いもうとぞくせいとらいふる

坂巻

第1話 妹に夢を見てはいけない

 オレには、義妹実妹が合わせて5人いる。


 それを知った中学からの友人は「いいよな~ギャルゲ主人公みたいな家庭環境じゃん」とのたまったが、それは現実を知らないから出た戯言だ。いいか、1回オレと立場を交換してみろ。そんな馬鹿な発言は熱された鉄板の上で土下座させられても言えなくなるぞ。

 想像よりも現実は厳しい。


 そもそもオレには血の繋がった妹がひとりいる。


 それを知った高校からの友人は「いいよな~お兄ちゃん♡とか呼んでくれんじゃん」とにやけた顔で言いやがったが、実妹にはここ数年露骨に避けられている。直近で彼女が言った、オレを指した名称は――ない。思い出せない。すげえ嫌そうな顔で「ねえちょっと」ぐらいしか呼びかけられていない。

 兄に対してそんなことある? って思うが、あるんだよなこれが。


 とまあ実妹とはこんな感じで、残り4人の義妹の話をさせてくれ。

 オレより歳がひとつ下、つまり高校2年生の妹は、妹たちの中では1番の年上だ。

 昔オレの親父と実母が性格の不一致で離婚して、色々あって親権は親父が獲得。その2年後親父が再婚した女性がいた。その女性の連れ子が1番年上の妹だ。

 だが家族の温かな時間は続かず、病弱だった義母は1年後天へと旅立ってしまった。つまり血の繋がらない少女がひとり、オレたちの家に取り残されてしまったわけだ。オレも実妹も親父も、彼女が寂しくないように全力で家族してたと思う。旅行とか色々行ったし、親父がカメラを構えて子ども3人で写った写真も多い。

 そして、6年後。

 親父はさらに再婚した。その相手には連れ子が3人いた。

 子どもは全て女の子で、全てオレより年下だった。


 ――いや、妹5人ってオレにどうしろってんだよ

 どうもできねぇよこれ。


 親父再婚しすぎだろとか。なんか複雑な年頃で最近微妙な会話しかしてない上2人の妹とか。そこそこ親しいそこそこ他人な妹3姉妹とか。

 とにかく、精神を削られることが多すぎる。


 だからオレは必死でバイトと勉強をして、妹たちと関わる時間を減らした。さらに進学先は他県を選んだので、大学に入れば実家を出るし一人暮らしをする。これで煩わしい妹関係ともおさらばだ、と思っていたらだよ。

 卒業の近いこのタイミングで、「結婚して1周年記念だ!」と年甲斐もなくいちゃつく親父と新しい母親はふたりっきりで旅行に行ってしまった。


 嘘だろおい、この家にオレをおいてくのかよ。

 若い男女を同じ家に押し込んで問題ないと思ってるんですか思ってなんですねああそうですかもしオレがそんなこと言い出したらこいつ私たちのことそんな目で見てんのかよと実妹中心に外気温にも負けない冷たさの瞳で睨まれることはわかってるよわかってんだよだから何も言えるわけがないだろ。


 オレの妹たちは、「いつも仕事なんだしゆっくり楽しんできてね」と笑顔で両親をお見送りしていた。


 こんな展開に陥ったのが4日前。

 以来、家に帰るのを苦痛に思いながら日々を過ごしているわけだが――。




「ちょっと待ってくれる?」


 学校のいつもの教室。

 オレの前の席に座るクラスメイトの多岐川たきがわが、怪訝な表情で待ったをかけた。


「なんだよ、今いいところだろうが」

「いやそうなのかもしんないけどさ」


 時刻は、昼過ぎの13時2分。普段ならもうすぐ授業の時間だが、卒業間際のオレたち3年生は、授業は午前のみで終わっている。そのためクラスには、オレと多岐川という女子しか残っていなかった。


「私、今何の話をされてるの?」

「オレが妹多くて大変って話」

「いや、そうじゃなくてさあ。――告白したじゃん、私」

「そうだな」


 わざわざもう一度言われなくってもわかっている。オレだって、そこまで鈍感なわけではない。


「じゃあなんで、晴丘はるおかは妹の話してるの?」

「断るって結論は最初に言っただろ。ただそれだけだと納得しないだろうと気を遣って、理由を話している」

「妹の話が?」

「妹の話が」


 こんなにもわかりやすく解説しているとうのに、多岐川から困惑の表情は消えなかった。彼女はわざとらしく腕を組んで、低い椅子に体重をかけるように軽くのけ反った。椅子の足が浮いて、悲鳴のように木と鉄が鳴る。椅子ごと不満を訴えるような態度だった。

 そんな多岐川を説得すべく、オレは自身の不幸と意見を語り続ける。


「甘えてくる妹などこの世には存在しないし、「お兄ちゃん♡」などと呼んでくれる妹はいない。朝妹は起こしてくれないし、というか部屋になんか入ってくるわけないし、機嫌損ねると踝蹴ってくるし、話しかけんなって言われるし、他人行儀だし、家族だってのに過ごすことが息苦しくてしかたない。この世にでれでれ甘々の奇跡みたいな美少女妹がいたとしても、それはオレの人生に関わってくることは無いと断言できる。だからオレは妹に夢は見ていない。妹、というものに正直関わりたいとも思わない」

