第10話、お買い物

 俺達は繁華街にいた。

 最初の目的は姫月の買い物に付き合う事だ。まずは服屋に行きたいと言っていた。


 翔太は姫月に色々な世間話を聞かせ、俺はメアと並んで歩いている。


 立ち並ぶたくさんの店、大勢の人が行き交う街の様子に、メアはいつもと違った反応を見せる。怖がるとか怯えるとかそういう感じはなく、街を眺めながら口が半開きになっていた。異世界では大きな街と言えば中性ヨーロッパ風な建物が立ち並んでいたが、こちらの世界では空高く伸びるビルばかり。この光景は彼女にとって珍しいものなのだろう。


 それと面白い事があって、彼女は隣を歩く俺の服の裾をずっと掴んでいるのだ。


 その理由は一体何なのだろうと考えた。隣に誰かがいる安心感を得られる為か、どうやらこうしている事で落ち着くらしい。そしてそれは無意識にやっていたようで――。


「あら、雨宮さん。葵くんの服の裾、さっきからずっと引っ張ってるみたいだけどどうしたの?」


 姫月から聞かれるとメアは頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げていた。しかし、すぐに隣を歩く俺の服の裾を掴んでいる事に気が付いて、ぱっと手を離すと同時に顔を真っ赤にして俯いた。


「なあ姫月! オレにもほら!」


 メアの様子を見ていた翔太が服の裾を掴んで良いと姫月に近寄ったが「それは遠慮しておくわね……」と撃沈していた。


 こんなやり取りを繰り返しながら俺達は姫月が行きたかった服屋へと到着する。


「ここが姫月のお気に入りの店か」

「そうよ、ここのオーナーさんが自分でデザインした服が並んでいるの。ネットショップなんかもやっていてすっごい人気なんだけど、やっぱりこういうのは実際に見たり、試着して選びたいものよね」


「いやー楽しみだな! 姫月のあんな姿やこんな姿が見れるなんてよ! こうやって私服姿を見れるだけで最高だってのに!」


 一人盛り上がる翔太を横目に、俺はメアの事を気にしていた。


 彼女は外出に必要な服を持っていないと言っていた。ここにはたくさんの種類の服が並んでいるし、メアの私服を買うのに丁度良い機会なのではと思った。その証拠にショーケースに並んだ服を見ながら、メアは感嘆を漏らした後に異世界の言葉を口にした。


「でぃど……いそきゅ……」


 瞳を宝石のように輝かせるメア。俺はそんな彼女の隣に立って、ショーケースの中の服に指を差した。


「雨宮もこういう可愛い服、着てみたかったりするか?」

「ち、違う……。別に興味ない……」

「そうか。さっきの外国語の意味は分からなかったけど、てっきり興味があるのかと思ったよ」

「な、ない……!」


 そう言って俺から、ぷいっとそっぽを向いてしまうメア。さっきは異世界の言葉で『この服……とても可愛い……』と呟いて興味津々の様子だったのに、いざこうして聞かれてみるとそれを誤魔化してしまう。本当に不器用な奴だな、だが俺にはちゃんと本心が伝わっている。彼女の力になれる事ならなんでもしてやろう、そう思いながらメア達と一緒に店内へと入っていった。


 店内は可愛いにかっこいい、そしてシンプルなものから奇抜なものまで多彩に揃っている。この全部をオーナーが一人でデザインしたというのは驚きだ。姫月のお気に入りというだけある。


 そして俺達の入店に気がつくとレジの向こうにいた男性が反応した。両耳にピアスをつけた茶髪の青年。まだ二十代前半くらいに見える。


「いらっしゃいませ――って姫月ちゃん! 来てくれたんだねー!」

「お世話になってます、オーナーさん。今日は友達と一緒に来たんです」


 姫月はそう言ってその金髪の青年に頭を下げた。


 仲睦まじく話す二人を見ても、いくら彼女が常連と言えど少しばかり仲が良すぎる。一体どういう関係なのだろうか。そう疑問に思っているのは俺だけじゃないようで、隣にいた翔太の方は愕然とした表情を浮かべて震えていた。


