第5話

見事な月が天に昇り、しずしずと周囲を照らす。


 保存食料で簡単な食事を終えたハルとエルレイシアは、アルトリウスを交えてのんびりと時を過ごしていた。


 場所はアルトリウスがかつて暮していた執務室兼軍団長私室。


 暖炉もあり40年前の物であるが蝋燭も灯せるので、一夜の宿へと早変わりしのだ。




 当のアルトリウスは自分の私室が寝床になることに頓着せず、金庫代わりの部屋を再封印した後は都市設備の解説や保存物品の調査をハルと共に行って満足げである。


都市には武具や食料の類いも保存されていたが、食料はかつての籠城戦でほとんど使い果たしている上に封印が上手く機能しておらず、40年の再月が全てを土へと返していた。


 武具類はきっちり封印された武器庫にあったせいか、かなり良い状態で保管されており、型式が古い為にもう使われていないとは言え、しっかりした鎧兜、剣と槍、帝国風の短弓に矢、弩にその専用の矢がかなりの数保存されていた。




 また、その他の建材や資材、日常工具や建築工具、機械工具に留まらず農機具の類いも充実して保存されていたことがハルを驚かせる。




『我はこの地を開拓するつもりであったのでなあ……帝国からは色々せしめてやったのである』




 アルトリウスは保管庫を開いて見せるにあたって、ハルへそう得意げに語った。














『さて、落ち着いた事でもあるし、昔語りでも致そうか?』




 月を窓から眺めていたアルトリウスが突然言い出した。




「そうですね、これから一緒に色々とやっていく上で相互の理解は必要だと思います」


「あまり話す事は無いんですが……」


『話したくない部分があるのであれば、話さなければ良いのだ。まあ付き合え』


「はあ……それで良いのでしたら」




 エルレイシアは賛成し、ハルは少し渋ったが、アルトリウスに説得されて応じる。




『よし、では言い出した我から話そうか』




 アルトリウスは嬉しそうに口を開いた。














 ガイウス・アルトリウスは若くして優秀な成績を収めて平民の身でありながら帝国軍将官に取り立てられ、更には初めての赴任先である南部大陸国境において、部族連合軍の襲撃を新造の砦で食い止め、帝国軍南部大侵攻の契機を作り出した。


 帝国が南部大陸に本格進出が可能になったのはこの一戦以降で、アルトリウスは功績により平民の身でありながら故郷の西北辺境アルビオニウス属州の1城主として貴族階級の末席に連なる。




 しかし出世したガイウス・アルトリウスの栄華は長くは続かず、あちこちの閑職をたらい回しにされた挙げ句には、ハルと同じように辺境護民官として、ここクリフォナ南部へと派遣された。


 当時クリフォナ南部地域はオラン人とクリフォナム人の係争地域で、人はほとんど住んでおらず、言わば勢力の空白地帯であった。




 帝国はこの状態に目を付けてアルトリウスを送り込んだのである。


 上手くいけば儲けもの、帝国の版図が広がる。


 失敗すれば、目障りな平民出の優秀な将官を失脚させられるか、最悪彼の地で蛮族によって命を落とす。


 そうなってもそれを口実に戦争を仕掛ける事が出来るのだから、帝国にとって何一つ損は無いはずだった。


 平民の英雄となっていたアルトリウスを無碍に扱う事も出来ず、帝国貴族達が苦慮の末編み出した措置であったが、アルトリウスはこれを奇貨とした。




『平民出で優秀であったが故に腐らされている奴は結構おったのでな。そ奴らを赴任地に誘ったのである』




 アルトリウスが願い出た条件は、属州格上げの暁には州総督を置かず帝国皇帝直轄領として北方守備軍司令部を設け、アルトリウスが率いる平民出身者で固めた第21軍団軍団長がその司令官を兼ねる事。


