【完結】Little by Little
ホズミロザスケ
第1話 Little by Little
「じゃあ、今日がここまで」
先生が教科書を閉じる。椅子を引きずる音が教室に響き、
「起立、礼」
号令をしたと同時に、チャイムが鳴った。先生が教室を出て行ったのを確認すると、生徒は一斉に動き出す。
ある人は売店へ、ある人は食堂、ある人は部活へ。そして、私は、お弁当と水筒を持って、教室後方の席、教科書を片付けている男子のところへ行く。
「
「おう」
顔を上げ、私を見ると微笑んだ。
「「いただきます」」
二人で声を揃えたあと、お弁当のフタを開ける。
「今日も悠太のお弁当、気合入ってるね」
長方形のお弁当箱の中にはおかずたちが綺麗に、豪勢に並んでいた。
黄色がまぶしいたまごやき、こんがり焼き色がついているソーセージ。この二つは必ず入っている気がする。今日はそれに加えて、からあげ二個と、具材が一口サイズに切られている生姜焼きがシリコンカップに入っている。肉多めなのは食べ盛りの男の子のお弁当箱だなぁと思う。柔らかく蒸されたかぼちゃとにんじん、端にちょこんと置かれたミニトマトが彩りを添えている。
「母さんも姉ちゃんも昨日は休みだったから、おかず大量に作ってくれてさ」
「いいなぁ」
「そんなジロジロ見られたら食いにくい」
「ごめんごめん」
「
「いつも通り、冷凍のおかず詰めてきただけだけど」
「その串刺しの肉団子、めちゃうまそう」
「あぁ、これ、新製品ってPOPついてた」
「それとさ、オレのからあげ一個交換してくれよ」
「いいよ」
お腹を満たしながら、今日の授業のことを話していたら、二月末にある学年末テストに話題が移る。範囲が広いから、どの辺りが出るだろうなんて予想を言い合った。
もう三日後には月が替わる。こないだ初詣行ったところだというのに。
一月一日のお昼、悠太の最寄り駅の近くに神社があって、そこへ初詣に行った。どちらかというと小さい神社なのに、少しでも離れたら合流するのが難しいくらいの人の多さだった。悠太と手を握り、はぐれないようぴったりくっついて歩いた。数軒屋台が並んでいて、たこ焼きを買って食べたり、何年振りかにおみくじを引いて、二人とも大吉で喜んだり。ただそれだけなのに、特別な一日、とてもいい思い出になった。テスト終わったらどっか遊びに行きたいな。どこがいいだろう? 今ちょっと訊いてみようかなと、口を開きかけた時、悠太が先に発言した。
「あのさ、もうすぐバレンタイン……だよな?」
バレンタイン。その言葉にドキッとする。付き合って初めての、初めての彼氏と迎えるバレンタイン。正直、テストより重要案件だ。悠太の方から切り出してくるとは。
「そうだね。チョコで何か作って渡すつもりだから楽しみにしてて」
「それは楽しみにしてる。楽しみにしてるんだけど……。その……」
悠太は眉をひそませ、深刻な表情になっていく。唾を飲み込み、彼の言葉を聞き逃さないように耳をすませる。
「お、オレの姉ちゃんが深雪にチョコづくり教えてくれないかって……」
「へ?」
ネガティブなお願いでなかったのには安心した。けど、予想の斜め上すぎる内容に驚きのあまり椅子からずり落ちかけた。
「……どう?」
「どうって、別にいいけど……」
「よかった~……。いや、姉ちゃんがどうしても深雪に教えてもらいたいってうるさくて」
そう言うと、悠太はふやけたようにニコーっと笑う。
私はまだ悠太のお姉さんに会ったことはない。だけど、悠太と話しているとよく話題に出る。三歳年上の大学一年生。芸大に通っていて、バイト先はケーキ屋さん。そして、
「悠太が前に言ってた、イケメンでお金持ちの彼氏さんに渡すのかな?」
「それしか考えつかねぇ。今まで友達とか家族に渡すチョコは市販のだったし」
「お姉さん、お菓子作りは苦手だったんだよね」
「そう。料理は得意なのに、お菓子作りになるとてんでダメっつーか……」
にんじんを口に含み、飲み込んだあと、
「まだ家にオーブンがあった頃、まだ小学生だった姉ちゃんが急にクッキーを作るって言いだしたんだよ。なんか友達間で手作りお菓子渡し合うのが流行ってたらしくて」
