第9話、初めてのお出かけ
日曜日が来た。
姫月には色々と理由があってメアと翔太も参加するという話をして了承を取ってある。だがその時に何だか不満そうな表情をしているのが意外だった。人が多ければ多いほど、ナンパとかもされにくくなると思ったのだが何か別の意図があったのだろうか?
ともかく彼女と集合時間と待ち合わせ場所を決めて、それをメアには口頭で、翔太にはスマホで連絡を済ませておいた。
待ち合わせ場所は駅前だ。
そこで合流した後は姫月の買い物に付き合って、次は翔太の用事を済ませる。そこからは俺の買い物。時間が来たら何処かで昼食を食べて用事が済めば解散というシンプルな予定だ。
午前10時に集合という話だったが、予定よりも随分と早い時間に着いてしまった。
スマホの時計を見ると9時20分。待ち合わせ場所には俺以外の姿はない。張り切っていたわけではないのだが、何となく家を出るのが早くなってしまった。
まだ他のみんなは来ないだろうと近くにあったベンチに腰をかけ、俺はスマホでweb小説サイトを開いてブックマークしていた作品の続きを読み始める。そうやって時間を潰していると、俺の次に待ち合わせ場所に着いた人物を見て驚いた。
そこにはいつもと変わらない制服姿のメアがいた。
時間はまだ9時半、あいつも随分と予定より早く来たものだ。それに私服ではなく制服を着ている理由はどうしてなんだろうと考える。
メアはまだ俺の事を見つけていないのか、待ち合わせ場所をきょろきょろと見回した後にため息をついて立ち止まっていた。彼女の近くを誰かが通るとびくりと体を震わせる。こうして学校以外で大勢の人がいる場所に来るのは初めてなのか、おどおどと怖がっている様子さえあった。
あのままにしているのは流石に可哀想だな、早く声をかけてやろう。
「おはよう、雨宮。随分と早かったじゃないか」
その声で俺に気付いたメア。知らない人ばかりの空間で一人ぼっちだったのがよほど怖かったのか、さっきまでの曇り空な表情は何処へやら。差し込む太陽の日差しを思わせる明るい笑顔を見せたと思うと、はっとした表情を浮かべてそっぽを向いた。
今のは照れ隠しなんだろうけど、分かりやす過ぎるんだよな。異世界の言葉で本心を口にする時もあるが、彼女は表情や行動で感情が読み取りやすい。彼女なりには上手く隠しているつもりなんだろうけど。
「俺の方はちょいとばかり早く着いちゃってさ。その様子だと雨宮もかなり早く出てきたんだな」
「は、初めて来る所だから……迷ってしまうと遅れると思って」
「そうだったのか。雨宮は転校してきたばかりだし、ここに来るのも大変だったんじゃないか?」
「う……うん」
きょろきょろと周りを見ながら体を小さくするメア。
この様子だと慣れない土地で苦手な人混みに紛れながら、一人で頑張って歩いてきたんだろうな。だがここからはもう大丈夫だ。今日は彼女をしっかりとエスコートしてやらないと。
「あそこのベンチで姫月と翔太が来るのを待っていよう。立ちっぱなしだと疲れるだろ?」
「あ……」
俺は有無を言わせずメアの手を引いた。
ひんやりとした柔らかな手を握りベンチの方へと歩いていく。彼女はたどたどしい足取りで俺についてきた。そして先に彼女を座らせて気付いたのだが、彼女の頬と耳が赤くなっている。そのままベンチの上で俯いて黙ってしまった。
しまった。いきなり手を握ったのはまずかっただろうか。体育の授業の時のお姫様だっこは仕方なかったとは言え、今回はそうじゃない。極度の恥ずかしがり屋のメアに対して軽率な行動を取ってしまったと反省する。急に手を引っ張られたらそりゃびっくりしちゃうよな。
「返事も聞かずに引っ張っちゃって悪かったな。大丈夫か?」
「……」
メアは首をぶんぶんと横に振る。
「だ、大丈夫」
「そうか。まあ次からは気を付けるよ」
俺も彼女の隣に座る。後はこうして姫月と翔太の到着を待つだけだ。
さっきのようにスマホで小説を読んで時間を潰すのでも良かったが、せっかくの休日にメアと二人のこの状況。彼女と仲良くなる丁度良い機会なのではないかと、少しばかり話をする事にした。
「なあ、雨宮。今日は帰りに学校へ寄る予定でもあるのか?」
「その予定はない」
「じゃあどうして制服なんだ? 別に学校に用事が無いなら休日は私服でも良いんだぞ、俺だってほら、私服だし」
「あ……それは……」
メアはもじもじと制服を触りながら答えを口にする。
「着ていく服が、これしかないから……」
「つまり外出用の私服がない、っていう解釈で間違いないか?」
小さく頷くメア。なんという事だ……確かに貧乏なのは毎日食べていた日の丸弁当の事からも知ってはいたし、スマホを持っていない事とか本を買ったりも出来ない事とか余裕がないのは知っている。けれどまさか私服すら持っていないなんて……これは非常事態だ。
「失礼な事を聞くかもしれないが……今日はいくら持ってきた?」
「さ、三百円……」
小学生の遠足のおやつ代じゃないか……。
俺は自身の財布の中身を見る。そこには一万円札が何枚も鎮座していた。
今日のメアの昼食代は俺が持とう。いや昼食代に限らず他の雑費も全部持つ。
ここだけの話だが俺は異世界を救った報酬として、異世界の神様から巨万の富をもらっていた。一介の高校生が持って良いような金額ではなく、明らかに俺がその巨万の富を得た経緯はこちらの世界からすれば矛盾だらけなのだが、神様がこちらの世界の色々な因果律に干渉して、俺の口座に巨万の富が入っていても何の問題もないようにしてくれている。
