第4話

 ひと通り牛舎を見て回った後、牧場主カルロスの屋敷へ案内された。


 元闘牛士のカルロスは我々を快く迎え、宿代わりに空き部屋を2つ提供してくれた。


 彼の書斎には、若い頃に闘牛で得たらしい数え切れないほどのトロフィーや写真が飾られている。


 けれど、我々を最も驚かせたのは、二人の美しい姉妹、カルメンとマリアだった。


 姉のカルメンは私と同い歳で、フランスへ留学中。


 夏期休暇を利用して帰省しているそうだ。


 妹のマリアは日本で言えばまだ中学生ぐらいの多感な年頃、子供らしさの残るあどけない顔立ちをしていた。


 釣りはまた後日ということにして、夕食までのわずかな時間にあてがわれた一室で安物のペーパーバックをめくっていると、マイクがやってきた。


「おい、あの姉妹を見たろ。あのオヤジの娘とは思えないぜ」


「そうかい」


 本から目を離さず、気のない返事を返すと、彼は軽く私の肩を小突き、


「とぼけるなよ、顔に書いてあるぜ。お前、あのカルメンって娘……」


「馬鹿言え」


「とか言いながら、耳まで赤くなりやがって」


「おかしなことを言うなよ。カルロスに殺されちまう」


 お茶を濁したものの、カルメンは実に美しく、彼女の鳶色の瞳に何かを感じたのも確かだった。


 そのせいとういわけでもないだろうが、夕食は実に和やかで愉快なものになった。


 さすがに物書きらしく、マイクはいろいろな話題を面白おかしく話して聞かせ、何度もみんなを笑わせていた。


「アキラはニッポン人なのよね」


 朗らかな笑い声が一段落し、カルメンが振り返った。


 どうやら、日本という国に興味があるらしい。


 知識も豊富で、日本について語る時、彼女は夢見るような眼差しになった。


「キョート、ナラ、本当に美しい街だわ。文化も素晴らしくて、浮世絵なんか特に有名よね。ヒロシゲ、ホクサイ、シャラク、ウタマロ……」


「キミは日本をよく知ってるようだけど、前に来たことがあるの?」


 不思議に思って訊ねてみると、カルメンは首を振って、


「残念だけど、一度も。でも、いつか行ってみたいと思ってるわ。あの国は大好き。文化的で、礼儀正しくて」


「その時はきっと案内するよ」


「ホント?約束よ」


「ただ、かえってガッカリしちゃうかもしれないな。今のあの国は……」


 言いかけて、私は口を噤んだ。


 あまりに居心地がいいため、饒舌になりすぎている。


 せっかく自分の国を讃えてもらっても、素直に喜べないのがどこか寂しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る