と続ける。
「あるある。そういう時期」
「お母さんも手伝って作り始めたんだけど、あの二人おおざっぱだからさ。目分量でやっちゃって、この世のものとは思えない真っ黒の炭の塊が出来た……。姉ちゃん泣きだすし、なんか作ってもらって食べないのも悪いなと思って一口食べたらとにかくマズすぎて、俺も泣いたわ」
「あー……」
分量ちゃんと量らないとうまく膨らまなかったり、温度もしっかり調整しないと焦がしてしまうからなぁ……。
「あれ以来お菓子作りなんてしなくなったんだけど、『ちゃんと作って渡すの!』ってうるさくて」
「でもわかるよ。好きな人に手作りのを渡したいっていう気持ち」
去年、付き合って早々悠太との関係がギクシャクした時期があった。
その原因は、私が寝坊し、思い描いてたような手作り弁当を作れなくて、一人で拗ねてしまったからだ。悠太には本当に悪いことをしたなって反省してる。でも、あの時の私も、「好きです」という思いをお弁当に詰めて渡したかった。自己満足だとわかってても、悠太のことが大好きで、付き合えたのが嬉しかったから……少し背伸びをしすぎた。きっとお姉さんも大好きな彼氏さんに思いを込めて作って渡したいのだ。その思いをちゃんと叶えるお手伝いさせてもらわなきゃ。
その日の夜、宿題を終わらせてスマホを見ると、悠太からメッセージが来ていた。
『深雪が快諾してくれたって姉ちゃんに伝えたら、めっちゃ喜んでた。よろしくお願いします! ってさ』
『一緒にお菓子作り出来るのを楽しみにしています、こちらこそよろしくお願いしますって、お伝えください』
と文字を打ってから、猫のキャラクターが「よろしく!」と手を挙げているスタンプを送る。
『で、もう一つ伝言なんだけど、ウチ、オーブンがないから、オーブン使わなくても作れるチョコレシピだとありがたいんだって』
『わかった。レシピ探してみるね』
そう送信したと同時に下の階から大きな物音がした。慌てて、階段を降りる。キッチンに駆けつけると、ショートカットの後ろ姿が見えた。
「
妹の深月が呆然と立ち尽くしている。床を見るとガラス製のシュガーポットが粉々に割れていて破片と、白い粉が散らばっている。
「ごめん。砂糖詰め替えようと思ったら手が滑って……」
「ケガないならいいけど……」
「すぐ片付けるから」
そう言ってしゃがみ、手で破片を拾おうとするから、
「あっ! ガラス、素手で触らない!」
と大声が出てしまう。行き場をなくした引っ込めた手で髪を触っている。
「ごめん。何か手伝えること……」
「いいよ、ここはやっておくから」
深月は気まずそうな表情を残し、階段を上って行った。自分の部屋に入って行ったのだろう。私は納戸から軍手と新聞紙、ガムテープにビニール袋を持ってくる。軍手をはめてから、目についたガラス片を新聞紙にまとめて、袋を閉じる。こぼれた砂糖は思ったよりは少なかったから、小さいガラス片とともに掃除機で吸い上げる。
「こんな時にお母さんがいればな」
掃除機の操作音に紛れるように私は呟いた。
だけど、私たち姉妹は昔からそんなに仲良くない。おもちゃの取り合いから始まり、どっちが皿を割ったとかの罪のなすり合い、ちょっとした言葉の言い方でケンカ。仲良くしている思い出を探す方が難しい。趣味も私は手芸とお菓子作り、妹はバレーボール。運動神経のない私と、細かい作業が苦手な妹。正反対だから、高一と中一になった今でも話すことがない。何考えてるのかわからない。いつもはお母さんが仲裁役、私たちの真ん中に立ってくれていたから、円滑にいってたのにな。
「はぁ~」
ため息しか出ない。お母さんが帰って来るまで、もう少しの我慢と思いながらも、気を使ってしまってしんどい。別に嫌いになりたい訳じゃない。でも、無理に仲良くしてこれ以上嫌われるのも嫌。どこか寂しい私と妹の関係は、家族が増えたあともずっと続いていくんだろうか。
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