第11話、白いワンピース

 落ち着きを取り戻した俺とメアは店の中をぐるぐると歩いていた。


 メアは服屋に来るのも初めてなのかもしれない。魔王の頃は強大な力を秘めた武器や防具を身に纏う事はあっても、そこにはファッションという要素が全くない。可愛いとは無縁の戦闘に特化しただけの装備だ。

 

 そんな彼女が今は様々な見た目の服に囲まれて目を輝かせている。彼女にとっての初めてがたくさんあるこの空間は、新鮮で刺激的で楽しいものなのだろう。もしかすると転生する以前の魔王としても本当は色々な服を着てみたかったのかもしれない。


 そしてメアはある服に熱烈な視線を送っていた。

 その服とはフリルの付いた白いワンピースだ。実に女の子らしい服で、そのシンプルな見た目に彼女は惹きつけられたらしい。


 絹糸を思わせるような繊細で艶やかな水色の長い髪、人形のように整った顔立ち、宝石のような綺麗な瞳、ふっくらとした潤んだ唇、そして白磁を思わせる白い肌。そんな見た目の彼女が白いワンピースを着ている姿を想像してみると、なんというか尊さすら感じさせるものだった。


 咲き誇る花畑でフリルのついた白のワンピースを着ているメア。


 青い羽を輝かせる蝶々と一緒に、そよ風の吹く花畑を駆け回る。色とりどりの花びらが宙を舞って、その美しい光景の中心にはメアが居る。


 我ながらなかなかの妄想力を爆発させてしまったわけだが、とにかくあの白のワンピースは絶対に似合う、間違いなく似合う。清楚で可憐で愛らしい彼女には最高過ぎる相性だ。

 

 そうやって妄想の中に居る俺の横で、メアはワンピースの値札を手に取ってため息をついていた。そりゃまあ買えるわけがない。彼女の手持ちは三百円なのだから。


「それ、欲しかったりするのか?」

「ううん……いらない……」


 どう見ても欲しがっているようにしか見えないのだが、異世界の言葉で本心を口に出すのも遠慮してしまう程だったようで、彼女はとうに諦めてしまっていた。そして店内で可愛らしい服を見つけては値札を見て諦めるのを繰り返す。


 物欲しそうに服を眺めていたが、そのどれもが自分の手には決して届かないものだと知ると、最後は俯いて立ち止まってしまった。


「試着してみるのはどうだ? 今日は買えなくてもいずれ買うチャンスが来るかもしれないしさ」

「……」


 きっとその買うチャンスが訪れる事はないと、小さくなって佇む彼女からはそんな言葉が聞こえてくるようだった。だが希望はここにあるぞ、メア。異世界を救済した事で巨万の富を持つ俺という存在がお前の隣にいるのだから。


 俺はメアに欲しい服を買ってあげたいと思っていた。試着をしてもらわないとサイズが分からないものだが、俺には勇者としてのスキルがあった。あまりこういう事に使った事はないが『賢者の贈り物ブックオブウィズダム』で彼女に合うサイズを選ばせてもらおう。


 俺の瞳が淡く輝いた。


 そして賢者の贈り物を使用した事で分かったのだが、さっきメアが見ていた白のワンピースはまさにジャストサイズだった。これは運命と言えるだろう。彼女があのワンピースを欲しがったように、きっとあのワンピースもメアを求めているはずだ。


 後で彼女を驚かせる為にこっそりと退店時に買っておこう。あの服を手渡した時のメアの反応が今から楽しみだ。

 

「ねえねえ、葵くん! この服似合ってるかしら?」

「凄く似合ってるよ。姫月は何だって着こなせるんだな、憧れるよ」

「あは。葵くんにそう言ってもらえるのすっごい嬉しいわ!」


 試着室を出てきた姫月が新商品の服を着て俺にその様子を見せていた。


 こっちもなんとも可愛らしい。オーナーのデザインしたという大人びた服を選んだ彼女は、俺の目の前でくるくると回ってみせた。そしてその姿を見ていた翔太は黄色い声をあげる。


「いや~姫月は最高、まじで最高っ! 一流モデルのファッションショーばりに最高!」

「翔太くんも褒めてくれてありがとうね。発表された時に見てからずっと欲しかったの。これ買っていくわ!」


 明るい笑顔を振りまいて姫月は試着室へと戻っていく。

 素敵な服を見つけられて、それを周りに褒めてもらって大喜びな姫月。


 その一方でメアは自分が着ている制服を見ながら小さなため息を漏らす。最後に白のワンピースを見つめた後「先に外で待ってる……」と言って、店の外へと出ていった。


 そんなメアの後ろ姿を見ながら翔太が疑問を口にする。


「なあ、葵。そういや雨宮ってどうして制服なんだ?」

「俺の説明の仕方が悪くてさ。間違って制服で来ちゃったんだ」


「それ本当か? いくら何でもそりゃねえだろ。私服とか持ってないんじゃないか、噂じゃ超絶貧乏って話だぜ。葵だって見たろ、毎日やっすい日の丸弁当食べてるところをよ。それにスマホだって持ってねえし」

「知ってるよ、席だって隣だし。毎日の質素な食事が理由で俺が弁当を作るようになったんだから」


「まあただの貧乏っていうだけなら救いはあるかもしれねえけど、親の借金がやばいらしくてよ。聞いた話じゃ親がギャンブルで負けて莫大な借金を負ったとか、身に余るような投資でやられちまったとか、借金の連帯保証人がどうだとか、まあともかく自己破産も出来ない八方塞がりだってさ。それで色々あって海外に住んでた雨宮がこっちに戻ってくるはめになったらしい。ま、ああやって高校に通えてるだけで奇跡みたいなもんだな」


「そうだったのか……」


 今日の三百円というお小遣いも、彼女の家庭環境では精一杯のものだったのかもしれない。魔王として異世界で君臨した時は富と名声に囲まれていたはずのメア。転生した先ではそれと全く真逆の状況に置かれているという事になる。


 着替えを終えた姫月が戻ってくる。

 既に会計も済ませたようで、ショップ限定のトートバッグにさっきの服を入れてご機嫌なご様子だ。


「葵くん、ありがとう。欲しかったもの全部買えたわ」

「それなら良かった。次は何処に行くつもりなんだ?」


「ちょうどお昼になりそうだしみんなでランチに行こうと思うの」

「もうそんな時間か。なにかオススメとかあるか?」


「あたしのお気に入りのカフェはどう?」

「姫月のお気に入りっていうなら楽しみだ。じゃあそこにしよう」

「そう言ってもらえて良かったわ、それじゃあ案内するわね!」


 姫月は次の目的地に向けて店の外へ出る。くっつくように翔太もその後を追う。


 俺はと言うとまだこの店でやりたい事が残っている。それを済ませていくとしよう。フリルのついた白のワンピースを手に取ると、それをレジへと持っていくのだった。


 メアが健全な高校生活を送る為にも、やはり俺が力になってやる必要がある。彼女の家庭環境を聞いてその想いは強くなっていた。勇者として魔王であった彼女が二度と道を踏み外さないよう力を尽くさなければならない。まず手始めに彼女が欲しがっていた服をプレゼントしよう。

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