第7話 自分自身を守る為には
あぁ。。。
なんだか。。。
餌食にされる自分を顧みては、なんとも。。。
相手本人が、如何にも故意に私を服従させ、自由にしたいと言うものが見え見えならば、こんな、私でも解りそうだが。
だが、母親のように、本人が無意識な領域でそれをしてきた場合や、見えにくい、解りにくいとなると、私は簡単に捕まりそうだ。
どちらにしても、捕まらない為には、私が相手を判断しないと駄目なわけである。
では、どう判断すれば良いのか?
「見る目を養え」と言う言葉がピッタリなのだが。
解りやすい事はまず置き、解りにくい事から考えて見よう。
母親をモデルに考えて見る事にしよう。
母親から、私は「愛されている」と感じていた。それは、私達子供の為に、働き、学費を出してくれ、朝からお弁当を作ってくれていた。
毎日毎日、10年以上もだ。
こんな、母親の何処が搾取だと感じるだろうか?こんなにも、大変なのに、それでも私達、子供の為にしてくれていたではないか。
だが、時折母親からは、本音とも言うような話を聞いた事があった。
『それは、母親自身は学歴はなく、結婚相手を自分で選べなかった。だから、私達には選べるようにある程度の学歴をつけたい。』
『母親は、自分の人生で私達を育て、自分自身「やりきった」というものを持ちたい』
この他にもあるが、まず、1つ目の学歴については、母親と同じような考えを持つ親は結構いたのではないか。
「自分が出来なかった分子供には。」
という考え。
当時私は、その母親の考えをきき、母親がかわいそうに思えていた。学校に行けなかった母親をかわいそうに感じ胸が傷んだのだ。
そして、2つ目の
「自分自身、「やりきった」と言うものがほしい。」
この話に、当時(お母さんは、自分の為に私達を育ててくれているってこと?)と私は思った。
(それでも、結果的には、育てて貰えるわけだから、お互いに良いわけなんだ。)とも考え、お互い様なのかなと。
そのように考えたりした。
この母親を自分自身に置き換えてみよう。
もしも、自分自身が母親であったならば。我が子に対してどのような感情を抱くだろうかと。。。
残念ながら、私は子を持った事はなく、全く同じとはいかない。
ただ、他所様のお子様で擬似体験をしたに過ぎない。
しかし、私は確かに他所様のお子様だが、受け持ってきた子に対して我が子ではないが、大事に思えて仕方なかった。自分が今あるものをあげて、落ち着いて過ごし、少しでも寂しさ等が緩和できたらと。
確かに仕事であり、その仕事で収入が貰える。だが、仕事中、子供とか関わり一緒に生活する時間、私の感覚と言えば、ただ子供と向き合う自分。
そこには、損得もない。
その目の前にいるその子供に目が行く。
これが、我が子となったらどうなのだろうか。
先輩保育士達は、口を揃えて言う。
「我が子はちがう」と。
そして、またこうも言っていた。
「我が子を他人様(他の保育園)に見てもらい、自分は、他所様の子を見ている、この矛盾さ。」
当時私は、確かに矛盾さを感じていた。
我が子は違う。では、我が子と他人様の子一緒に見ていたら、母であるその保育士は見る目が変わるのか?
どうやら、「自分で生んでいない子」と「自分が生んだ子」との感覚にはかなりの温度差があるようだ。
何が言いたいかと言うと、
「自分が生んだ我が子」とは特別で、その特別は、自分のもの。みたいな感覚なのかなと。
「自分の大事な私のもの」
この私の考えは飛躍しすぎかもしれないが、「自分の所有する大切な子」となるのかなと。。。
全ては私の想像である。
母親の「無償の愛」は本当の意味であるのだろうか?
生まれてきたばかりで、幼い頃はそうでも、子が成長するに連れて、そのまま、「無償の愛」はずっとあるのだろうか。
私の母親は、祖母に話したことがあるそうだ。
「私は将来、この娘が大きくなったら、自分の老後をみてほしい。」
この時私はまだ、3歳位であったようだ。勿論、祖母から諭されたらしいが。
母親は、実に解りにくい搾取であると今の私からは解る。
彼女の言葉の端々に無意識な「自分の為」が潜んでいるからだ。
これを他人様や、周りの人々に当てはめて考えたいものである。。。
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