第6話 妹が何を考えているかわからない

「はあーーーーー」

 結構長めのため息が出た。

 オレは回収したチャリに乗ることはなく押しながら、コーヒーショップの前の通りを歩いて帰る。家に帰る時間を遅らせるためでもあるが、何だか歩きたい気分だった。


 本当はいつもの休日バイトのようにもっと長い時間働きたい。だがオレは高校卒業が確定しているので、どんなにがんばっても3月前半までしかシフトに入れない。こっちは出られる限界までの時間を書いて提出したが、バイトをどの時間に配置するかは店長次第だ。今までオレがいた分を埋めるために新しいバイトが採用され、そいつと入れ替わるように徐々にオレの時間が減らされている。仕方ないとはいえ辛い。

 もう年を越したから年間いくら稼いだかを気にして調整しないといけない時期を過ぎている。だから、卒業まではいっぱいバイトして家を空けられると思ったのに。


「はあああーー」

 二度目だ。二度目のため息を吐くしかない。

 家への道のりは、多岐川の謎さに振り回されバイト時間が短くなったことでテンションが下がり帰り着く先が妹しかないことで、それはもう悪路だった。カラフルなレンガみたいなものが敷き詰められたゴミひとつない綺麗な道なのにな。おかしい。

 駅近くのこの場所は数年前にできたショッピングモールもあるし、おしゃれなカフェや飲食店も多い賑やかな場所だ。ここで遊んではしゃぐ高校生も多いだろう。今のオレはそんな気分にはなれないが。

 こうなったらモモカさんに癒してもらうしかない。

 自宅に帰ってソシャゲのお気に入りキャラたち(姉属性、先輩属性)に助けてもらおう。ピンク髪のお姉さんキャラモモカさんにおつかれさまボイスで慰めてもらうオレの予定と妄想は、前方のドアベルの音によって突如絶たれる。


「ごっちそーさまでーす!」

「ねえ、次どこいく?」

「うわ、さっむぅ……」


 落ち込み切ったオレの心と反比例するようなテンション高めの女子集団が、なんか甘いものを売ってそうな店から出てきた。重ねられたパンケーキや温かそうなパイの写真が貼られた黒板みたいなメニューボードの前で移動せずに喋っている。

 彼女たちを避けようと自転車のハンドルを右に切り、そのまま歩き去ろうとする。


 ――この後オレは、自転車に乗って爆速でここを通り過ぎなかったことを後悔した。



「あっれ~もしかして、しゅうぴ?」



 高く明るい聞き覚えのある声に顔を上げて、土曜なのに何故か制服姿の女子集団の姿をようやくしっかりと意識する。高校生よりは若く、恐れを知らないようなキラキラした中学生の集まりだった。

 その集団の真ん中にいたのは、晴丘はるおか 美砂みさ

 晴丘家の4番目の妹で、真白を姉せつろを妹とする三姉妹の真ん中だ。オレとは無論血は繋がっていない。

 そして『柊桃しゅうと』というオレの名前を恥ずかしいあだ名で呼ぶのは、こいつだけだ。


「え、だれだれ? みしゃの新しい彼氏?」

「あ、この人ー? 前の彼氏より地味めじゃーん意外」

 他の少女たちは軽薄な会話を続け、オレはこの状況を察して胃が痛くなり、美砂はへらへらと笑っている。おい、さっさと否定しろ。


「えー彼氏、彼氏かあ~」

 跳ねるように近づいてきた美砂はオレの左側に並ぶと、とんと身体を傾けてぶつけてきた。その仕種にどことなく小動物っぽさを感じる。ごはんが欲しい時や構って欲しい時の野良猫みたいなあれだ。美砂のはどう考えてもそんな愛らしい理由ではない。


「みんなには初めて紹介するけどぉ、しゅうぴはあ」

「あ、やっぱ彼氏?」

「実は、ホントは――だいぶ前話した、兄的な人です!」

「彼氏じゃないんかよ!!」


 きゃははと、何が面白いのかさっぱりわからないが女子たちは笑っている。

 意味わからん。

 こいつ今場が沸くような面白いこと言ったか!?


