第3話 Little by Little
冷たくなってた身体も程よく温まり、緊張も少しほぐれたところで、キッチンへと移動する。
真綾さんと咲さんは、お揃いのエメラルドグリーンの生地に白い糸で小さな花が刺繍されているエプロンを、私はいつも家で使っているキャンバス地のシンプルなエプロンを身に着ける。
「なんで俺まで……」
そうやってグチグチ言ってる悠太のエプロンは、昔流行った学生服を着たクマのキャラクターがプリントされた赤いギンガムチェックのものだ。
「前にお母さんが会社の人からもらったエプロンちょうどだね」
「俺はその辺で見とくからエプロンなんて」
「お? この場にいるってーのに、深雪ちゃんに作らせて、オマエはおいしくいただくだけか~?」
「私も悠太と一緒に作れたら嬉しいなって思ってたんだけど」
女性三人に追い込まれ、観念したように縮こまる。
「……本当に家庭科苦手なんだって」
「そんなのやってみないとわからないよ? ね、深雪ちゃん」
「真綾さんの言う通りです。ほら、手芸だってやってみたら楽しいって言ってくれたじゃん」
「まぁ、そうだけど」
クッションカバー作りをしていた時、「わかんねー」と言いながらも、器用に針を刺し、動かす姿が印象的で、思わず手芸部にスカウトしたいくらいだった。
咲さんは悠太の肩をぽんと軽く叩く。
「一人じゃねぇんだ。真綾はお菓子作りサッパリだし、ワタシもホットケーキくらいしかつくれねぇ。一緒に頑張ろうぜ。なぁ?」
「頑張りますけど、あの……」
「なに?」
「なんでそんな怖い顔するんすか!」
「あ? こんなにカワイイ笑顔のワタシのどこが怖い顔なんだぁ?」
「怖いっすって! 目をそんな見開いて、口角上げられたら怖いっすって!」
「家庭科の授業ってすーぐ男子サボるからよぉ。ちゃーんと言わねぇと、さ?」
「ちゃんとやりますって!」
「悠ちゃん、しれっと家のお手伝いサボってたもんね。掃除してるふりして漫画読んだり」
「む、昔の話だろ」
年上二人にもみくちゃにされて、てんてこまいな悠太の姿にひとしきり笑ったあと、四人でダイニングテーブルを囲み、作り始める。最初に板チョコを手で割って耐熱ボウルに入れていく。今日は作る個数も多いから四人でパキパキ割る。
「ずっと気になってたんだけど、悠ちゃん、ちゃんと彼氏してる?」
「へっ!」
「ちょっ、姉ちゃん!」
「真綾、悠太本人目の前にしてストレートパンチ食らわせすぎだろ~」
「えっ? そうかな……?」
「あの、その、優しくて、いつも気にかけてくれてます」
真綾さんと咲さんが「おぉ~」と声を上げる。
「なんだよ、二人とも。その『おぉ~』って」
「悠ちゃんがケンカせずに、仲良く、紳士的に接してるってわかって、お姉ちゃんも鼻が高いっていうか」
「初対面の彼氏の姉にいきなり悪い部分言い出せるワケねーだろ」
「悠太に悪いとこなんてないもん」
と補足すると、悠太は一瞬で顔を赤らめた。
「おいおい~。悠太照れてやがるぞ」
「そういうところがかわいいよねぇ」
「はい! とても」
「うるさいっ!」
悠太はそう言うと、やけくそ気味にチョコレートを一欠けら食べた。
「真綾さんの彼氏さんはどんな方ですか?」
真綾さんの目が一瞬にして輝きだす。
「君彦くんもとってもかっこよくて、とってもやさしい人だよ」
彼氏さんのことを思い出しているのか、頬も目も溶けるように緩んでいる。
「なんつーか、溺愛っすよね」
「甘々だからな、神楽小路は。学校でもずーっと隣で離れないし」
「あっ、ちゃんと授業中は授業に集中してるからね⁉」
真綾さんが大慌てで否定する横で、咲さんがニヤリと笑う。
「って言ってるけど、机の下で二人が手つないでること知ってるからな?」
「咲ちゃんなんで⁉」
「出席番号順だと二人の後ろの席に座ってることが多いだろ? だから見えちゃうんだよなぁ。真綾がぐーっと左手伸ばして、神楽小路の左手に重ねてさぁ」
「姉ちゃんさぁ……」
「そんな目で見ないで……」
顔を真っ赤にしたまま、真綾さんは割り終わったチョコレートが入ったボウルをレンジに入れた。溶けたチョコレートに砂糖、たまご、油を入れて混ぜていく。
「これで何人分作ってんの?」
「えっとねぇ、わたしたち四人分でしょ? で、お母さん、お父さん、君彦くん、
「姉ちゃん、駿河くんって誰なんだ?」
「わたしの友達であり、咲ちゃんの彼氏さんだよ」
「えっ、咲さん彼氏いるんすか!」
「おいおいおい失礼だろ!」
ホットケーキミックスの入った計量カップを手に咲さんが怒る。
「うわっ! 粉かかるんで落ち着いてください!」
「悠ちゃん失礼でしょ!」
「そうだよ、悠太!」
「ごめん、ごめんて! 咲さんの彼氏さんってどんな方なんすか」
「よくぞ訊いてくれた。
「咲ちゃんと駿河くんもとっても仲良しでね。お互いがお互いのこと本当に大好きなんだなぁっていつも思うの」
「素敵ですね!」
「へへっ、照れる」
「駿河さんがどんな人か見てみたいっすよ。いろんな意味で」
「いろんな意味でってなんだ?」
「いろんな意味は……いろんな意味っす」
「ほぉ~ん? これ以上はあえて訊かないでおくぜ」
