第4話
最後の兵士が敬礼を残して光の中に消え去る。
全員がハルと目を合わせ暗かった顔に感謝の笑顔を残して消え去った。
「感謝ですか……」
834名分の感謝。
自分が特別な事を為したとは思えない。
ただ自分が出来る事をやっただけ。
でもそれが人の幸せにつながる事ならばこんな良い事は無い。
今回は既に人では無くなってしまった者達だったが、40年ぶりの故郷にどのような思いを抱くだろうか。
「……で、先任は逝かないんですか?」
そしてそのきっかけを作った過去の英雄にハルは目をやった。
『あ?我か?』
兜の脇から器用に指を差し込み、アルトリウスは耳をかきながら不思議そうに言った。
「任務は解除したでしょう?」
『うむ、任務は解除された、つまり我は自由と言う事だ。逝かぬというのも自由の内ではないか?』
「……さっきの思わせぶりな言葉はなんだったんです?」
『あれか?あれは兵士達の言葉を代弁しただけである。彼らは意志を保ち続ける代償として言葉を失ってしまったからな』
ハルの言葉にアルトリウスは悪びれずに答える。
びきっとハルが固まる。
「え?」
『勤めは解除されたとはいえ我には先任者としての責任がある、もちろん、誇りだって、ある』
「だから、なんです?」
『栄えある前任者として貴官の力になってやろう!』
「いいからさっさと逝け!!」
両手を広げてマントを翻し自信満々に宣言するアルトリウス。
その様子に苛立たしさを隠そうともせずハルが言い放つものの、アルトリウスはまるで意に介した様子を見せない。
エルレイシアは完全に観客となって2人の遣り取りを見守っていた。
「助けは要りません」
再度きっぱり断るハルであったが、アルトリウスがどうして断るのか分からないと言った様子で腕を組み、右手を顎に添えた。
『ふむ、戦いの最中にも言ったが、栄えある先任者に対する敬意が無いであるなあ……それでは駄目である。やはり先任の指導が必要と見た!』
「いらないですって」
ずばっと顎に添えていた手を突き出して人差し指でハルを示し、アルトリウスは力強く言うがハルは間髪入れずに拒絶する。
『ま、まあ、そう無碍にするものでは無い、これでも現役時代に此の地を統べておったのだ、我は色々と知っておる故に役立つと思うぞ?』
「……例えばどんな風に役立つんですか?」
余りのすげなさに焦りを感じたアルトリウスは、それまでと少し違った説得するような様子でハルに話しかける。
その言葉にハルは少しばかり考えてみる気になった。
確かに地理不案内である上に何の寄る辺も内身の上である、生活の為に周囲の地理や情勢気候等の知識は必要だ。
死霊とはいえ理性を残して死霊化しているらしいアルトリウスに禍々しさは無く、呪われる心配もなさそうである。
例え何か狙いがあるにしても40年前も過去の出来事では、ハルやエルレイシアに関わるものでは無いだろう。
ハルの僅かな心変わりを察したのかアルトリウスが語り始める。
『うむ、貴官の仕事の役に立つ知識というのであれば、この地にあった農業用地であるとか栽培作物やその栽培方法であるとか、鉱物資源や薬草などの自然資源の分布、それから埋もれてしまった旧街道の場所に残っている都市の遺構の構成、周辺部族や民族の風俗、気性や勢力範囲などといったところか、ざっとであるがこのようなものであるな!』
40年前とはいえこの地を統治して成功を収めていたアルトリウスの知識や経験は、この地を復興させるのであれば確かに生かせるだろう。
しかしハルはこの地で仕事をする気は無かった。
はっきり言って左遷である。
しかも今や飛ぶ鳥を落とす勢いの貴族と諍いを起こしたのだ。
帝都に戻れる見込みの無い以上、取り敢ずはこの地で生きていかなくてはならない。
ハルとしては生活上の知識を求めただけである。
今アルトリウスが語った知識はハルにとって全くもって必要で無いばかりか、むしろ余計なものであろう。
「自分は左遷されたんですよ?仕事なんてあるわけ無いでしょう」
『そんな事はあるまい、左遷とは言うが貴官も帝国の高位文官に違いないのだ。仕事が無いわけはない、例え無理難題とはいえそれも一つの仕事、おろそかにして良いものでは無い。一見果たせない命令であったとしてもそれを為すべく勤め、全力を尽くすのが帝国官吏としてあるべき姿であろう』
アルトリウスは明らかにくさっているハルに官吏道を説くが、ハルはうさんくさそうに尋ねる。
「あなたも左遷されたんでしょう?それでどうでしたか?仕事をわざわざ探してまでする気になりますか?」
『ううむ……我も左遷されたのでな、その気持ちはよく分かる。我も貴族から平民の身で活躍し過ぎたとにらまれたのでな』
アルトリウスの言葉にそれ見た事かと言わんばかりの態度で言葉を継いだ。
「じゃあ、それでいてなぜ仕事をしろと言うんです?」
ハルの言葉に頭を振ってアルトリウスが応じる。
『だからこそである。我は帝都のあほ貴族に反抗的な兵士を集めた軍団と新設された地方軍司令官の地位を与えられ、クリフォナム人とオラン人の勢力がせめぎ合うこの地へ来たのだ。最初は我も何もする気になれなかったが、我は職務を放棄しなかった。それが我の矜持であったからだ』
アルトリウスの言葉に居心地悪そうな様子でかすかに身じろぎするハルだったが、黙ったままアルトリウスが言葉を発するのを待つ。
アルトリウスはハルのわずかな変化を見て言葉を続けた。