 また、本来5000人を超える帝国の1個軍団であるが、第21軍団は平民出身者で帝国に不満を持つ者ばかりを集めた結果、834名の臨時軍団となった。




 アルトリウスはこの軍団を率いてハルモニウムが設けられる地に赴任し、わずか10年で北の都と呼ばれるまでに成長させたのである。


 そしてアルトリウスは辺境護民官から北方守備軍司令官に格上げされ、引き続いてハルモニウムを治める事となった。




『ただ帝国人はほとんど入植させておらん。我はあくまで移住者としてこの地の民を募集したのである。ハルモニウムの中心を境に西をオラン人、東をクリフォナム人に分け定着させ、その中継地点として帝国の都市であるハルモニウムを使った。言わば我はオラン人とクリフォナム人の仲介役をやったわけだ』




 ハルが立ち寄ったアルマール村もそうして開発された村の一つ。


 元々は別の地域にいたアルマール人の一派を呼び寄せて定住して貰ったのであるが、帝国風の農法を伝えられ、また商業を習い覚えた事により発展し、ついにはアルマールの族長を輩出できるまでに大きくなった。


 係争地域は中継地と変貌を遂げ、もともと陸路としては東照やシルーハへの抜け道でもあったことから発展は加速し、争いが消えた事で荒蕪地は農地へ、獣道や軍道は街道へと変わる。


 アルトリウスは帝国内に入る時以外は関所や鑑札を設けず、都市では自由に商売や流通が出来た事も大きい。




『正直そこは我が疎かっただけなのだがな、怪我の功名という奴であるな』




 アルトリウスは悪びれずに言う。


 しかしその発展が帝国中枢から睨まれ、阻害が始められることになった。




『……中央官吏共がこの町の税金に注目し始めたのだ』




 アルトリウスが苦々しげに吐き捨てた。


 中央官吏は帝国皇帝直轄領である事を口実に、官吏を送り込んで徴税を始めた。


 関所税、住民税、販売者税、城壁税、地税、酒税等々、ありとあらゆる税金がハルモニウムに襲いかかる。


 それまでは城壁内の住民税と売上税のみで十分貢納に耐えたのであるが、これで一気に貢納額が跳ね上がり、ハルモニウムの徴税額で中央官吏が潤い始めることとなった。


 しかしその中央官吏と対立している貴族や軍人は中央官吏が財政的な力を付ける事を望まなかった。


 それまで課されなかった新たな徴税で、オラン人クリフォナム人双方に不満が溜まっていた事も不利に影響した。


 帝国が支配していたのはハルモニウムとその周辺の僅かな土地であり、オラン人とクリフォナム人の係争地を折半させたと言うのが実情であるが、もともとクリフォナム人の他の部族は帝国に自分達の地が侵攻されたという思いが強く、実情を理解していない。




 そして反乱が起きた。




 反乱はクリフォナム人の中でも勇猛で知られる北のフリード族主導で始まり、アルトリウスが反乱に気が付いた時は既にその影響は新設されたクリフォナ・スペリオール州の州域全体に広まっていた。




『支配していたとはとても言えぬ、我はただ点を押さえていただけなのだが、フリード族長アルフォードには我が諸悪の根源に見えていたのであろうなあ……』




 少し寂しそうに言うアルトリウス。


 アルトリウスは都市の住民、そのほとんどはクリフォナム人とオラン人であったが、これを都市外に逃がし、中央から来た官吏共を使者に立てるという名目で追い出して籠城策を取るが援軍は来なかった。




