第12話、ランチタイム
流石は姫月のお気に入りのカフェだった。俺達が着いたのは単なる喫茶店などではなく、外装から内装までこだわった非現実的な空間がそこにあった。外装はヨーロッパなどの西洋を彷彿とさせる民家のようなデザイン。扉をくぐって中へと入ればモルタル造形が駆使された独特な内装が俺達を迎えてくれる。
天井からぶら下がる可愛らしい小さなシャンデリア、ソファーや机や照明、小物から何からこだわり抜かれていて、異世界へとまた転移してしまったのではないかと錯覚してしまう程だった。
姫月が言うにはこのカフェのオーナーはインテリアクラフトを本業としているそうで、その技術と知識を活かして徹底的にこだわり抜いて施工したのだという。開店当時から姫月はここの常連なのだそうだ。
テーブルを挟んで小さな椅子が並ぶ席へと案内されて、俺達は早速メニューを手に取った。美味しそうな料理の写真が並んでいる、この写真を見ているだけでお腹が空いてくる。
「俺はこのボロネーゼ、っていうのにしようかな」
「あたしはこのホットサンドと食後にプリンを頼むわ」
メニューを眺める翔太はページをめくりながら首を傾げる。
「なあなあ、ラーメンとかチャーハンとかないのかよ。あと大盛りが良いぜ、腹いっぱい食いたいからな」
「あはは……ここはファミレスじゃないからそういうのは……ない、かな」
「それじゃあ一番腹が膨れそうな……こいつにするぜ!」
翔太が指を差したのはローストビーフだ。
メニューの写真にはサフランライスとサラダも乗っており、これなら大盛りではなくとも食べ盛りの男子高校生のお腹を満たせられそうだ。
俺の隣に座る雨宮は、メニュー表の料理の写真ではなく料金の方を気にしている。
メニュー表に書かれている一番安いメニューはオレンジジュースで350円。メアの手持ちは300円。つまり彼女はここで何一つ注文する事が出来なかったのだ。
「あきゃあすほあ、びあどはえま……あにゅあくの、ごあはらうぃえ……」
そう呟いた後、彼女はメニューを閉じてため息をついた。しかし、彼女の言葉の意味を知らない姫月は何を注文するのか聞いてくる。
「雨宮さんは何が食べたい?」
「わ、わたしは……お、お腹いっぱい……!」
「もし食欲が無いならデザートはどうかしら? ここのデザートって見た目も可愛くて美味しくてすっごい人気なの! 特にプリンがおすすめよ!」
「ぷ、ぷりん……!」
その言葉に目を輝かせるが、彼女はプリンも頼めない事を思い出す。俯きながら首を横に振った。
「ぷりん……いらない……」
「あら、そう。じゃあ仕方ないわね」
姫月はベルを鳴らし店員を呼ぶ。
メアは店員を前にして、体を小さくしながら水の入ったコップに口をつけた。きっと水だけでお腹を満たそうと思っているんだろう。だが安心して欲しい、さっきの異世界の言葉もちゃんと俺には伝わっていたのだから。
彼女はさっきお金が無くて何も頼めない事を、本当はみんなと一緒に食事を楽しみたいことを告げていた。それが出来ないから水で誤魔化そうとしていて、そんな惨めな思いをメアにさせたくなかった。
姫月と翔太が店員にメニューを頼んだ後に俺の番が来る。
「ええと、ボロネーゼが二つとデザートにプリンを一つ」
「おいおい、葵。もしかして大盛りが無いからって二つ頼むのかよ? それにデザートってお前」
「朝飯食べるのすっかり忘れててさ。俺もお腹が減ってるんだ」
「葵くん、プリンも大丈夫なの? 本当に食べられる?」
「大丈夫だ、姫月。せっかくの機会だしたくさん食べておこうと思ってさ」
俺の注文を聞いた後、店員はキッチンの方へと戻っていった。
よし、これでばっちりだ。俺はボロネーゼを一つだけで良かったのだが、もう一つとプリンはメアの分。朝からご飯を食べていないのは彼女の方で、すっかりとお腹を空かせているのは見れば分かるというものだ。
どうしてメアの分もボロネーゼを頼んだのかというと、以前に俺が作った弁当にミートソースのパスタを入れた時、それを食べたメアの反応が一番良かったからだ。
