第25話 【南の主】
夜の樹海の中、樹林には微かな月明かりしか射し込んでないのに、そんなことは関係なく曲線を描くように高く飛んでは木の枝に着地して枝をしならせてはまた高く飛ぶヘラジカがいた。
(あぁ、早くあの太陽のような温かい魔力を使った方に会ってみたい、どんなお方なのでしょう。
魔力の感じからして、慈悲を頂けるとは思うのだけど)
南の主は心を躍らせ歩みを進めていたが、緋色の鳥の縄張りに来たところで歩みを止めた。
(これは、ドリアード達も逃げるわけね)
進先から不気味な威圧感を感じ、南の主の顔が歪む、
(誰かに見られているような・・・不気味ね、一応〖バリア〗を貼っておきましょうか)
そう思いながら心の中で唱えると半透明の膜が南の主を包み込む。
(威圧感は消えないけどこれで移動中に攻撃されても問題はないわね。
では、いきましょうか)
そしてまた飛ぶ。
しばらく移動していると、空中から不自然に樹海が開けた場所を見つけた。
(あそこに居るのね)
そう思い、向かうと人工物を見て、人工物の前の綺麗に整っている草に着地する。
(〖バリア〗を解除してと、ここは威圧が凄まじ過ぎて相手の場所が分からないわね。
誰が私に威嚇を放っているの・・・?・・・この建物に居るのかしら?)
そう人工物の様子を眺めていると。
バヂーーーーーーーーーーーーーーーーン
と大きく樹林に音が響きわたる。
突然聞こえ南の主は驚き音の方に顔を向けるが、更に威圧が強くなり、南の主の顔が歪み体が震えた。
目を向けた先には、小さな二体の緑が居た。
1体は昔見たゴブリンのようだが、服を着て顔を横に向けている。
もう一体はゴブリンの肩でお前を殺すという眼をして、今にも飛び掛かってきそうな小さなドラゴン。
(・・・ゴ、ゴブリン)
それを見て私は絶望する。
暴力を剝き出しにしてこちらを威嚇するドラゴンもだが、ゴブリンに対してもだった。
ゴブリンといえばいい印象がなかった。
昔、樹海に居たゴブリンは、雌だと分かればある程度の大きさの魔物に対して交尾をしてくる年中発情期の魔物だった。
あの芯が強く優しく温かい魔力を持っていそうな方が見えない。
あれは何だったのか、逃げ出したかったがもう逃げ場などない、威嚇の重圧でただただ体が震える。
私はゴブリンと目が合い。
すぐに念話を送り服従のポーズを取った。
しゃがれた声が聞こえ、言語で話しているのが解り私はすぐに念話を目の前の二体に送った。
『お初にお目にかかります、
すぐに返答が来なくて、殺されるのかと思っていると。
「この声はあなたが?」
ドラゴンが喋っているのかと思っていたら。
驚いた顔をしながら、しゃがれた声なのによく透る声でゴブリンが鋭い眼光をこちらに向け話してきた。
私はその声を聴きさらに体を震わせ恐怖する。
このお方は力を隠している、ゴブリンじゃないドラゴンが主かと思ったが違う、この方が主人だ。
『はい』
「・・・何をしにいらしたのでしょうか?」
『こちらに攻めて来ている者達がおります、それと私の身を捧げお慈悲をいただきたく参りました』
この方々には嘘は通じない、嘘をついたり害をなそうとすれば一瞬で消されてしまう。
ゴブリンの肩に乗るドラゴンが眼で語りかけてきているのを感じ取り正直に話していく。
話をしながらゴブリンのお方はアルク様と、その肩に乗っていらっしゃるドラゴンはチャチャ様と自己紹介があり、話していくうちにあの魔力を持った方はアルク様というのが解ってきた。
(私の直感は正しかったのね、温厚なお方でよかったわ)
私は自分の直感に歓喜していたが、蔑んだ訳でなく本当に疑問だった、アルク様は相手の感情が読めないのだ、同じ魔獣だと思っていたが違った。
チャチャ様は我慢の限界が来たのか、アルク様をお前如きが馬鹿にしたな?と恐ろしい眼が見開いた瞬間、私の右の角が顔のすぐ傍に落ちていた。
・・・見えなかった、何をされたのかも、それがただただ恐ろしく震える事しかできなかった。
どうあがいても私じゃ何もできない、でもアルク様だけが救いだった。
チャチャ様が私を殺さないのはアルク様の意に背いているからだと分かったからだ。
だからといって調子に乗る気はさらさらないが。
その後は不思議な事ばかりだった。
角を折られた後にアルク様が取り出した、人が使うポーションと呼ばれる物を私めにかけて、角を元に戻したのだ。
そんな事ができる能力や魔法や人の使う道具なんて今まで見た事がない。