『今となっては詮無い事だが、もう少し上手く立ち回れていたらとは思う。性には合わぬが、軍閥の領袖か筆頭貴族に賄賂でも贈っておれば滅びる事はなかったであろう』




 そして5ヶ月の籠城戦の後、アルトリウスの英雄譚だけを残してハルモニウムはこの地から消えたのである。














「いろいろあったんですねえ……」




 ハルがアルトリウスの語った内容に深く頷く。




『ほう?少しは前任者に対する敬意が出てきたと見えるな、良きかな良きかな』




 ハルが心の底から敬意を払い始めた事に気付いたアルトリウスが、笑みを浮かべて顎を上げる。




「ええ、何も無い所からここまでの都市を築き上げたんですからね、敬意も払います」


『ふっふっふ、栄えある前任者としてこれ程の褒め言葉があろうか!』




 気を良くしたアルトリウスは腰に両手を当ててご満悦の様子である。


 ハルがその姿に苦笑していると、エルレイシアが微笑みながら口を開いた。




「では次は私ですね」














 エルレイシアはクリフォナムの民が信仰する太陽神の神官である。




「クリフォナムの民は様々な神を持ちますが、何と言っても一番の恵みをもたらす太陽神様が主神としてあがめられているのです」




 ちなみに帝国でも太陽神は主神であるが、クリフォナムの太陽神が慈愛と恵みを象徴する穏やかな性格なのに対し、勝利と支配を象徴する攻撃的な性格を持った神になる。


 太陽神の神官は大地の巡検という修行を10年間行った後に、どこかの村や都市で神官として神殿を持ち、太陽神やその他の神の祭祀を執り行いながら後進の指導をする。


 太陽神神官の数は決して多くは無く、適性審査をくぐり抜けた少年少女が特定の先輩神官の下でしばらく教養や旅に出るにあたっての訓練を受けた後、大地の巡検を始める。




 また、太陽神は女性神格であるため神官には少女が選ばれる事が多い。


 ちなみに神官の結婚は否定されておらず、太陽神官の子供が神官見習いとして修行する事も珍しくは無い。




「私の師はアルスハレア様です。私の叔母にも当たりますが、アルトリウス将軍は御面識がおありになるのですね?」


『おおう、アルスハレアどのには一方ならぬ世話になったのである。ご壮健であられるか?』


「はい、お陰様を持ちまして……アルトリウス将軍の計らいで裏切り者呼ばわりされる事も無く、今はフリードの主邑で暮しております。」




 アルトリウス言の通りエルレイシアの叔母であるアルスハレアは、大地の巡検を終えた後、アルトリウスがハルモニウムに設けた太陽神殿の神官を勤めた。


 クリフォナム人の大反抗の際にはアルトリウスによって都市から出され、他の住民達と同様に敵方であるアルフォード王の下へ送り届けられている。




『それは何より、アルフォードの奴めも約束を守ってくれたようであるな……おお、失礼した、その話はまた別に聞くことにしよう、話を続けてくれ』




エルレイシアの問いに対しアルトリウスは懐かしそうに答えるが、エルレイシアの話が途中であった事を思い出して話を続けるよう促した。 




「はい、私は神官としての適正があった為にその叔母の元で幼少から修行をしておりました。大地の巡検に出たのがちょうど10年前の12歳の時です」




 村々を回りクリフォナム人の住み暮す地に留まらず、北に住むハレミア人や西のオラン人の地、帝国、東照帝国、シルーハ、果ては遊牧騎馬民族のフィン人の住む地にまで足を伸ばして様々なモノを見知った。




「みんなは余り遠出はしないみたいでしたけれども、私は兎に角いろいんなモノが面白かったのです」




 微笑みながら語るエルレイシア。


 ほとんどの神官達は比較的安全なクリフォナム人の住む地域のみで大地の巡検を済ませ、足を伸ばしたとしても同じ宗教を信仰するオラン人の住む地まで。


 それを考えればエルレイシアの旅は壮大なもので、それ程遠方かつ未知の土地へと巡検を広げた者は多くは存在しない。




 その中で目にしたのは様々な不幸や幸福。


 戦災にあった場所、他部族から襲撃を受けて全滅した村、疫病で滅んだ町、富み栄える都市や城塞、貧しいながらも平和だった町が、2回目に訪れた時廃墟なっていたこともあった。