メアの方はそんな俺の意図に気付いていない。本当に二人分食べるのだとそう思っているのだろう。空腹をこらえようとじっとテーブルに視線を落としていた。
そして初めに運ばれてきたのは翔太の頼んだローストビーフだ。
薄く切られた牛肉に外は良く焼けて中は綺麗なピンク色、香ばしいソースがふりかけられて、同じ皿に乗せられた黄色のサフランライスとサラダのおかげで色鮮やかだ。美味しそうな見ためと匂いが食欲をそそる。
我慢出来ない様子で翔太はフォークに手を伸ばした。
「じゃあわりいけど先に食べるからな。いっただきまーす!」
翔太はローストビーフをフォークで突き刺して口の中へと運ぶ。どんな味がするのか語る事もなく食べ続けているのだが、よっぽど美味しいのか手が止まる事はなかった。その食事の様子を見ながら、メアは自分の空腹を誤魔化すように水をごくごくと飲んでいた。
次に来たのは姫月が頼んだホットサンド。
たっぷりの具が挟み込まれた状態で真ん中から半分にカットされていて、美味しそうなベーコンとトマトとアボカドが顔を覗かせる。美味しそうなホットサンドを前にしてメアは空腹に耐えるようにテーブルから目を逸した。
「あたしは葵くんのが届いたら食べ始めるわね」
「気にしなくたって良いのに。翔太みたいに先に食べ始めても俺は構わないぞ」
「良いの、ゆっくり待ってるわ」
姫月はにこりと俺に微笑んだ。
最後に届いたのが俺の頼んだボロネーゼ二人分だ。皿の上に盛り付けられたパスタにはミートソースによく似たひき肉とトマトのソースが絡んでいて、上には粉チーズとバジルの葉っぱが乗っている。ホットサンドとローストビーフに負けず劣らずこちらも美味しそうだ。
それが二人分、別々の皿で運ばれてきた。それを見てローストビーフを食べていた翔太が手を止める。
「おいおい、葵。本当にそれ一人で食べれんのか? 二つ合わせたら結構な量じゃねえか」
「あー食べれるかと思ったんだけど……食後のプリンと合わせるときついかもしれないな」
「だろ? じゃあオレが食ってやろうか!?」
「翔太はローストビーフで我慢しろ。サラダもスープもまだ残ってるじゃないか」
そう、これを翔太に食べられるわけにはいかない。
これは俺がメアの為に頼んだパスタなのだから。
「なあメア。さっきお腹いっぱいって言ってたのに悪いんだけどさ、一皿食べてくれないか? こんなに多いとは思っていなくて」
「え……食べても良いの?」
「俺が間違えちゃったんだ。食事代だって俺が払う。ほんとに悪いんだけどさ、何とか頼むよ」
そう言いながら俺はメアの前にパスタが盛り付けられた皿を置いた。
彼女は目をきらきらと輝かせて皿の上を眺めた。今の彼女にはこのパスタが異世界で食べたどんなご馳走よりも美味しそうに見えただろう。涎を零しそうになって慌ててそれを拭うと、今度は俺の方へと視線を移した。
「お、お腹いっぱいだけど……あなたがそこまで言うなら、食べてあげても……良い」
「助かったよ、雨宮。それじゃあこれよろしくな」
メアは嬉々とした表情でフォークへと手を伸ばす。
「食べよっか。雨宮、姫月」
「オレは先に頂いてるぜー!」
「そうね。いただきましょ」
「い……いただきますっ」
こうして俺達のランチタイムが始まった。肉厚なローストビーフを頬張る翔太、具の詰まったホットサンドを味わう姫月。そして俺はメアがパスタを上手にフォークに巻きつけてそれを丁寧に口へと運ぶ様子を見つめていた。
メアの普段の様子は不器用だけれど、食事をしている時の姿はとても上品だ。魔王として過ごしていた時の食事の作法を覚えたのだろうか。それに俺が作った弁当を食べる時もだったが、美味しいものを食べる時の彼女はいつもにこにこと笑っている。
そんな彼女を見ているだけで食事が楽しくなってくるし、俺もこうして食べている物がずっと美味しく感じるのだった。
これからデザートにプリンもやってくる。それもメアに食べてもらう予定だ。彼女がどんな反応を見せてくれるのか、今からとても楽しみだった。
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