第23話 夜の準備
アルクはチャチャを頭に乗せ、ヴィアスとの従魔契約をした時に枯れてしまった芝生のところまで、南の主を連れてきていた。
「これが、治るか分かりますか?」
南の主はアルクの指を指した場所をマジマジと見つめている。
『これは・・・、魔素を吸い取りすぎたのが原因かと思われます。
まだ植物は死んでいませんので数日経てば元気になるかと、いったいここで何をされたのでしょうか?』
「それは、一度、ここに大きな熊が来たんです。
その時に自分の能力を使うとこうなりまして、でも良かったです。
見ていただきありがとうございました、すごい能力ですね」
そうアルクが言うが南の主は目を見開き念話を送ってきた。
『それは、赤黒い毛並みをした熊ではありませんか?』
「は、はい、そうです、仲間の方でしたか?」
アルクは、南の主の顔を見て取り返しのつかないことをやってしまったのかと、内心ヒヤヒヤしながら聞てみる。
『いえ、そういう訳ではありませんが、西の主と言われていた存在です』
「えぇヴィアスって西の主だったんですか!?」
アルクは驚きすぎてヴィアスの名を出してしまうが。
そんなことよりも、最初に出会った時にここの主か?と質問して首を横に振ったのは縄張り違いだったのかと、思い出していた。
『ヴィアス?あの子は何処にいらっしゃるのでしょうか?』
「子?・・・付いてきてください」
アルクはまたドキドキしながら、南の主に人に変えてしまったヴィアスを家の外から窓越しに見てもらう。
南の主はヴィアスを見つけ、すぐに見開いた目をこちらに向ける。
『これはどういうことでしょう・・・人に・・・熊の子がなっていますが、力も増して、一いったい何をされたのでしょうか?』
南の主の念話が困惑している、それを聞きアルクも正直に話すことにした。
「自分の使える能力に従魔契約という魔法がありまして名前を与えて、従魔にしたらこのような姿に変わってしまいました」
『名?』
「そうです、魔法で試したい事があったので、名を付けてもいいか了承を得て、ヴィアスと名付けると人になりました」
『その従魔契約とは他者に名を与え人の形にして従わせる魔法ですか?』
「正確には魔獣にですが、人の形になる事は前の世界ではなかったのですが、こちらの世界の魔獣に従魔契約すると、このような結果になりました。
もちろん従わせるつもりはありませんが、殺さずにあの場を収めるにはこの従魔契約しかなかったので使いました」
『そんな魔法は聞いたことがありません・・・アルク様は寛大なお方なのですね』
アルクは、すぐに否定しようと南の主を見て言葉が詰まった。
南の主は自分の顔をジっと見つめていた。
「・・・いえ、それはありません。
・・・その言葉とは程遠い者ですよ・・・弱い臆病者です」
そう言うと肩に乗っているチャチャを胸に抱き体を撫で、チャチャを見つめる。
「そんなことよりも、そういえば病気って知ってますか?」
『病気・・・私は病気になった事はありませんが、ドリアード達からは草木が病気だとよく耳にしました』
さすがにそんな聖獣らしく神々しい体を持っていたら病気なんて無縁そうだもんなぁ。
「それを治すすべを持っていますか?」
『私は病気に対して治すすべを持ちませんが、ドリアード達なら持っていると思われます』
「おぉ!」
最初は喜ぶが、すぐに疑問が浮かぶ。
あれ?南の主さんとドリアードさんて同じ加護持っていそうだけど。
「南の主さんの能力を蔑む訳ではないのですが、ドリアードさんと同じ加護をもっていそうですよね?やはり、加護を持っていても向き不向きがあるのですか?」
『ございます、それと気になさらないでくだい』
「やはりあるのですね、永い間ありがとうございました。
それと、すみませんせっかく食事を出しておいて質問攻めにしてしまって
新しい物を用意しますので、お待ちください」
『いえ、このニンジンはとても美味しいですので、このままでも構いません』
「そうですか?一応別の物もお持ちしますよ?」
『それでは・・・お言葉に甘えさせていただきます』
「お口に合ったようで安心しました。
では、そろそろ狼達を迎え撃つ準備を始めますね」
『分かりました、また何かあればお申し付けください』
「はい、ありがとうございます、あ、そうでした。
狼達が来た時にここの家にバリアを貼って守ってもらうことはできますか?」
『任せてください』
「ありがとうございます!では、その時はお願いします」
そうしてアルクは傾いている太陽を確認し、夜の準備に取り掛かるが、そこまでやることはなかった。
正直なところ神々しい姿の南の主と永い間情報を聞き出して、気疲れしていたので心を休めたかった。