「ちょ、ちょっと良いすっか……? オーナーさんと姫月ってどういう関係で……」


「ああ。姫月ちゃんはね、うちがやってるネットショップでモデルをやってくれてるんだ。商品の画像を単に並べるより、こうやってモデルを雇って実際に着ている姿を載せた方が売上が良くてね。以前にスカウトさせてもらったんだ」


「そうなの、翔太くん。あたしもここの服は好きだし協力したかったから。雑誌のモデルとかは気が引けちゃうんだけど、オーナーさんとはお店で何度も顔合わせしたからそれもあって」


「な、なるほど~! いやあそれなら良かった……!」

 

 翔太は姫月が大のお気に入りだ、店のオーナーが彼氏か何かだと思ったのだろう。ただのビジネスパートナー的な関係である事を知って安心したようだ。


「今日はいつもと違うお友達と来たんだね――って、むむ!?」


 オーナーは俺達の方を見た後、その中の一人を見つめて固まった。彼の瞳に映っているのは制服姿の可憐な美少女、日本人離れしたルックスのメアだった。


「き、きみ……! モデルとか興味ないかい!?」

「え……」


 駆け寄るオーナーを前にしてメアはびくりと体を震わせる。怯える子犬のような反応を見せていた。


 魔王だった頃はともかく、今のメアは人見知りで臆病だ。

 そんな彼女が初めて会った男性に詰め寄られて怯えてしまうなんて当然の事。


 俺はメアを守るようにオーナーの前に割って入った。

 まさか姫月だけじゃなくメアにまで目を付けるなんて。それはご勘弁願いたいものだ。ただでさえ人前に出るのが苦手な彼女が、モデルとして全世界に向けて自分の写真が公開されるような事態になってしまったら、その恥ずかしさのあまり卒倒しかねない。


「すみません、俺達は服を買いに来ただけなんで」

「そ、そうかい……っ。そうだよね、いやすまない。あまりに可愛い子で舞い上がってしまったよ。怖がらせるつもりじゃなかったんだ、悪いね」


 オーナーは我に返ったのか、頭を下げた後に姫月の方へと近寄った。 

 

「そ、それで姫月ちゃんは今日はどんな服を探しに来たんだい?」

「この前、SNSで新作の発表してましたよね? それにとても興味があって」

「見ていてくれたんだね、嬉しいよ。例の新作ならこっちにあるからおいで」


 姫月はオーナーに連れられて新商品が並ぶコーナーへと向かった。その後を翔太はすぐに追う。


 メアは胸を撫で下ろしながら小さく息をついていた。


「大丈夫だったか?」

「う、うん……」


「まあ見る感じ、悪い人じゃなさそうだし。メアがあまりに可愛いくてオーナーさんもびっくりしちゃったのかもな」

「わ、わたしが可愛い……? あ、あおいくんも、そう……思うの?」

「ん? ああ、可愛いぞ。初めて見た時から俺もそう思ってたけど。あれ……意外だったか?」

「あ、あ……!」


 一歩ニ歩と後ずさり、俺から視線を逸したメア。

 俺はシンプルに思った事を口にしただけなのだが彼女の頬はみるみる内に紅潮していく。


「ゆれえむみ……」


 小さな声で異世界の言葉を口にしたメア。

 呼吸を整えるように胸へ手を当て肩は大きく揺れていた。


 必死に照れた様子を隠そうとするメアの姿。彼女は『そんな事言われたら照れちゃうよ……』とそんな意味合いの言葉を口にしていた。俺としては何気ない発言だったのだが、まさかこんな反応が返ってくるとは思っていなくて、よく考えたらとんでもない事を口走ってしまったんじゃないかと急に俺も恥ずかしくなってきた。


 しかしだ、その意味が分かった事を知られるわけにはいかない、出来る限りノーリアクションを突き通す。でも……本当は声を大にして言いたかった。俺の言葉に照れて恥ずかしがって、それを必死に隠そうとする彼女の姿は――正直言ってめちゃくちゃに可愛いものだった。

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