第6話

 ベッドが上等すぎるせいか、夜が更けてもなかなか寝つかれなかった。


 あきらめて表へ出、牧場の柵にもたれて星空を眺めていた。


 どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。


 丈の高い草原が風に吹かれるたびサラサラ鳴り、あちこちで蛍の光が淡く揺らめいていた。


 私はポケットから煙草を取り出し火を点けた。


 ふと背後に人の気配を感じて振り返ると、白いガウンを羽織ったカルメンが立っている。


 彼女は空を見上げたまま、小さな声で、


「星が綺麗ね」と、呟いた。


 一瞬喉が詰まる感じで、私は身じろぎもせずに立ち尽くした。


「眠れないの?」


「うん。何だか静かすぎてね」


「本当に静かね。パリのような賑やかな街で過ごしてると、帰ってくるたびいつも静か過ぎる気がして落ち着かないの。田舎なのよ、ここは」


「パリ……花の都か。素敵な街なんだろうね」


 ちょっと微笑み、肯くでもなく、カルメンは話題を変えた。


「スペイン語、上手なのね。どこで習ったの?」


「大学で専攻してたんだ。こっちへ来てずい分鍛えられたよ」


「よその国の人に自分の国を理解してもらえるのは、嬉しいことだわ」


 口元に白い歯がこぼれ、息が止まるほど美しかった。


「キミはそうして笑っている方がずっと素敵に見えるよ」


 意識するでもなく、そんな言葉がこぼれ出てしまい、ハッとした時には遅かった。


 カルメンは顔を赤らめて俯いてしまい、急に気まずい空気が漂った。


 私はいよいよ胸を塞がれる感じがして、とにかく何か話題を探さねばと焦った。


「それにしても、お父さんは凄い人だね」


 苦し紛れに口を突いたその一言に、カルメンの顔色が変わった。


 それまでとはうって変わった厳しい顔つきで私を見つめ、挑みかかるような口調で言い放った。


「あなたにはわからないのよ。闘牛士の家族が……母がどれだけ心を痛めていたか」


「だって、お父さんは国の英雄だったんじゃないか」


「そうよ。みんなから英雄、英雄ってチヤホヤされて有頂天になって。あの時だってそう。母が泣いて頼むのに、まるで耳を貸さなかった。女一人守れない男なんて、英雄でも何でもないわ。こんな気持ち、あなたにわかりっこない」


 吐き捨てると、別人のようなつんけんした態度でその場から立ち去った。


 何が起きたかわからなかった。


 私は呆然と暗闇に吸い込まれて行くカルメンの白い後姿を見送った。


 それから、煙草を木の柵に強く押しつけ、消した。


 火の粉がパッと散って、辺りはまた暗くなった。


 遠くで鳴いている梟の声が、一段と大きくなったような気がした。

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