「それでも人々は一生懸命生きています。」




 様々な異国の風習や自然に文化、生活様式、迷信、信仰、儀式、食べ物、そして改めて知るクリフォナムの民が住み暮す大地。




「残念ながらハルの故郷の群島嶼までは行けませんでしたけれどもね」




 それでも10年掛けたとは言え大陸西部のほとんどを回り尽くしている。




「当然、危ない目にも遭いましたよ?」


「……なんでそこで」




 なぜか疑問符付きでハルを見つめるエルレイシアに、ハルは何か言いかけたが途中で諦めた。




『神官殿は心配して貰いたかったようであるな?』




 アルトリウスに囁かれてハルは無言で頷くが、何も声を掛けて貰えなかったエルレイシアは少し寂しそうである。




「むう……いいです。でもとにかく危ない目にも遭いました」




 クリフォナムやオランの土地で太陽神官を襲うような者はいないが、その他の地や帝国や東照、シルーハから来ている奴隷商人、山賊夜盗の類いには通用しない。


 神官に選ばれる子供達は見目麗しい者が多く、途中で掠われ奴隷となってしまう者や夜盗や山賊に襲われて命を落とす者も当然いる。


 エルレイシアも幾度無くそういった者達に襲われはしたが、杖術と神官魔術で切り抜けてきた。 




「幸いにも無事10年の勤めを果たす事が出来ました。それで神殿を設ける場所を探していたのですが……」




 その途中に野営している所を帝国人の山賊に捕まってしまったのである。




「運命だと思いました。十分に生きたとは申せませんが、今まで大過なく過ごせたにも関わらずこのような事で不意を突かれてしまって……情けないと思うと同時に、これも太陽神様の思し召しか、と。でも運命は別にあったようです」




 そしてエルレイシアは熱っぽい目をハルに向けた。




「偶々だったんだと、あれほど説明したのに……」




 余りに熱く見つめられて身を引くようにしてこぼすハル。


 ハルによって荷物共々救い出されたクリフォナムの太陽神官エルレイシアは、この風変わりな辺境護民官と旅路を共にすることを選んだのであった。












『……しかしハルヨシよ、その方結符を受けておるではないか?神官どのの事を受け入れたのだろう』




アルトリウスがハルの腰に結わえ付けられた黄色の細長い布を示して言う。




「ユイフ?」


『……我が語るより神官殿に話して貰った方が良かろうな』




 明らかに知らない様子のハルを残念そうに見つめた後、アルトリウスはエルレイシアへと目を向けた。


 エルレイシアはアルトリウスから話を向けられ、喜び勇んで説明を始める。




「はい、結符は結婚を申し込んだ側から授ける布符のことです。ですから……あっ?何をするのですか!」


「冗談じゃ無い!知らなかったんだからこれは無効ですっ!」




 ハルが自分の結符を外そうとしているのを見て悲しそうにうめき、エルレイシアはハルの手を止めようと駆け寄る。


 ハルは自分を止めようとするエルレイシアの手の柔らかさにどぎまぎしながらも、結符を解こうとするが、結符は太陽神が認め神官が念を施して結いつける物。




 簡単に外れるわけが無い。




 必死に外そうとするものの結符は固く結着されていてほどく事が出来ない。




『止めておくのである。帝国の指輪交換と同じなのであるからな……神が認めなければ外す事は出来ん。それに、その結符を受けた時に御主にも受け入れる気持ちがあったからこそ結符はそこにあるのである』




 アルトリウスの言葉にぴたりと動きを止めるハル。


 その様子を見て嬉しそうに微笑み、ハルの腰の結符を改めて確かめるエルレイシア。


 アルトリウスは腕を組んで人の悪い笑みを浮かべ、ハルを見ている。




「やっぱり全然解けていませんね。ハルは私の事を……」


「う……」




 たちまちハルの顔が赤く染まる。


 全然その気持ちが無かったと言えば嘘になる。


 エルレイシアは見目麗しい女性であることは間違いない。


 年はちょっといっているからうら若いとは言えないにせよ、すらりとした長身に長い金髪がよく映え新緑を思わせる緑色の瞳も美しい。


 胸も大き過ぎず小さ過ぎず、決して治安や法が整備されているとは言い難い地を主に選び、10年も旅を続けていてよく今まで無事に済んだものである。




 旅塵にまみれてはいたもののその輝くような美貌は初対面でもハルを圧倒した。


 解放した際の礼口上もたおやかで丁寧なものであったし、自分の身よりもハルの身を心配し、その後色々旅路で尽くしてくれたことも記憶に新しい。


 最初はほのかな好意を示してくれる美しい道連れが出来たことに内心喜んでいたハル。


 ちょっとだけ、結婚したらこんな嫁さんが良いなとか、新婚みたいだとか、そんな浮ついた気持ちでいたことも事実である。


 もっとも旅をしばらく続けていると、そのあからさまな迫り方に辟易したので少し距離を置くようにしていたが、最初の好印象はそう簡単には消えない。




『ふむ、脈アリと見たぞ神官どの』




 案の定その気持ちをアルトリウスに見透かされた。




「本当ですかハルっ!私嬉しいです!」




 アルトリウスの言葉に密着させていた柔らかい身体をさらにぎゅうっとくっつけてくるエルレイシアを無碍にも出来ず、ハルは久しぶりに感じる人肌の温もりと柔らかさに硬直する。