アルクはあまり人とも関りを持ったことがないが、特に聖獣みたいなモノとは一度もないため心の疲労がハンパない。
現実世界ではほとんど上面の関係ばかりだ、心を開いていたのはゲームの中だけだった。
一先ず心を休めたいアルクはベラとエリクの子守りをしながら、狼戦の作戦を練った。
相手は512匹の狼、数が問題だ。
全部殺すとなると、死体の処理が難しく後に来るのは【疫病】だ。
自分達が、向かっていくとして、
樹海だと死体を燃やすところがないから殺すのは却下だね。
アイテムボックスも持ち運べない、
アイテムバッグにも容量に上限があるから往復してたら何日かかるかベラとエリクの事もあるから無理か。
南の主さんを送って交渉も聞く耳持たないって言ってたから無理、送ってもそのまま死に向かわせるものだから気が引ける。
なにより、南の主さんの持っている知識は今の自分に必要な物だ絶対に死なせたくない。
アルクは何度も考えていたが、ベラとエリクの事とズンナマさんが居るから家の近くで護ろうと、結論付けた。
『チャチャ、ヴィアスがいつ起きるか分からないからヴィアスのとこで待機していて』
『・・・クック』
胸に抱いていたチャチャを撫でながら伝えるが、渋々鳴いてくれた。
南の主さんもバリアを張ってもらわないとなぁ、ゲームの世界でも
そして近接戦闘も避けるべきだ、512の数なだけに。
アニメなどで、1対1で興奮状態の獣と戦う時、首を切ったら相手が倒れるとかはない、そのまま突っ込んでくる。
動物はすべて心臓を止めようが、頭を飛ばそうが動ける。
間違いなく【死】の状態だが関係ない。
自分は専門家ではないから分からないが、本能で動いてくるのだろう。
それが一番厄介だ、特に戦いにおいて『コイツを絶対に殺す』という強い感情を持ったモノは恐ろしく、命を捨て、身だけでこちらを殺すために動いてくるからだ。
アルクは田舎育ちだったから『動物の前と後ろに立つな』とよく親や親戚や学校の先生から動物に対していろいろ言われたものだ。
(懐かしいな・・・みんなもう自分も39歳だよ立派とはいえないけどね)
そんな獣達が512体こちらに向かってくる。
恐怖でしかない。
アルクはそんな事を思い出しながら、頼れるのは今のところ魔法しかないと結論を出した。
「やっぱ、今頼れるのは自分の声魔法だけか」
バチンッ!
そう独り呟くと、チャチャから舌で叩かれる。
最近、舌がよく出るよね、と思いつつアルクは変わってしまったチャチャを見る。
「ごめんごめん、いつもチャチャには頼ってるよ、でもチャチャの能力を頼ると・・・大惨事になっちゃうからね」
「クック!」
問題ないというような意味を込め鳴くチャチャにアルクは苦笑しながら体を撫でる。
「大問題だよ、あ、そういえばあの夜、なんで叩いたの?あんなことしちゃだめでしょ?」
チャチャからの反応はなかったが、
『失礼、聞いてはダメなものなのでしょう』
窓越しから南の主さんが念話を送ってきた。
「分かるんです?」
アルクは、そう言うとチャチャを撫でていた手をポンポンと軽く叩く。
『ええ、アルク様とチャチャ様は読みずらいですが解ります。
時にアルク様は別の世界の方々でした、殺すとなりますとアンデットが生まれてしまいますが、ご存知でしょうか?』
「あー・・・アンデットですか、知りませんでした。
ありがとうございます、それは死体になってどれくらいで生まれますか?」
『そこの魔素量にもよりますが、ここだと早くて太陽が7回出るあたりかと』
長寿なのかな?それとも魔獣だからかな、年月日がないのはエント語にないのかな?まぁいいか、困ることなさそう。
でもアンデットか、この世界で一番厄介なのってスケルトンよりもゾンビ類のモノじゃないか?疫病まき散らしながら徘徊されるなんて冗談じゃない。
「問題はありません、殺すまではしませんよ撃退できれば十分です」
『・・・そうですか』
「この樹海では死体などはどうされてるんですか?」
『虫などが死体を食べて土に分解してくださっております。それでも間に合わない場合はドリアード達が処分してくれております』
「ドリアード様が・・・もしも殺してしまって死体がでても・・・手伝ってくれなさそうですね」
『はい・・・恐れられておりますゆえ・・・』
(はぁ・・・どうかしないとなぁ・・・そして絶対に護らないとな)
アルクは南の主の念話を聞き、一度チャチャを見てベラとエリクとヴィアスと順番に見ると顔を窓に向けた、もう日が半分まで落ちてきていた。
それを見て夜までに家事などを済ませるため、動き出した。
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