第7話

 翌朝、朝食を終えると私とマイクは予定通り釣りに出かけた。


 アンセルモに案内してもらうつもりだったが、カルメンとマリアが連れて行ってくれるというので、お言葉に甘えることにした。


 森の小道を川べりへ歩きながら、マリアは楽しそうにはしゃいでいた。


 私の腕を取って飛び跳ねたり、蝶を追って駆け回ったりする。


「マリアったら、アキラたちが来てよほど嬉しかったのね。あんなにウキウキしたあの子を見るのは久しぶりだわ」


 カルメンが横で耳打ちした。


 川の水は冷たく透き通っていた。


 さっそく並んで釣り糸を垂れたが、まずはマイクに先を越されてしまった。


 私もすぐ玉虫色に輝く大きなニジマスを二尾釣り上げたが、午前中の成果は良いとはいえなかった。


 日が高くなったので、休憩して昼食をとることにし、カルメンたちが作ってくれたサンドイッチを食べ、川に浸して冷やしておいたワインで乾杯した。


 それから、また午後の部が始まった。


 マイクは上流にもっといい釣り場があると教えられ、マリアに案内されて行ってしまった。


 私は御伽噺に出てくるような深い森の奥に、カルメンと2人きりで取り残される格好になった。


 昨夜のことを思い出して何だか落ち着かなかった。


 内心まだ腹を立てているだろうと思ったからだ。


「きのうはごめんなさい、あんなことを言って」


「ん?」


 よく聞こえなかったので、咄嗟に訊き返してしまった。


「正直、私は父が憎かった。それでわざわざフランスの大学へ進んだんだけど、久しぶりに帰ってみたら、そんな気持ちも薄れていたの。なのに変よね。きのうはどうかしてたんだわ。あなたに八つ当たりして。本当ににゴメンなさい」


「いいんだ。人の気持ちは簡単じゃないし。でも、いずれ時が経てばわかり合えると思うよ」


「ありがとう、アキラ。優しいのね」


 私はその言葉に顔が赤らむのを感じた。


「ねえ、アキラ。私と一緒にパリへ行かない?」


 カルメンは真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。


「本気かい?何で急にそんなことを」


「昨夜思ったの。あなたとならうまくやっていけるかもしれないって。実は私、今あることを始めようと準備を進めてるの。それは……」


 彼女は急に口を噤んだ。


 マリアたちが戻ってきたからだ。


 マイクは一日の釣果に得意満面だったが、私は邸へ戻った後も、カルメンの言葉がずっと引っかかっていた。

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