「へぇ、それで?」

「多岐川、お前兄弟いるんだろ?」

「うん。お兄ちゃんがいるよ」

「妹属性じゃねぇか!!!!」


 今日一デカい声が、教室中に響き渡った。

 オレが一番言いたかったせいで、気持ちも一番入っていた。


「というわけでもう一度お伝えしますが、多岐川とは付き合えないです。ごめんなさい」

「……は?」


 多岐川の告白を断ったのはこの理由に尽きる。

 数秒間固まっていた多岐川は、一度頭を抱えるとゆっくりとこちらに向き直った。


「私、晴丘の妹じゃないんだけど」

「でも、『妹』ではあるよな?」

「確かに多岐川家では妹という立ち位置ではあるね」

「オレ、妹ってだけでダメなんだ。その、萎えるっていうか。妹はほんと勘弁してほしい」

「難解な性癖してるね」


 多岐川には申し訳ないが、『妹』というだけでオレには看過できない属性だ。ごめんなさい、はさせてもらうが彼女が悪いわけではない。だからオレは自身の恥を晒すことにした。


「多岐川がどうってわけじゃないんだ。ただオレが妹がダメなだけで」

「う、うん?」

「オレのスマホの中のお気に入りは姉ものと年上甘やかし系と巨乳で埋められている。妹ものはそもそも検索除外だ」

「それ、クラスメイトの女子に言ってて恥ずかしくないの?」

「多岐川だって、恥ずかしいだろうにオレに告白してくれただろ。だから、オレだってこれぐらい開示しないとなんか、ほら、悪いだろ?」

「謎の誠実さ見せてくんね?」


 オレは手元で操作したスマホの画面を多岐川に差し出す。そこには先程でまでプレイしていた学園バトルものソシャゲのホーム画面が表示されていた。

 ふわふわとした長い桃色の髪と、ぴったりとした制服からわかる抜群の巨乳と、むちむちした足の、完璧美少女お姉さんがイラストのまま揺れている。


「こ、この方は?」

 勢いに飲まれて聞いてきた多岐川。引かれようが嫌がられようが、ここはオレの好みを確実に伝えて納得してもらわなければ。


「モモカさんだ」

「……なんて?」

「今現在オレの高校生活において、好みの女性の頂点にいると言っても過言ではないぐらいの存在、モモカさんだ。先輩キャラでオレの姉を自称して甘やかしてくれる。戦闘でも強い」

「ゲームのキャラクター?」

「そう、モモカさん」

「好きなの?」

「大好きだ」

「……お、おおうん、うん?」

 もちろんモモカさんが現実に居ないことなんて理解しているし、彼女みたいな子が早々に転がっていないとわかっている。それでも多岐川に見せて理想を語ったのは、ここまで言えば「あっそうなんだー」でこの場が終わると期待したからだ。


「つまり、多岐川はオレの好みから外れているだけで、お前は悪くない。オレなんかじゃなくても受け入れてくれる男子はいるはずだ。その、多岐川ってか、かわいいと思うし」

 ちょっと詰まりながらも容姿の感想は素直に伝えた。クラスの女子誰がカワイイ?の話題に巻き込まれたときは多岐川の名前は男子の中でいつも挙がる。2番目か3番目くらいに。


「でも、『彼女』にしてはくれないんだ」

「妹属性はちょっと」

「晴丘ってえっと……おもしろいね?」

「褒めてない単語と疑問符の組み合わせだぞそれは」


 オレ判断では、受け入れてくれたような面持ちの多岐川。

 彼女はスカートを直しながら立ち上がると、机の上に置いていた鞄を手に取った。どうやら諦めて帰ってくれるらしい。


 彼女には淡々と事実を伝えるよう努めていたが、やはり告白された後の空気というものは居心地が悪かった。家に帰りたくなさすぎて教室で暇をつぶしていたら突然多岐川がやってきてこんなことになるし。不運にもクラスメイトは全員帰っているし。金がないからと断ったが、こんなことなら友人たちと焼肉食べ放題に行っておくんだった。

 だが、ようやくこの告白お断りタイムという不毛な時間も終わる。


 多岐川は、はぁと軽く息を吐いて背を向ける。彼女の先にあるのは教室のドアだけ。オレが引き留めてしまったようなものだが、やっとお帰りになられるようだ。心底安心する。

 オレも多岐川も喋らなかったせいか、上靴とリノリウムの床がこすれる音がやけに叙情的に響いた。このまま彼女が歩き去ってもオレは止めないし、止める資格もない。


「これで諦めついただろ。じゃあな」

 別れの挨拶のつもりで、最後にそう声をかけた。


 だから、彼女からも別れの言葉以外の返事は期待していなかった、のだが。


「うーん、保留する」

「……は? 保留ってなんだよ」

「だから、告白断られるのを、保留する」


 振り返った多岐川は、怒っているわけでも笑っているでもなく、ただちょっと困った顔をしていた。


「じゃあね」


 なんだよそれ、その顔したいのオレだぞ。


 後はもうこれ以上為すことも言うこともなく、彼女は教室から出てってしまう。


 帰宅だ。

 告白お断り保留の華麗帰宅決めだ。

 謎の新技を決めて、当人のはずのオレを完全放置ときた。


「嘘だろおい……」


 多岐川はオレのことをおもしろい、と言ったが、彼女の方が相当おもしろい(誉め言葉ではない)だろう。


 そろそろ腹も減ったしオレも帰りたい。だが、このまま家路に着けば昇降口で多岐川と早すぎる再会を果たしてしまうことになる。

 こうしてオレは、妹以外の理由でもう少し教室に残る羽目になった。


 いや、多岐川も妹属性なんだから、やっぱ妹のせいだな。

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