『基地を設営し、街道を整備し、各地の商人を呼び寄せて都市を造った……地の利もあったし、周辺の部族とは仲良くやっておった故に、わずか10年で北の都と呼ばれるまでに賑わうまでになった』
最後は懐かしそうに遠くを見る目で語るアルトリウス。
『それ故に滅びたがそれはまた別の事……左遷とてそう悪いモノではないぞ!自由はあるし、ここで何をしても文句を言う奴はおらぬ。ましてや貴官ほぼ全権を掌握しておる辺境護民官ではないか!そう腐るものでは無い、我が手伝おう。この地に再び平和と繁栄をもたらそう!!』
最初の言葉は声量が小さく、ハルとエルレイシアの耳には届かなかったが、アルトリウスの言葉は力強くハルを撃つ。
アルトリウスの言葉は官吏を真っ当に志す者であれば誰もが心揺さぶられる物であったからだ。
自分の手で任地を発展に導く、これ程官吏冥利に尽きる仕事があろうか。
しかし躊躇もある。
「任務は何の支援もなしに……1人で人の居なくなった廃棄都市を復興させろというんですよ?無理に決まっています。任期が終わるまで、まあおそらく一生でしょうがここで何とか暮していくだけです。幸い給料は十分に貰えるみたいですしね」
首を左右に振り、ため息を吐きながらアルトリウスの言葉を否定するハル。
しかしその心にはこの地で何かを為す、成せるという選択肢がしっかりと刻まれた。
否定の仕方もそれまでのように切って捨てたものでは無く、どこか悩みを含み始めたものへと変わってきている事にアルトリウスとエルレイシアは気が付いていた。
そしてハル自身もその変化を自覚し始める。
しばらく考え込むハルの肩にそっと触れエルレイシアが言葉で背を押す。
「ハル、私も協力します。クリフォナムの太陽神官がいればそれだけでクリフォナムの民はやってきますから、力になれると思いますよ」
『うむ、それは間違いない。この都市にも太陽神殿を設けアルスハレア神官殿に逗留頂いていたが、参拝や相談に来るクリフォナムの者達がたくさん居た』
エルレイシアの言葉に同意するアルトリウス。
確かにアルマール村ではハルよりもエルレイシアに対する歓迎の方が熱が入っていたし、その後もエルレイシアに相談や祈祷などと言って村人達は何かと群がっていた。
「ハル1人ではありません、2人です」
『我もおるのだ、3人であろう?神官殿……』
「あ、そうでしたね」
エルレイシアとアルトリウスの言葉に、ハルは悩む。
左遷官吏の身で何が出来るだろうか?
資金や人材、資材は言うに及ばず、全てが無いこの地で何が成せるのだろうか?
しかし貴族に左遷されてこのまま何もナシに終わるというのも面白くない事は確かである、何らかの意趣返しはしてやりたい。
合法的な意趣返しと言えば、この地を発展させ、属州に比肩しうる勢力となって一大勢力を持つ事であろう。
幸いにもその権限は与えられているし、クリフォナムの神官とこの地を統べた亡霊将軍が協力してくれるという。
ハルはしばらく考えてから決意を固める。
貴族に目に物見せてやりたいという気持ちがむくむくと頭をもたげてきたのだ。
このまま負けっぱなしでは済ませない、そもそもそんな穏やかな性格であれば貴族と諍いなど起こさない。
「……分かりました。何処まで出来るか分からないですが、やってみましょう」
自分の思う方へ気持ちが変わったハルの言葉にアルトリウスは満足げに頷くと機嫌良く言葉を発した。
『そう来なくては!ではこちらへ来るが良い』
ハルとエルレイシアは、アルトリウスの案内で行政区のひときわ立派な建物まで来ると、その中の厳重に封印された一室へとさらに案内された。
アルトリウスが自分の持つ剣をかざすと、封印は淡い光に包まれた後、静かに解かれた。
『他でも無い都市の財物を引き渡そう!我は着服などしておらんぞ?しても使い道は無いし、後任者に財務を引き継ぐのは至極当然であるからな!では辺境護民官殿、この扉を開いてくれ』
「財物?」
アルトリウスの指示に従い、封印が解かれた部屋の扉を開きながら問い返すハル。
重くさび付いた青銅製の扉がハルの手によって開かれる。
その途端、破れた窓から差し込む太陽光に反射し、ハルとエルレイシアの目を射る黄金の光。
まばゆい光に目を細めて部屋の中を見る2人の前には、信じられない光景が広がっていた。
「「!!」」
部屋の光景に圧倒されるハルとエルレイシア。
部屋には大判金貨がうずたかく積みあげられ、ぎらぎらと強い光を放ち続けている。
『どうだすごかろう?この都市に官吏どもが集めていた税が集約されておったのだ。我はむやみに税を集める事など必要ないと抑えておったが、それでも官吏どもめ徴税だけは熱心でな?都市が陥落する直前に全員戦の邪魔だと追い出してしまった後は誰も取りに来るわけも無く、すっかり忘れられてしまった物がそっくり残っておるのだ。額は大判金貨おおよそ5万枚だ。我の統べた地が如何に殷賑を極めておったのか分かるであろう?』
驚く2人に気をよくしたアルトリウスが金の由来を得意げに語った。
「「5万枚!?」」
金額を聞いてさらに驚く2人。
『おう、もっともこれは帝国から支給された都市の予算や我等の軍事費を除いてだ。それを含めれば、全部で金貨8万5千枚ほどにはなろうかな?これを全て御主に引き渡す。これで資金には不自由はあるまい!』
アルトリウスの得意絶頂の声に対し、驚きの声すら上げられずにハルとエルレイシアは部屋の中を見るほか無かったのだった。
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