第26話 目覚め

月光に照らされている庭に3体。

1体は茶色のローブを羽織り、背には体格と合わないまん丸く膨れ上がった黄色のリュックを背負っているゴブリン。

他2体は立派な角を持ち黄緑色の毛並みを持った神々しいヘラジカと緑色の鱗を持つ小さなドラゴンだ。



全員庭にある池を見ていた。

アルクは先ほどまで感じていた、ひんやりとした感触を確かめるかのように手をわきわきと動かしている。



「ズ、ズンナマさん・・・お腹でも空いていたのかな?先ほどの狼の主さん生きていたんですよね?」



『はい・・・間違いありません・・・ヴィアスと私は正しい判断をしたと言ってもいいかもしれません』



「え?どういうことです?」



『いえ・・・お構いなく』



アルクは首を傾げる。

樹海で見たショッキングな光景のせいなのかと思い、南の主を見ると池ではなく夜空を見ていて、さすがに声を掛けられる雰囲気ではなかった。



自分が使用した声魔法『Freezing Roar凍てつく咆哮』を変えて『凍れや』があそこまで威力があり範囲があるなんて思わなかった。


512匹の魔物の数だけに全力で声魔法を発動させたが、ゲームの世界だと大範囲で小ダメージの凍らせる魔法だった。

なのでアルクは命を奪うとは思っていなかった、ただ凍らせて主さえ押さえてしまえば群れは機能を失うと思っていた。



今さっき狼の主がいたところで見た光景を思い出しアルクは狼達があそこで止まってくれればよかったのにと何度も後悔した。

だが、もし判断を誤りあの数がここに来ていたらと思うと今でもゾっとする。

アルクは自分の手に目をやるとまだ震えていた。

殺してしまった数と自分の力に対しての恐怖が受け止められない。



それでも罪悪感から狼の主も生きているのなら助け、もうここに来るなと言って、解き放とうとしていたが。

ズンナマさんに食べられてしまった。



(覚悟はしてたのに、全然ダメだな)



改めて食うか食われるかの世界に居るのだと実感をした4日目、なかなかに濃い数日間だった。



「これからだな511体を回収しないとズンナマさんには申し訳ないけど数か月、狼になるかな」



一年かもと現実逃避のために馬鹿みたいな発言や考えをしながら、家に帰っていく。



そして、これから待っている平穏を願うかのように震える手を見て握りしめた。




_______




あれからアルクは家事やベラとエリクをあやしながら、狼をマジックボックスに回収していき、500匹の狼の死体を時間が掛り1日と半日かけ、アイテムボックスに入れ終えた。


頭に太陽が上っている時間に、いつものラフな格好でアルクは1体、狼達がいたところに来ていた。

そして目の前にある岩の上に石を積む。



「自分ができる供養は石を積んだ墓しかできないな」



そう言い石を積み終えるとドラゴンの肉を一切れ載せた皿を墓の前に置き黙祷をする。



自分が奪った命に敬意と感謝を込めて。



こうしないと自分が自分じゃなくなる気がしたから、ただの自己満足だ。



そして残った体は無駄なく有効活用すると。



アルクは一度目を開け目の前の景色を見つめる。

魔法で凍らせた草木は元の状態に戻ってきていた、本当にすごい生命力だと感心する。

ドリアードには、より嫌われてしまったらしく、さすがに苦笑しかできなかった、どうしろと。


誤解を解くためにも南の主に頼み込み、ドリアード達と東の主の縄張りに居るほかのグレートウルフと話がしたいため南の主さんに無理いってお願いして、ここに数匹連れてきてもらうことにしている。



もう殺してしまった狼の事は吹っ切れた・・・のは嘘だが、引きずる事はできない、自分も護るべき者達が居る。

そして、自分の存在の価値だけは受け止められなかった。

恐ろしいのだ、この力が、この世界にどのように影響を与えるのかが。


人族やドリアード以外の魔族がここの樹海に入ってこないように、撃退しているのは南の主から聞きいた。


自分と同等の者がこの世界に居たならばもうここの樹海はとっくに人の手に落ちているだろう、それでも、今までこの樹海を護って来たドリアードや魔獣達は強すぎないか?

今後、脅威を払うためにこの力を使い続ければ、大きな争いを生みかねない、それを避けなければならない。

自分は戦闘向けの声魔法しか使えない生物兵器だ、治癒能力がないそんな存在をもし世界が脅威だと判断したら。



自分だけならまだいい、だが周りに迷惑をかけるのだけは嫌だ。



今後は力を使わず切り抜ける事を考え行動していかないと。



「西の主が居なくなってしまったから、樹海の外部に対しての強化が必要か」



アルクはそう呟くと、立ち上がりズボンに付いた土を掃うと、帰路につくことにした。



_________



家に着きドアを開けると、チャチャが自分の胸にダイブしてきたので、胸に抱くと顔を舐めヴィアスの方を向いていた。



「ヴィアスが起きるの?」



「ン、グァ」



チャチャに問いかけてすぐに声が聞こえた、アルクはすぐにヴィアスの近くにより、頭に登ってきたチャチャと一緒に眺める。



「ン・・・ンゥーー・・・?」



と低い男性の声を出すとヴォアスは、ゆっくりと瞼を開け、目をキョロキョロ動かすと次は顔を動かし始め、すぐ傍に居た自分達と目が合い硬直した。

しばらくして体を起こそうとするが、体がまだ馴染んでないのだろう床に倒れこんだ。



「あ、無理はだめだよ、落ち着いて自分が誰だか分かるかい?」



アルクは瞳の色は黒なのかとそんなどうでもいいことを考えながら、ジタバタするヴィアスの体を持ち上げ寝かしつけ、暴れないよう腕を掴み落ち着くまで待った。



「ア”ァ”・・・スーーーーーーガハッ、、ゴホゴホ・・・グゥゴア”・・・ダゼ・・・ジガイル・・・ヴォレバァ・・・バゼ・・・イギィデイル?」



熊の体から人の体に変わったせいなんだろう、戸惑い息遣いがままならず藻掻き、目がキョロキョロと今の状況を把握しようと動き回っていた。

そんなヴィアスをアルクはしばらく見守り続け。



「まず、水を持ってくるから暴れず待っていて」



アルクは、落ち着いてくれたかな?と思い、手を離しヴィアスを見つめながら言うと、すぐに台所へ向かいマジックバッグから水が入ったフラスコを取り出し、ヴィアスのところへ戻った。