「みささーのお母さんの再婚相手の男の連れ子ってこの人だったんだー」

「兄的な人ってなにそれ。家族的にはお兄さまじゃん! くそウケる」

 どこが? え、どこが?


「みしゃのお兄さんちゃーす。いつも美砂にはお世話になってます!」

「よろしくでーす」

「……どうも」

「『どうも』、だってー!!」

「どうもでーす!!」

 美砂の友人らしい少女たちに圧倒的陽のオーラで挨拶され、挨拶を返したことすら嫌になる。必死に顔を半笑いで固定して耐えていると、突然ぐいっと両頬を掴まれる。正面近くに回り込んできた美砂は、オレと向き合うと何やら意味深に頷いた。


「うん、うん。そうだよね、りょうかい~」

「はあ?」


 了解された内容はわからず。説明もせずに4番目妹は話を勝手に進めてしまう。


「なんかねーしゅうぴみて思い出したけど今日忙しくて、家の用事あるから帰るね」

「まじか。まだどっか行きたかったのに」

「そんならしゃーないね。またね、みさみー」

「おうー、なんかあったらメッセ送って! じゃあいこっかしゅうぴ!」


 オレの自転車の前かご部分を引っ張って、美砂が移動を開始する。それに引きずられるようにオレも自転車を押して進みだした。


「さよならーみしゃのお兄さま!」

「次予定合ったら遊ぼうねー」

 少女たちに声をかけられ、最低限の礼儀だと思って会釈する。オレの反応の何が刺さったのか「うっわ頭下げてきたよ」「りちぎー」と笑い合いながら彼女たちは逆方向へと去って行った。


 返って来るリアクションが異次元過ぎて、疲労感がすごい。

 え、性別違って年齢違うだけで、こんなに予想できんもんなの?

 妹である程度耐性ついてると思ったのに。




 しばらく無言で美砂と2人歩き続ける。

 その間彼女はチャリのカゴを掴んだままで、相変わらず引きずられている心地は変わらなかった。


「……家の用事ってなんだよ」

 正直ずっと聞きたかったことだ。親父も母親も旅行でいない今、晴丘家で集まって何かをする予定は特にない。

 振り向いた美砂からは、先程までの明るい印象は失われていた。


「ああー別に。なんでもいよ」

 どうでも良さそうに笑みを浮かべた妹は、そこでようやくカゴから手を離した。


「そろそろさ、あの子たちといるの疲れたし離脱したかったんだよねワタシ。タイミングよくしゅうぴいたから理由にしただけでなんもないけど」

「別に家のことを理由にしなくても」

「空気ってあるじゃん? わかんないかな、そうゆうの~」

 少女たちとは仲が良さそうだったのに、切り捨てるような口調で語る美砂。

 喋り方が劇的に変わったわけではない、だが奥にある冷たいものが顔を出している。


 晴丘家の妹たちの中で一番イラつくのはうららだが、一番何を考えているのかわからないのが美砂だ。表情に出にくい小槇もわからない妹ではあるが、まだ付き合いは長いしそこに不安感はない。


 だが、美砂の理解できなさは、もっとこう――底知れなさがある。

 中学生に抱く感想ではないが、何かこいつ怖くないか? と正直思っている。


「じゃあワタシ遊びに行くから~あとよろ~」

「え? 帰るんじゃな――」

「んなわけないじゃん。さっきも言ったけど離脱したかっただけだしー。ねーちゃんたちに遅くなるって伝えといて!」


 出会った時と同様に、彼女はオレのことなど構わず別の道へと去って行く。

 休日で人ごみが多いせいか、オレはあっさり美砂を見失った。


 多岐川に『見て』と呪いをかけられたせいだとは思いたくないが、いつもより美砂のことを凝視して気付いた。


 彼女はそばに寄って、両頬を掴まれてしっかり顔まで合わせたというのに――視線が一切合わなかった。

 オレのことを一度も、見ていない。

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