 すりすりと胸に頬をこすりつけてくるエルレイシアにさらに身を固めるハルを見て、とうとうアルトリウスが笑い出した。




『うわははは、その道についても前任者の教育が必要なようであるな!後で大いに語ろうでは無いか!!』


「か、語る事などありませんっ!!」














 何とか説得の末にエルレイシアを引きはがし、結符を未練がましくいじるハル。


 しばらくは静かに時が過ぎた後、アルトリウスが徐に口を開いた。




『ではそろそろハルヨシの過去でも語って貰うであるか?』


「……正直気は進まないのですが」




 ハルとしてはこのまま眠気に誘われたふりをしてしまいたい所であったが、めざとくアルトリウスが声を掛けてきたことに舌打ちしたい気持ちを抑えて言い渋る。




「私とアルトリウスさんの話を聞いたのですからハルも話さないといけません。ずるいです」


「わ、わかりました」




 身を乗り出して自分の側へ近づこうとするエルレイシアに気圧されるハル。


 好奇心を隠そうともしない1人と1体の視線に晒され、ハルは大きなため息を一つついてからゆっくりと語り始めた。














 ハルが生まれたのは群島嶼地方でも南部にある功張クハリ州。


 今の帝国新領ク州である。


気候は温暖で雪などは滅多に降らず、2回の雨期で特産物である米の収穫も2回可能であるため、平坦地は決して多くは無いが豊かな地である。


 畜産は養鶏や養蜂以外は余り盛んでは無いのは平坦地が少ないことと無縁では無く、急な斜面と温暖な気候を利用した柑橘類等の果樹や、油を採取する為の油樹や黄櫨の栽培が盛んで、採取された油や蝋は群島嶼各地に限らず帝国やシルーハまで海路で運ばれていた。


 人々は勇猛で少々短気のきらいはあるものの、陽気で朗らかな気質である。






 政治体制は大氏と呼ばれる実力者が諸州に君臨し、さらにその大氏に仕える少氏や地士、土豪が割拠する分封制。


 南部の群島嶼は主立った大氏が27あり、群島嶼はこの27氏の連合制で成立っていたのであるが、それぞれ独立性が強く互いに相争うことも多々あった。


 一致して当たるのは外敵に対する防備の際で、27氏の内から選ばれた太君が諸氏の軍を率いるのであるが、事実上それ以外の時は小国家群と言った趣であり、統一された国家という概念は無いため対外的にも群島嶼連合と呼ばれる。




「帝国の侵攻があったのは自分がヤマトの剣士として独り立ちして間もなくでした」




 帝国の群島嶼戦役の始まりは今から8年前で終結したのは今より5年前。


 この時群島嶼は戦国時代に突入しようとしており、27氏の足並みは乱れ、帝国の侵攻に際して太君を選出することすら出来無かったのである。


 その結果猛烈な攻撃を加えてくる帝国に対し、群島嶼は連合として満足な軍を組織することすら出来ずに敗退を重ねた。


 結果、帝国側に位置する北部の諸州は瞬く間に失陥し、南部の8氏のみがかろうじて抵抗を続ける様相となった。


 ク州を支配していたのはハルの本家筋である大氏秋都家。


 臨時の職である太君代として残った8家を束ねて激しく帝国に抗戦し、さすがの帝国も群島嶼南部を攻め倦ねて戦線は膠着した。




「戦場に出たことがありますが……出来ればもうあんな思いはしたくないですね」




 防衛戦であるとは言え圧倒的な大軍で迫る帝国軍に血みどろの戦いを繰り返し、ようやく戦線を支えている有様で、巷で謳われるヤマトの剣士の誇りや勇猛さ、名誉はその場面には存在していなかった。


