第5話、授業中

 勇者として俺に与えられた『賢者の贈り物ブックオブウィズダム』と『自動書記ゴッドハンド』という二つのスキル。異世界からの帰還を果たして高校生活を再開してから、この二つのスキルにはかなり世話になった。


 賢者の贈り物を使えばどんな問題も一目見ただけで直感的に答えが浮かびあがってくるし、自動書記はその答えを勝手に文字にしてくれるというものだ。夏休みが終わる前日に帰ってきた俺は、この二つを組み合わせる事で溜まりに溜まった課題を一夜漬けで終わらせる事が出来た。


 そしてこのスキルは授業でも大活躍。

 教師から当てられても一瞬で答えは思いつくし、テストに至っては全教科満点だ。

 

 同級生達は休み時間になるとこぞって俺のもとに集まって、授業で分からなかった事やら色んな事を聞きにくる。異世界転移から帰ってきた後の俺は聖徳太子さながらの理解力で周囲を驚かせた。


 一方で元魔王であるメア。

 全知全能とまで言われた彼女は教科書を食い入るように見つめ、うーうーと小さな唸り声を上げながら机に突っ伏している。俺に倒された事によって力と知識と才能を失って、体育だけでなく勉強の方もさっぱりだった。


 ちゃんと勉強はしているのだと思う。彼女の使うノートにはびっしりと黒板に書かれた内容が書き写され、教師が口にした要点もまとめてあった。しかし、ここまでやっても肝心のテストになると全くだめで、授業で当てられた時もその答えを返す事は出来ずにうずくまってしまう。


 補習を受けてようやくぎりぎりのラインをクリア出来る、といった感じでクラスというか学年でも一番下の成績だった。


 そして今は英語の授業中。

 黒板にチョークで文字を書く音が教室に響いていた。


 英語の授業は楽だ。異世界へと渡った時に与えられた『自動翻訳ワールドトランスレーション』によって俺は知らない言葉でもその意味をすぐ理解出来るし、文字にする時のスペルや文法から何からもそのスキルが勝手にやってくれる。とても簡単な国語の授業を聞いているような感覚で、英語の授業になると退屈過ぎて眠くなってしまう程だった。


 隣の席のメアはどうなのかと言うと、初めは外国からやってきたという事もあって、英語も出来るんじゃないかと教師も生徒も勝手に期待を抱いていたのだが、彼女が分かるのは異世界の言葉と日本語だけで英語の授業もからっきし。

 

 それに英語の先生は生徒達が座る席に合わせて順番に当ててくるので、今日はメアが当てられる順番となっていた。それに備えて休み時間から必死になっていたようだが、果たして答えられるのか心配だった。


「それじゃあ雨宮さん、この行を翻訳してみてください」


 ついに教師から当てられてしまうメア。椅子から立ち上がってその訳文を答えようとするのだが――。


「――あ、えと……」


 辞書と教科書と黒板に向かって目をうろうろとさせた後、ノートに視線を落としたまま黙ってしまう。沈黙の時間が流れて、生まれたての子鹿のように震える彼女にクラスメイトの視線も集まって、ずっと黙って立ち続けているそんな彼女の様子を見ていると俺はいたたまれなくなってくる。


 うちの英語の教師はかなりキツイ性格だ。

 分かりませんは絶対に許さず、答えが分かるまでしつこく厳しい物言いをしてくる。


 ちゃんと予習はしていなかったのか? ちゃんと授業を真面目に受けているのか? そう言って生徒達にプレッシャーのかかる言い方ばかりするタイプ。だから英語の授業の前になると当てられる順番が来そうなクラスメイトは、こぞって答えを求めて俺の元に集まってくるのだ。


 そしてコミュ障であるメアにそんな事が出来るはずなかった。誰かに何かを教えてもらうなんて姿は転校して来て以来一度も見た事がない。彼女は自分の力で答えを出そうと頑張っているのだが……結局答えは出ないまま。英語の教師が眼鏡の分厚いレンズの向こうで眉をひそめて、このままじゃまずいなと思った俺はメアに助け船を出す事にした。


 ノートの切れ端を取ってそこに訳文を書き記す。それを教師が視線を外した瞬間に合わせてメアの机の上へと置いた。


 メアはぱっとこちらを見た後、ノートの切れ端が机に置かれている事に気付く。そして切れ端に書かれた訳文を声に上げて読み始める。


 それを聞いた英語の教師はうんうんと頷いた。


「雨宮さん、今の訳で正解です。この文章は~」


 英語の教師はメアの回答に満足し授業を続ける。その様子にメアはほっと息をついた後、ゆっくりと椅子に座るのだった。彼女が窮地を脱したのを見て俺も一安心。そしてメアから視線を外して、黒板の方を見ようとした時だった。


「どうして……いつも、助けてくれるの?」


 ささやくような声が聞こえる。


「そりゃ困ってる雨宮を見捨てておけないだろ」

「そ、そう……」


 小さな手をぎゅっと握りしめて、机に置かれたノートの切れ端を見つめながら彼女は異世界の言葉を呟いた。


「ゆあべくが……」


 それからの彼女は一言も喋らなくなったがその理由は分かっていた。彼女は照れているだけなのだ。


 彼女は頬を紅くして、口元を優しく緩ませながら、ノートの切れ端を大切そうにし続ける。


 さっきの異世界の言葉『あなたはとってもかっこいい人』とかそんな感じの意味だった。


 いつでも頼ってくれて構わないのに恥ずかしくてそれが出来ないメア。でも、こうして彼女が喜んでくれるのなら、これからもこうやって彼女の手助けを続けてやらないとな。そんな事を思いながら俺は教科書の次のページをめくった。

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