第9話
マリアの笑顔がよぎるたび、苦い想いにとらわれた。
まるで私が永遠にここにい続けると信じきっているかのような無邪気な瞳。
どうすれば彼女を傷つけずにここから立ち去れるのか、私にはさっぱりわからなかった。
いっそカルメンに相談してみようかとも思ったが、姉妹の間に溝を作るような厄介事を持ちかけるわけにいかない。
途方に暮れ、その時も私はまた裏庭に立ち、ピレネーの彼方へ沈みかける夕陽を眺めていた。
「ねえ、アキラ。こないだ言いかけたことなんだけど」
ためらいがちなカルメンの声に、私は振り返った。
「ああ、一緒にパリへ行こうって話?何かを始めようとしてるって」
私の言葉に、カルメンは黙って暮れ行く夏の夕陽を見つめていたが、不意に向き直って首を振った。
「あれは違うの。あの……」
一瞬言葉を呑んで唇を噛んだが、彼女は胸のつかえを一気に吐き出すように続けた。
「正直に言うわ。何故かしら……あなたを愛してしまったみたい。だから、わたしと一緒に来て欲しいの」
背筋に震えが来た。
私は不意に腕の中へ飛び込んできたその美しい女を、夢中で抱きしめていた。
求められるままに、唇を重ねた。
突然、背後で声がした。
悲鳴じみた甲高い声。
「アキラのウソつき。大嫌い!」
マリアだった。
手にしていたバラの花束を放り出し、そのままどこかへ行ってしまった。
カルメンは私から離れ、マリアを追って駆け出した。
私は投げ出されたバラの花を一本一本丁寧に拾い集めて持ち帰った。
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