さすがに飲めなさそうなのでヴィアスの口にフラスコの縁を当てゆっくりと傾け飲ませてあげる。



「ゴクッゴクッゴクッ・・・プハッ・・・ア”ア”ア”・・・バンダ・・・ゴベバ・・・アアア・・・ナンダ、コレハ?・・・」



ヴィアスは自身が言葉を発している事に気が付き発声練習をし始めた。



「アぁ・・・こコは?・・・なぜ、死が居ルンだ?オれぁ、死んだハズ」



しばらくすると体が馴染んできたのだろう、先ほどとは違い聞き取れるまでに喋れるようになったヴィアスが顔がこちらを向き問いかけてきた。

アルクは、ヴィアスの両手に手を優しく添えると、それに答えた。



「君は死んでないよ、意識を戻る前の事は覚えているかな?」



「おれぁ・・・そうだ・・・ヴィ、アス・・・、死から名をもらった・・・ヴィアスだ」



アルクはそれを聞き、死?と思いつつも対応していく。



「そう、君の名前はヴィアス、自分の名前はアルクだよ」



「ア、アルク・・・・・・アルク、おれぁ殺されなかったのかじゃぁこの体は一体?」



ヴィアスは状況を把握できたようで強張った体から力を抜きソファーに体を沈める。



「正直に言います、あの時私は実験がしたくヴィアスに名を与えました、その結果その体にしてしまい申し訳ございません」



ヴィアスが人になったからもあるだろうが、前の熊の姿なら罪悪感を抱かず謝罪をしなかっただろう。

そしてアルクはちっぽけな社会人だ、先ほどの口調ではさすがに謝れないから口調を改め、手を添えたまま頭を下げて謝罪をした。

チャチャが空気を読まないで頭を前足で叩いてくるが気にしない。



「い、いや、おれぁは気にしてねえから!頭をさげないでくれ!」



「謝罪を受け入れてくださり、ありがとうございます。

そうしてしまった以上、前のほうがよかったと思わせないよう自分も努めます」



「いや、おれぁ本当に気にしてねえ、というか前の体になれるような気がすんだ」



「え!?今はなれるような気がしてもならないでくださいね!?」



アルクは慌てる、前のようなドデカいクマになられたら家が壊れる。



「ああ、今は体の調子がわりいから、無理だな」



「・・・調子がよくてもならないでくださいね、でもまぁ、落ち着いたようですし、まだ飲み物とか要ります?」



先ほどから言語が使えてるのに不思議だったが、ヴィアスもエント語を覚えているのか?

謝罪を受け入れてもらえたみたいだから後で聞いて確認してみよう。



「すまねえが頼む」



とヴィアスが言った瞬間。



ベチン!



と音が鳴り、ヴィアスの頬が赤くなっていた。

またか、とアルクは添えた手を離し、頭に乗っているチャチャを胸に抱き体を撫でる。



「チャチャ・・・ヴィアス、ごめん、ほらチャチャも謝ろっか、そんなことで手をだしてはいけないよ、隣人なんだから仲良く、ね?」



とアルクは言い胸に抱いているチャチャの顔を覗くが、顔はそっぽを向き無反応だった。

チャチャに叩かれ呆気にとられた顔だったヴィアスは意識をもどし。



「旦那すまねえ、おれぁは気にしねえでくれ、丁寧な話し方が分かんねえんだ」



旦那?まぁいいかと思い、ヴィアスに罪悪感を感じるが、チャチャの性格を考えなければ今後もこれが続いてしまうなと、今後の心配もしながら。



「いいんだよ、そのままで無理に気を使われても困るから、気にしないで」



アルクはそう言い、ヴィアスはまだ飲めなさそうなので、口にフラスコの縁を当てゆっくりと飲ませてあげる。



「ップハ、うめえ!旦那あんがとよ!そういや旦那、ヴィアスって名は何か意味があんのか?」



「いやないよ、ただ力強くカッコイイ名前を付けたかったから、嫌だった?」



「嫌じゃねえよ・・・そうか・・・力強く、かっけえ名前か・・・ヴィアス・・・おれぁヴィアス!嬉しいねえ、あんがとよ旦那、ヴィアスって名が力強くかっけえという意味になるように第二の人生を歩むぜ!」



勝手に盛り上がってるヴィアスを温かく見守るアルク。



(第二の人生か・・・そういえばこの体の寿命はどうなんだろうか、今まで気づかなかった、明日かもしれないし一年・・・ベラとエリクをどうすればいいんだ・・・できれば数十年は生きたい)



今後の心配がまた増え、頭を悩ませるがチャチャの自己紹介もしていないと気付き解らないことは後回しにし、自己紹介を済ませることにした。



「そういえば、自己紹介がまだだったね、こちらが仲間のチャチャだよ」



アルクは胸に抱いているチャチャをヴィアスに見せる。



「姐さんこれから頼む」



チャチャはそれを聞き鼻を鳴らすだけだった。



・・・ねえさん?

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