第2話

 部屋へ着いて荷物を整理していると、例のイギリス紳士がおよそイギリス人らしからぬ気さくさで声をかけてきた。


 あまりにもあっけらかんとしているので妙なイギリス人だと思ったが、実はアメリカ人だった。


 おかみさんが勘違いしていたらしい。


 私はそれでようやく得心がいった。


 彼は感じのいいカフェを知っているからと、熱心に誘った。


 とりあえずシャワーを浴びるからと言ってしばらく待ってもらい、さっぱりしてから一緒に出かけた。


 カフェはホテルにほど近い広場にあった。


 テラスに白い大理石張りのテーブルと籐椅子がいくつも並んでいたが、ちょうどポプラの大木が一本枝を伸ばして日陰を作っていたので、その下に席を取った。


 穏やかな陽気の昼下がりで、時折南の方から乾いた風が吹き抜け、広場を横切って行く人影も疎らだった。


 アメリカ人は奥でのんびり新聞を読んでいた給仕の方へ、


「ワインを一本頼む。それとニシンの酢漬けだ」


 へたくそなスペイン語だった。


 話が通じたかわからないが、給仕は新聞を椅子に置き、厨房の方へ入って行ったきりなかなか戻ってこなかった。


 ワインとグラスを持ってやっと来たかと思ったら、


「すんません、お客さん。今はあいにくニシンを切らしちまいまして。つい先日祭りがあったもんで……マグロ料理ならすぐ御用意できますが」


 アメリカ人には通じなかったらしく、私の方へ、


「こいつ、何て言ったんだ?」


 とでも言いたげな顔を向けてきた。


「今ニシンはないそうだ。マグロならすぐ用意できるらしい」


 英語で通訳してやると、アメリカ人は肯いた。


「それでいい。それとソーセージかチーズも頼もう。わかるかい、ソーセージかチーズもだ」


 最後は給仕に向かって言っていた。


 私は、


「それでいいから持ってきてくれ。あと、ソーセージかチーズもだ」


 と、スペイン語で言ってやった。


「かしこまりました」


 給仕が頭を下げて店の奥へ引っ込んでしまうと、アメリカ人は私のグラスにワインを注ぎながら、


「なかなか上手いスペイン語を話すじゃないか。まだ、名前も聞いてなかったっけ」


「シマムラ・アキラ。日本人だ」


 ヒュウッ、と彼は口笛を吹いた。


「ニッポン人だって?そりゃ珍しいや。俺はマイケル・ブランドン。ニューヨークで記者をしている。取材でスペインを回ってるんだ。よろしくな」


 そう言って自分のグラスにもワインをなみなみと注ぎ、私のグラスにカチンと合わせて一気に飲み干した。


「こうして同じ宿で一緒になったのも何かの縁だろう。どうだい、しばらくは一緒に旅して回らないか?何たって、俺はスペイン語がへたくそでね」


 差し当たって目的もない私に、もちろん否はなかった。

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