしよしよし系お姉さん最高になってしまうわけだ。
全世界の妹持ちは大体そうに決まっている。
そこで思い出したのは、教室での多岐川だった。妹属性の彼女も、兄の前ではあんな感じなのだろうか。
仮に付き合ったとして、オレに対する態度はどうなるのか。
答えは出ず、そうして今日も夜は無意味に更けていく。
このまま寝て終わり、としたいところだが。
「あの、
そうだ、まだ本日は妹に強制エンカウントイベントが残っていた。ベッドに寝っ転がってスマホで漫画を読んでいたオレは、むくりとその場で起き上がる。
ノックされたドアの先から、遠慮がちな声でオレを呼ぶのは、上から三番目の妹。
うららと同じ学年の少女、
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