 ハルも訓練で一廉の剣士として師より認められ、ヤマトの剣士たる資格を得ていたのであったが教えられていた戦いの仕方は全て実戦で吹っ飛んだ。


 祖父、父、叔父ら一族の男は度重なる帝国の攻勢の前に屈し、皆戦死した。


 秋留家の当主となってしまったハルは一族の大半を失ってしまったが、それでも当主として戦場に出続けなければならなかったのである。




「……辛かったですね」




 その時のことを思い出したのか、ハルが酷く疲れた目をした。




『……そうか』


「……」




 アルトリウスとエルレイシアは静かにハルが再び口を開くのを待つ。




 しかしそのような残酷な日々は比較的早く終演することとなる。


 結果を言えば帝国が譲歩し、秋都家ら群島嶼南部8大氏は帝国と講和したのであった。


 表向きは講和であったが実質は降伏。


 8大氏は新たな帝国貴族として叙任されてそれぞれの領地を治めることを認められたが、これで群島嶼は帝国の支配下に入ることとなってしまった。




「悪いことばかりでは無かったと思います。威張り散らしている帝国人はあんまり好きにはなれませんでしたが良い人もいましたし、戦いは終わったし……」




 しかしそれまで支配階級であった地士や土豪は平民とされ、さらに大氏がそれらの者を使役することは禁じられてしまった。


 偏に頑強に抵抗した群島嶼の軍事力を削ぐ為の帝国の施策であったが、お陰でハルは秋都家の衛士として得ていた給金を切られて路頭に迷うこととなる。


 農地は持っていたが戦乱で荒れ果ててしまい未だ昔日の地力を取り戻していない。


 働き手も戦死したり戦乱を嫌って逃走してしまったりと満足におらず、群島嶼の農産物はこの戦乱で大打撃を被った。




「それで給料を得ようと職を探していたら、帝国の下級官吏の登用試験があったんです」




 使用言語は帝国と群島嶼は同じであることから、方言さえ気を付ければハルにも帝国の試験は受けることができる。


 幸いにも不利な前線で圧倒的な帝国相手に奮闘したヤマトの剣士達は帝国からも高い評価を得ており、帝国は補助軍兵士や都市警備官吏として積極的に登用もしていた為、ハルは試験を突破しめでたく帝都の警備官吏として採用された。




「で、しばらくは上手くやっていたのですが……はは、貴族と諍いを起こして左遷されたわけです」




 ハルが辺境護民官に任じられたのは2月前。


 住んでいた官舎を引き払い、それまでに貯めた給金を全額故郷へ送付する手続きをした後、支給された交付金と残った給金、そして生活に必要な身の回りの物を当時の上司の厚意により下げ渡された馬に乗せてはるばる北方辺境へ赴任してきたのだった。












『貴族と表だって諍いとはな……よくも命があったものであるな?左遷で済んでおるのが不思議なくらいである。まあ、それでも帝国から見れば北方への赴任は島流しにも等しい処置ではあるが……』


「無理難題をわざわざ追加命令書でふっかけても来ましたしねえ……これが帝国との遣り取りの最後となるでしょうが」




 アルトリウスの感心したような言葉に、ハルは苦笑しながらハルモニウムの復興を命じた追加命令書を懐から取り出して再度眺める。




『最後となれば良いであるがな……』




 アルトリウスが小さくつぶやくがハルは気付かず説明を続けた。




「本当は赴任しなくても良かったみたいなんですが、先任軍団長の言うとおり命の危険もありましたからこちらへ来たんです。ある意味追加命令書は嫌がらせですよ」








 一通り履歴を披露した2人と1体はしばらく難しいことを抜きに歓談する。


 付近の名産品や周辺で取れる食材になりそうな獣や野草とその料理方法。


 アルトリウスの武勇談にエルレイシアの宗教講義。


 この3人で顔を合わせたのが今日初めてであることが嘘のように、夜更けまで話は途切れることなく続けられた。

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