そう言いながら咲さんがホットケーキミックスを入れ、真綾さんが木べらでしっかりと混ぜる。そのあと、百均で見つけたマフィンカップに入れていく。
「じゃあ、空気抜きを忘れずにやってから、過熱します」
「空気を抜く?」
と頭上にハテナを浮かべる悠太に、真綾さんは近づく。
「容器の上の方を持って、こうやってトントンって軽く机で底を叩くの」
「へぇー」
「なんか兄弟がいるっていいなぁ~」
「咲ちゃん一人っ子だもんね」
「一人っ子の人見知りだからな」
「咲さんが人見知りなワケないじゃないっすか。俺と初めましてーって挨拶したその三秒後にはめちゃくちゃ喋って来たし」
「そりゃあ、真綾の弟だもん。初対面の気がしない」
「やっぱり悠ちゃんとわたし、どこか似てる?」
「照れた時の顔がそっくり」
「そこ⁉」
「そこなの⁉」
「咲さん、わかります。目を伏せた時の感じとか似てますよね」
「だよなぁ」
「そんなの初めて言われたよ~」
「自分たちじゃ全然わかんねぇー」
素直に喜んでいる真綾さんと、こめかみを掻いている悠太。私と深月も似ているところあるんだろうか……。
このあとは、一つずつ電子レンジで五十秒~一分様子を見て加熱していく。前に何個かまとめてやったら、うまく膨らまなくて失敗した。面倒だけどそこはレシピ通りにやっていく。
「なぁなぁ、テレビの横に置いてあるのってゲーム機だよな?」
咲さんが指さす先にあるのは、最新のゲーム機だった。
「そうっす。俺がお年玉で買ったばかりで」
「アタシ、テレビゲームってあんまやったことなくてさー。あとでちょっと遊ばせてもらってもいい?」
「いいっすよ。ソフトも、『モリオカート』っていうレーシングゲームしかないけど」
「マジ! 『モリカー』やってみたかったんだよ!」
「初心者でも手加減しませんから」
「そうじゃなきゃ楽しくないもんな!」
と盛り上がる二人に、真綾さんが微笑む。
「わたしゲーム苦手だから、今遊んでおいでよ」
「真綾いいのか?」
「いいよいいよ~」
「深雪もゲームしようぜ?」
「私は真綾さんとマフィンの焼き加減見ておく」
「わかった。じゃあ、咲さんやりましょう!」
「おう!」
二人はエプロンを外すと、リビングに駆けていく。
「ゲーム、混ざらなくてよかったの?」
「ええ。私もあまり得意な方じゃなくて」
「そっかそっか」
真綾さんと二人で電子レンジを見つめ、出来上がりを確認していく。なんだか理科の実験みたいだ。
「そういえば、こないだスコーンありがとうね。とってもおいしかったよ」
「喜んでいただけて光栄です」
お母さんの出産控えてるしということで、帰省などはせず、年末年始は家でゆっくり過ごした。見たいテレビもなく、宿題の息抜きにと、十二月三十一日の昼間にプレーンと、ベリー入りの二種類のスコーンを作った。初詣の約束もしていたし、悠太に「ご家族皆さんで食べて」と渡したのだった。
「お店で売っててもおかしくないくらいおいしいスコーン作れる深雪ちゃんに、絶対お菓子作り教えてほしいなって思って」
「真綾さんとお会いできるきっかけになって、とても嬉しいです」
「わたしもだよ。おうちでもよくご家族とお菓子作りして食べたりするの? ……あ! さっきから質問攻めしちゃってごめんね」
「いえ! いろいろ訊いてくださって嬉しいです。お菓子作りはお母さんと一緒によくしてます」
「いいねぇ。そういえば、妹さんがいらっしゃるんだよね」
「あ、はい。中学一年になる妹がいます」
「深雪ちゃん、すごい落ち着いてて、わたしよりお姉ちゃん感あるなぁって思ったよ」
「そうですか? でも、ウチは悠太と真綾さんのように仲良くなくて、こんな風にお菓子作りもしたことないです」
「そうなんだ……」
「なんかこのまま仲良くないまま過ごしていくのかなぁとよく思います」
真綾さんは次のマフィンをレンジに入れ、
「深雪ちゃんは妹さんと仲良くしたい?」
そう言って、スタートボタンを押す。膨らむマフィンの生地を眺める。
「仲良く……なんですかね? 実は、もう少しで弟か妹が生まれる予定で」
「それは嬉しいね」
「すごく今楽しみなんですけど、だけど、このままだと妹と協力し合えないし、仲良くない姿見せるのはなんだか悲しいし、恥ずかしいなって。真綾さんみたいに、もっとやさしく接することが出来たらきっと……」
もしそうなれたとして、深月はどう思うんだろう? 私が思っている以上に嫌いだったら……。
「兄弟っていってもわたしも悠ちゃんも一人の人間だからね。うまくいかない時期もあるあるだよ」
私と悠太がお弁当を巡って気まずい雰囲気だった同じ時期に、悠太はお姉さんともうまくいってなかったとこぼしていたことを思い出す。「素直に気持ちを伝えることが出来なくなっていた」と。
「でも、敵意はないよ、仲良くなりたいんだよっていう気持ちがあれば、少しずつ寄り添っていけるんじゃないかな」
少しずつ、か。その一歩を踏み出す勇気ときっかけ、ないかなぁ……。と思っていると、インターフォンが鳴った。
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