私の治癒能力でも折れた角を付けて治すことはできるが、折れた所から新たに生やす事はできない、それは魂の器の修復術・・・。
この方々は、私達の枠を超えた者だと悟った。
そして絶対たる強者が、弱者のために動いているのだ。
アルク様の子かと思ったが違った。
ゴブリンは繁殖力が強く人族、妖精族、獣人族の者達と交尾をしても必ずゴブリンの子として生まれてくるが。
ゴブリンは子育てをしない、餌をやるだけであとは放置だったはず、そして自分と見た目が違って生れた子を食らう。
だがベラ様とエリク様も人のそれだったが、話していたらここに転移してきて起きたらベラ様とエリク様が居たと説明を受けた。
なるほどアルク様は転移者でこちらのゴブリンとは思わないほうがいいと理解した。
半日ほど質問攻めに合ったおかげか、アルク様を少しは解ってきていた。
アルク様は言わないが、きっと前の世界ではゴブリンは人だったのだろう。
だから言葉を話せ、私達のように五感が鋭くないのだろうと気づいた。
アルク様は本当に温厚で寛大なお方だ。
枯れた植物をも気にかけていらっしゃったり。
私の知る人参は白色なのだが、アルク様が出されるのはオレンジ色の艶やかな美味しい人参を私に出してくれる。
ドリアードちゃん達に対しても無理に連れてこさせようともしない。
そして〖従魔契約〗というアルク様が使われる魔法。
その説明を受けた私は、何故?私に使わないのかと疑問を抱いた。
私に使えば簡単に従わせ、情報を聞き出せるのにそれをしなかった。
発動条件があるのかそれとも・・・いえ、アルク様もチャチャ様も、心音が変わらず感情が読みずらいが、動作である程度理解できた。
きっとこの方は友好関係を築きたいと言っていたのは本心からなのだろう。
一番驚いたのは西の主が人になっていた事だった。
フィーフカが『変わる』といっていた意味が分かった。
変わりすぎでしょ!?とアルク様がいうには名を付けたらこうなったって、なるわけないでしょ!?そんな事を思いながら。
眠り続けるヴィアスを見つめるアルク様は悔いているようだった。
その横顔を見て、あぁその顔を私にも向けてほしいと、今まで独りだったからだろうか、それとも絶対たる力に護られる安心感だろうか、私自身この方に惹かれている。
アルク様がチャチャ様を微笑みながら撫でる手の温もりを
アルク様がベラ様やエリク様を子守りしている時に感じた温かさを
アルク様がヴィアスを見つめる温かさを
私も、〖ほしい〗と願ってしまう。
アルク様のような温厚なお方がどう東の主を殺さず退けるのか気になった。
夜になり私は家の前でアルク様を待っていると。
アルク様が、茶色のローブを羽織り武器を腰にぶら下げた格好で玄関から出てきた。
アルク様は私を信頼してくれているようで、チャチャ様を家に置き私に索敵を任せてくれている。
それが途轍もなく嬉しく顔がだらけてしまうが、失敗は許されないので気を引き締めていると。
アルク様は、来る方向の樹林にいきましょうと言い歩き出した。
しばらく歩き、アルク様は歩みを止めこちらを向いた。
「南の主さん、あなたが望む物はなんですか?」
私はアルク様の黄色の瞳を見つめる、チャチャ様も居ないのに何故質問したのかは、腹を割った会話をしたかったのでしょうね。
『はい・・・私は、私の縄張りの平穏を望みます、ですが、アルク様は樹海を無暗に切り拓いたりはなさらないでしょう』
「そうですね、する気はないのですが、少しだけ切り拓けたらいいなと思うところがあります、もちろん、むやみやたらに自然を壊すつもりもありません」
『それを聞ければ十分でございます』
「改めて隣人としてこれからよろしくお願いします。
では、これから戦闘になるか分かりませんが準備をします、少し離れていてください」
『私こそどうかよろしくお願いします』
アルク様は、頭を私めに下げると、私もそれに続き頭を下げる。
アルク様が望むように対等で居てほしいのだろう、ここで無暗に声をかけても気を遣わせると思い私は何も言わず、距離を取った。
アルク様は私が距離を取ったのを見て耳についているアクセサリーを外した。
瞬間、チャチャ様以上の威圧が放たれ私はただ膝を震わせ座り込む。
(な、なんて・・・凄まじい魔力量・・・これを1個体が溜め込む事ができるなんて、私の範疇を超えていらっしゃいます・・・これ程の力を、そんな小さな物で隠せるものなの?)
