雪。

笹野屋 小太郎

第1話

間に合ってくれ。まだ話したいことはいっぱいあるんだ。行かないで。


あぁ、忌々しい雪。

いつもいつも邪魔をされてきた。


急な坂道を登った場所にある小学校。

雪が膝まである坂道を登りきれば、やっと学校が見えてくる。

上履きに履き替えるために長靴を脱げは、靴下にもズボンにもくっ付いた雪。長靴を逆さにして中に入った雪を取り出す。

長靴も靴下も足も、雪のせいでびしょびしょ。上履きを履こうか迷う。

結局、濡れた靴下の濡れた足で上履きを履く。一日中、不快なしっとりとした靴で授業を受ける。近くのストーブで乾かそうものなら、やれ水虫かとか臭いとか言われかねない。うん、誰か言われてた。


下校時は最悪だ。

下りる坂道はつるつるに光って、圧縮された雪。

どんなに踏ん張って下りても一回は滑って転ぶ。尻もちをついた時に体を支えようとして、手首にひびが入ったり足を捻挫したり、毎年のように病院に通っていた。


中学校は歩いて1時間ほどの場所にある。冬になると飛来する白鳥のいる川を渡る。橋を渡りきり、しばらくすると田んぼが広がっている。地吹雪で顔が痛いし、否応なしに入ってくる雪にスクールリュックの中の教科書やノートはしっとりして使いづらい。


高校はなぜかコート禁止という校則。雪だるまって、雪をコロコロしなくても出来上がるんだよ。


電車を2つ乗り換え、更にバスの道のり。

雪国で雪に慣れているとはいえバスは渋滞が多くなり、電車が遅れることもある。


授業に遅れることはなかった。なぜなら部活の朝練で家を早く出るから。

始発の電車に乗り、次に乗る電車に乗り換え、更に次に乗るバスへ乗り換えるが、雪が降ると滑らかに行かない時がある。


先輩よりも早く来て鍵を開けて、掃除をしておかなければいけない。それが雪のせいで間に合わない時があると、先輩や同級生とも気まずい。

誰も責めない。遠方から通っているのを知っているし、人それぞれに諸事情で遅れることはあるからだ。

でも気まずい。


大学は自動車免許をとったので、35分くらいかけて学校まで車通学。

今までの通学生活がなんだったんだろうと思うくらい快適。

朝、暗い時間に起きなくてもいい。なんなら少し早めに起きればシャワーが浴びれる余裕が。

行き帰りの電車の時間を気にすることなく過ごせる快適さ。


ただ、またしてもやつが。


初めての雪道運転。

除雪車が作ってくれたツルツルの雪道。雪が見えないのにピカピカに凍った道。

優しくブレーキをかけたのに、車がくるんと横向きになった時は何が起きたか分からなかった。

気づけば対向車線の進行方向をふさぐように、真横に並んでいる。

対向車線に車がいなくて良かった。前と後ろにいた車の人がギョッとしてたけど、事故という事故もなくゆっくり車線に戻る。恥ずかしい。

でも対向車がいたらと思うとゾッとする。怖い。


社会人になり彼女が出来た。

大学の同級生だったが、付き合うようになったのは社会人になってからだ。

1年ほど付き合ってから、彼女は仕事の都合で他県に転勤し遠距離恋愛になった。


休日には僕が彼女に会いに行ったり、彼女が会いに来たりしていた。


ほんの些細なことだったと思う。

憂鬱な冬空と寒さと、仕事の鬱憤。

すぐに会えないお互いの現状。


喧嘩した。

騒ぎもせず静かに部屋を出ていく彼女。


追いかけなくては、と気づいたのはそれからどれくらい時間が経ってからだろうか。


急いで部屋を出て車を走らせる。かなり雪が降ってきていて視界が悪い。

いつもの道が渋滞で全く進まない。

ラジオの大雪警報に、またか。また雪に阻まれる。


もう離陸時間が過ぎていた。

それでも空港ロビーに走った。髪にも服にもついた雪を払うのも忘れて。


「あ」という声に振り返ると彼女がいた。伝えたいことが沢山あったのにただただ抱きしめた。


「雪で飛行機が欠航になったの」


雪のせいじゃなくて、雪のおかげで話せる。ありがとう雪。



完結

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


暖かい部屋の中で見る窓の外のしんしんと降る雪。


雪燈籠のあたたかさ。


子供になれる雪だるま作り。


白と黒の世界。


親しい人が払ってくれる雪。


雪見風呂。


雪の寒さに震えている時に優しくしてくれる人達。


普段は上れない屋根に上れる。


小説では雪の悪いことばかり書いたので、雪のいいことも書いてみました。


誰かにとって優しい雪になりますように。


読んでくださったあなたに感謝します。ありがとうございます。

そして心地よい日々を過ごされますように。またいつか。






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雪。 笹野屋 小太郎 @AotoSorato

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