第2話 Little by Little
二月中旬の日曜日。電車で数駅先にある悠太の家へ。お姉さんと一緒にお菓子作りをする日がやって来たのだ。到着して数分、家の前でウロウロしている。傍から見れば不審者だ。
悠太の家には去年一度だけお邪魔した。一緒に家庭科の宿題である、クッションカバー作りをするためだった。なんといっても、刺繍が難しかった。なんせ、私たちは絵心がない。完成予定図を描いて提出したら、先生から「何描いているのかわからない」と苦笑されたほどだ。配られたプリントに載っていた柄の例を参考に、二人で苦戦しつつも、なんとか作り上げた。その日はご家族みなさんお仕事などで外出されていていらっしゃらなかった。
話を聞いてる限りだと怖いお姉さんには思えないけど、教え方ヘタクソすぎて嫌われたらどうしよう。脳内で何度もレクチャーする練習はしたけど……。ああもう! こんな寒い中で考えば考えるほどネガティブになってしまう。覚悟を決めて、えいっと勢いよくインターフォンのボタンを押す。すぐに、
『今、開ける』
という悠太の声。ぎぃぎぃ軋む音がする門扉を開け、玄関ドアの前に近づくと、開いたドアから悠太がひょっこり顔を出す。
「よっ」
「よ、よっ!」
思わずオウム返ししちゃったけど、いつもお互い「よっ」なんて言って挨拶しない。たぶんだけど、悠太も少し緊張してるのかもしれない。しきりに、着ているパーカーのおなかの部分で手汗拭いてるし……。リビングに通されると、そこには女性が二人、立って出迎えてくれた。
一人は長い黒髪をポニーテールにしてまとめ、黒いパーカーにショート丈のデニムスカート。厚手の黒タイツを履いている。もう一人は黒髪の女性より、頭一つ分背が高い。明るい茶髪はパーマでふんわりとさせていて、淡いピンクのニットワンピースともぴったりだ。
「悠太、お姉さん、二人なの⁉」
そんなの聞いてない……! シミュレーションしてきたことが一気に砕けて焦る。
「違う違う! 俺の姉ちゃんは……」
「は、初めまして! 悠太の姉の
語尾を噛みながら、勢いよく頭を下げたのは茶髪の背の高い女性だった。私も慌てて頭を下げる。
「初めまして! 岸野深雪です。いつも悠太くんにはお世話になっております」
「きっと悠ちゃんの方がめちゃくちゃ深雪ちゃんのお世話になってると思うの。いつもありがとうね」
「いえ、そんな!」
優しそうなお姉さんで安心した。じゃあ、お隣の方は……? と、頭にハテナを浮かべていると、黒髪の女性と目が合った。ニカっと歯を見せて笑う。
「あっ、彼女はわたしのお友達の
「どうもー。アタシも一緒にお菓子作らせてもらいたくて来ちゃいました。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします!」
「悠太、深雪ちゃんめちゃくちゃかわいいじゃん」
そう言うと、咲さんは横に立っていた悠太を肘で小突く。悠太は特に何も言わず、嬉しいような、恥ずかしそうな、不思議な表情を浮かべている。そこは胸張って肯定してよ! と思うけど、彼も彼でますます緊張してるのが伝わってきた。それを察したのかわからないけど、
「みんなでお茶飲みながらちょっとお話ししよっか。悠ちゃんと深雪ちゃんはコタツ入って待っててね。咲ちゃん、手伝ってもらってもいいかな?」
「まかせろ~」
残された悠太と共にコタツに入らせてもらう。暖かさに一気に脱力し、腕をテーブルに置き、そのまま突っ伏す。
「今日、平年より気温低いらしいな。そんな中、来てくれてありがとう」
「そんな遠くないし。あぁ~、コタツの温かさには誰も勝てない」
「深雪がそんなだらけるところ、初めて見た」
「私だってだらけるよ?」
「深雪ってすげぇ真面目で、そんなとこ、学校じゃ絶対見せないじゃん」
「そんなの恥ずかしいもん」
「彼氏特権ってことか」
そう言って、笑う。頬も耳のふちも真っ赤だ。自分で言って自分で照れるなんて。そういうところがかわいくて、好きなんだよね……と頬が緩む。
真綾さんと咲さんが紅茶と、一口サイズの小分けされたバウムクーヘンを用意して持ってきてくれた。
「深雪ちゃん、紅茶飲める? もし飲めないなら他の用意出来るからね」
「ありがとうございます。紅茶大好きなので」
「よかった~」
湯気とともに上って来る紅茶の良い香りは、どこか甘みを感じさせる……桃かな? いつもなら入れる砂糖とミルクを入れずに飲んでみよう。猫舌だからゆっくりとすする。渋みが少なく、口当たりがサッパリしていて、私好みだ。
「この紅茶とてもおいしいです!」
「本当? 白桃のフレーバーティーらしくて、
「悠太から聞いてます。とってもカッコいいって」
「えへへ……照れちゃうな。深雪ちゃんが来てくれるって話したら、これをって」
「
「君彦くん、悠太のことを本当の弟のように思ってくれてるから、たぶん深雪ちゃんが来てくれるのも嬉しいんだと」
「さっきわざわざメッセージ来たしなぁ」
「えっ! そうなの? 君彦くん、なんて?」
悠太はテーブルに置いていたスマホを手にすると、メッセージを読み上げた。
「『緊張している真綾をサポートしてやってくれ。お前の彼女もきっと緊張しているだろうから、フォローを忘れず。
「なんだよ! 神楽小路めぇ、適当だな!」
「そのあとに『あいつならうまいこと場を回してくれるだろう』ってちゃんと書いてるから!」
「ホントか~?」
「咲ちゃんを信頼してるんだよ!」
「そうっすよ! ……たぶん」
「あっ、今日のレシピ候補まだご覧になってなかったですよね?」
私はバッグからプリントアウトしてきたレシピの束を取り出す。
「こんなにたくさん!」
「これは悩むなぁ」
「だねぇ。どれにしよっか」
お二人とも身体をくっつかせて、真剣にレシピを見つめている。
「どれもオーブンなしで作れます。もしかしたら使うかもと思って、電動泡だて器も持ってきました」
「ありがとうね。我が家にないもんだから……!」
「いえいえ、これくらい。ちなみに今日作ってすぐ渡されますか? 何日か置きますか?」
「私も咲ちゃんも今日渡す予定だよ」
「じゃあ、この辺りでも大丈夫ですね」
みんなで相談した結果、チョコマフィンを作ることになった。ホットケーキミックスを利用して簡単に作れる。電子レンジで作れるけど、一つずつ過熱していかないといけないから、少し時間はかかる。これは以前私自身作ったことがあるので、失敗の心配は少ない。
「頑張って作ろうね」
「だな! 今日は深雪ちゃん、いや深雪先生、お願いします!」
「が、頑張ります……!」
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