私は体を震わせそんな事を思っていると。
「すみません、この状態で狼達が来るか分かりますか?」
『も、問題ありません、この命に代えても成し遂げて見せます!』
アルク様はこちらに顔を向け苦笑いをしながら伝えてきた。
「そこまではしなくて大丈夫ですよ」
『いえ、そういう訳には』
そう私が念話を送るとアルク様は諦めたのでしょう、苦笑しながら狼の来る方向を眺めていた。
しばらくすると気配を感じ取りそれを、アルク様に伝えた。
『来ました、アルク様の威圧で止まっているようです』
アルク様もそれを聞き眼の鋭さが増す。
「では耳栓を着けますので少し失礼します」
そういいアルク様は私の耳の中に布の塊を詰めていき、詰め終わったのだろう、手で少し離れていてと合図を送ってきた。
アルク様も距離を取り私も少し離れバリアを自身に張り狼が攻めてくるかを待つ。
私は狼の主がここに来ないことを祈った、この力を感じて進む者が居たらそれは愚かにもほどがある。
だが狼の主はここの樹海で生まれて間もない若僧だから来るだろうとも思っていた、数に慢心しているだろう。
アルク様もどうやって退けるのかは教えてはくださらなかった、きっと恐ろしい魔法に違いない。
そう思っているとやはり、動き出してしまった。
『近づいてきてます』
そうアルク様に伝えた瞬間、アルク様一言何か呟くと、持っていた杖を地面に刺し、両手を筒のようにして口にもっていきアルク様が大きく息を吸い込み体を反らせていく。
私は目を見開く、アルク様の胸と腹が物凄く膨れ上がっているのだ、それを見た瞬間理解した。
【死ぬ】
そう思い私は、慌てて植物魔法で、植物の能力を発動させた。
地面からは太い木の根が何十本も生え私を貝の様に閉じ込めていく。
閉じこもった瞬間
最初は小さく音が聞こえるが
〖アオオオオオオオオオオオオ〖こぉおぉおおおおおおおおレエエエエエエエヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''〗
途中から声じゃない轟音が地面を伝って鳴り響き私の場所を揺らした。
理解ができない現象が起き、こんなものを一個体ができるなんて信じられなかった。
アルク様は異世界から転移して来た一般人といったが嘘ではないのか、こんなことができるのは私が知る生物達にはできない。
轟音が鳴り響き、地面が揺れる中ただただ早く終わってほしいそんな願いだった。
しばらくし、音が止んだ、私は生きているのでしょうか、確認をするために張っていた根を戻していき周りを見て震え上がった。
月明かりに晒されたアルク様の周りは。
凍ってしまっていた。
アルク様の向く方向は、月明かりに照らされ扇状に青白く光り輝いていた。
轟音が鳴る前に感じ取っていた狼の気配がない、死んでしまったのでしょう、この光景を見れば納得してしまう。
私は寒さと恐怖に体が震え、その足でこれを起こした本人の元までトボトボと歩いていく。
今何を思っているのでしょうか、私の中の温厚で寛大なアルク様が崩れていく。
隣まで行き、彼の横顔を覗く。
彼は、目を見開き震えていた。
私はその顔を見て、私と変わらない、私と同じく強大な力を見て受け入れられないのだろう。
今にも崩れてしまいそうな脆さをアルク様を見て感じとり本心からお傍で支えたいと想えた。
『アルク様、大丈夫でしょうか』
「・・・狼達は生きていますか?」
『残念ながら・・・狼の主だけは生き残った様ですが・・・時間の問題かと・・・。』
「そうですか・・・急がなければなりませんね・・・・・・自分は・・・なんでこの体で、この世界に来たんだ・・・」
「なんのために」
そう呟くとアルク様は歩きだした。
私はそれを聴きとると、かける言葉が見つからず、小さな背中をただ見守ることしかできなかった。
歩きながらも、アルク様は何故引き返さなかったと呟き、肩を震わせて手を握りしめていた。
私はその姿を見て、その手を包んで安心してあげたいと思うが私の体が憎い、初めて人になりたいと考えが巡るが、すぐにやめ、アルク様に寄り添い歩いた。
アルク様と私は、東の主を見つけたが東の主が途中から邪悪な感情を抱いてしまい、庭に入るとズンナマ様に食べられてしまった。
私はその時見て気づく、今までの威圧感はあのお方が放っていたのかと。
そしてチャチャ様を見ると、アンタもああならないようにね、と呆れた顔を向けてきた。
そんな事する訳がない。
私はアルク様にそんなちっぽけな感情を抱きません。
この騒動が終われば
私にも名を頂きたい
貴方がその力を使わないで済むように
いつまでも貴方様のお傍に。
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