詳しい仕組みは良く分からないし説明出来ないが、税金とかお金に関する細かい矛盾は異世界の神様が上手くやってくれているんだろう。そんな感じで俺は異世界を救った元勇者でありつつ、運動神経抜群の成績優秀な学年カースト最上位の高校生、なおかつ超絶お金持ちという三冠を達成しているのだった。
ともかくとして俺はメアに私服やらいくらでも買ってあげられる余裕がある。今日は良い機会だ。必要なものがあれば彼女の力になってあげよう。
そんな事を考えていると9時50分、俺とメアの座るベンチに向かって手を振りながら近付いてくる少女の姿があった。姫月だ。私服姿の姫月は普段の上品な様子を更に際立たてるような格好で、清潔感のある涼しげな色合いのフレアスカートにシンプルなトップスで、手には小さな革のバッグを持っている。
モデルさながらの高身長な美少女がそこにいた。
普段の制服姿でも上品な雰囲気のある姫月だが今の私服姿はなおさらだ。確かにこれだと色んな男性から声をかけられたり、カメラマンから写真の撮影を頼まれたり、映画の出演にスカウトされたりするのも頷ける。
「葵くん、雨宮さん、おはよう! 二人とも早かったのね」
「ああ、予定よりも早く出てきちゃってさ。雨宮も迷子になると遅刻しかねないと思って、早めに家を出てくれてたみたいだ」
「だから二人とももう着いてたのね。ところで雨宮さん、どうして制服なの?」
「え……あ……」
「帰りに学校へ寄る用があるのかしら。日曜日なのに大変ね、雨宮さんも」
「そ、その……」
俺との時は割とすぐに答えを返していたメアだが、姫月が相手になると急におどおどとして、さっきよりもずっと弱々しくなっていた。メアも本当は好きな服を着て出かけてきたかっただろうに、家が貧乏で外に出かける私服がなかった、とはそう簡単には言い出せないはずだ。俺に話をする時もかなりの決心があったのだと思う。
「姫月、俺の説明の仕方が悪かったんだ。雨宮に制服で来るような勘違いさせちゃったみたいでさ」
「そうだったの。それで雨宮さんだけ制服だったのね。びっくりしちゃったわ」
こうして俺はメアが制服姿の理由をはぐらかす。その様子にメアは安堵したように胸を撫で下ろしていた。
「それにしても姫月、本当にめちゃくちゃ可愛いな。制服姿は見慣れてるけど、こうやって私服の姫月を見るのって初めての事だし」
「そう言ってくれてありがと。実は今日何を着ていくのかずっと悩んでて。それでやっと決めれたの。本当はあたしももう少し早く着く予定だったんだけど……」
「まだ待ち合わせ時間になってもいないじゃないか。ばっちり服装も決めて予定よりも早く来るなんて、姫月は流石だよ」
「葵くんに褒められるのって照れるわね。頑張って選んできたかいがあったわ。葵くんもその服似合ってるわよ」
姫月は満面の笑みで答えた。こういう素直で明るいところが周りの生徒達を惹きつけるのだろうな。
さて後は翔太だが……彼は待ち合わせ時間の15分遅れでやってきた。
「わりいわりい……! 待たせちまった!」
ぜえはあと息を切らして俺達の前で立ち止まる。
髪はワックスでガチガチに固めてハリネズミみたいになっていて、マフィアがするような真っ黒なサングラスをかけている。シルバーっぽいアクセサリーをこれでもかと身に付け、こってこての柄の上着を羽織り、自分でやったのか大きな穴の空いたぼろぼろなダメージジーンズを履き、そして何度もふりかけたのかキツイ香水の臭いを漂わせていた。
多分、姫月とお近づきになる為に、遅刻してまで必死で考え抜いたコーディネートなのだろうが、その意図とは全く真逆の方向に効果が現れていた。姫月はその姿に苦笑いを浮かべ、メアは不思議そうにその姿を眺めていた。
「よう! 準備に手間取っちまってさ! 遅くなってわりいな!」
「あ、ああ……まあ少しくらいだし大丈夫だ。それにしても……翔太の私服姿も初めて見るけど、なかなか、だな……」
「けっこう良いだろ? ネットで見つけた情報で色々と試行錯誤したんだぜ」
「そうか……まあ今日はよろしく頼むよ、色々な所を周りたいからさ」
「おう、任せとけって。でも一つ相談があってな――」
翔太は俺に近付いて、耳元でとある作戦を話し始める。その内容は至ってシンプルなもの。この休日で姫月との距離を縮めたい、その為に翔太と姫月の二人きりの時間を作って欲しいらしい。
「――という事で頼む……!」
「俺は構わないけどさ。やるなら全力で頑張ってくれよ」
「もちろんだぜ、恩に着る。親友!」
こうして今日のメンバーが揃ったわけだ。
高校生になってから友達と出かけるのは、実は俺も初めての事。異世界転移から帰ってきた後、こんな日常が来るのを俺は楽しみに待っていた。
それはメアも同じだったのかもしれない。
ずっとそわそわとしている様子の彼女。だが、いつものように単に緊張している時とは感じが違った。表情を僅かに緩ませて、きらきらと目を輝かせる。魔王として大軍勢を率いた事はあっても、こうして誰かと遊びに出かけるというのは彼女にとっても初めてのものなのだろう。今日という日を楽しもうとわくわくしているのが伝わってきた。
俺はベンチに座るメアへと手を差し伸べる。
「よし、それじゃあ出発しようか」
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