第23話 手紙
ノルディスタントという反国家団体が俺たちの通う学園の近くで動き出したという情報を掴んだ王は、遠征を全国の貴族に発令するとともに、ノルディスタントを再び倒すまでゼルドさまとメリルさまを王宮に匿うことに決めた。
それに伴い、ゼルドさまとメリルさまについてきた俺も、しばらくの間は王宮内で過ごすこととなった。
当然その期間は学園を休むことになるが、大して今の授業内容に価値があるわけではないので、特に問題はないだろう。
話によると、一週間後には全国の貴族がこの地に集まり、ノルディスタントの目撃情報がある場所に先手で攻撃を仕掛けるらしい。
俺は遠征に初参加なので、いったい遠征とはどのような感じなのか少し気になった。
「ゼルドさま、遠征とはどのようなものなのでしょうか」
俺は近くで本を読んでいたゼルドさまに尋ねてみる。
「そうだね。一言でいえばただの戦だよ。当然敵を殺すことになるし、こちら側の兵士や貴族の死体を見ることだってある。正直参加しなくていいなら参加したくないよ」
ゼルドさまは表情を曇らせながらそう答えた。
「ですよね。すみません、嫌なことを聞いてしまって」
「いやいいだ。それに流れ的にユーリくんも参加することになるだろうし、遠征について気になるのも当然さ」
俺もゼルドさまの言う通り、遠征にすんなりと参加することになると考えていた。
今日の夜が訪れるまでは。
その日の夜、俺のもとに一通の手紙が届いた。
内容はこうだ。
『ユーリ・アルスレアへ。今回の遠征も君は参加するな。そしてこの手紙の存在は誰にも知らせるな。もしどちらかを破れば大切な人を失うことになるだろう』
「はぁ、またか」
俺はその手紙を読んで、深いため息をついた。
俺がこれまで遠征に参加したことがない理由。
それはこの手紙が遠征が発令されるたびに、毎回俺のもとに届いていたからだ。
もちろんこの手紙の内容ははったりで、俺をただ遠征に参加させたくないだけなのかもしれない。
だが仮に真実で、大切な誰かを失ってしまえば、俺は悔やんでも悔やみきれないだろう。
そう考えて、これまでの遠征には行かないようにしていた。
送ってくる相手さえ分かれば済む話ではあるのだが、そもそもこの手紙は匿名なうえ、手紙にも何一つとして送っているであろう人物の手掛かりはないので、どうしようもなかった。
しかし今回はすでに王に遠征の手伝いをすると告げてしまっている以上、参加しないというのは無理な話なのではないだろうか。
「はぁ、いったいどうすればいいんだよ」
この手紙はただのはったりと思い込んで、このまま遠征に参加するべきか、それとも無理やりにでも言い訳を作り、今回もなんとか参加しないように動くべきなのか。
しかし今回は俺に悩む時間すら、与えてくれないのであった。
「なにー!、もうノルディスタントの連中が暴れ始めただと!」
俺のもとに手紙が届いた夜の次の朝。
起きて部屋の外に出ると、王の慌てた声と報告する兵士の声が聞こえてきた。
「はい。しかも今回はかなりの数です。このままだと今日中には今襲われている地方は陥落し、最悪このユーレシアに攻めてくるでしょう」
「だがまだこちらの戦力は整っていなしなぁ、仮に今集まっている戦力で戦えば勝算はあるか?」
「勝算はあるでしょうが、こちら側も大きな損害を被る可能性が非常に高いでしょう」
「くそがっ!だがこのまま奴らが暴れまわっているのをただ傍観しているわけにもいくまい。至急動ける貴族全員に伝えよ。ただちにノルディスタントとの戦を始めると」
「はっ!」
どうやらノルディスタントが想定よりも早く動いたらしい。
「いったい何の騒ぎだい?」
「なんだか足音が騒がしいのだけど」
異常を察知したのか、ゼルドさまとメリルさまが慌てて部屋を出て、俺の元へやってきた。
「どうやらノルディスタントが動き出したようです。そして今動ける兵だけでノルディスタントとの戦を始めると王が」
「そんな急にかい……」
俺が状況を説明すると、ゼルドさまが明らかに落胆する様子を見せた。
そんな会話をしていると、王が俺たちの元へやってきた。
「ゼルド、メリル、そしてユーリくん。状況は聞いただろう。本当は王宮に匿っておきたかったが、どうやらお前たちも戦に参加してもらうことになりそうだ。今は少しでも戦力が欲しい。参加してくれるか」
王は必死な様子で俺たちに声をかけてきた。
それくらい状況がひっ迫しているのだろう。
「もちろんさ。少しでも犠牲者を減らすためにも参加するよ」
ゼルドさまは参加すると即答した。
「私の光魔法も必要でしょうし、兄さまが参加する以上私も参加するわ」
どうやらメリルさまも同様、参加する決意は固そうだ。
「俺は……」
しかし俺はすぐに参加するとは口にできなかった。
思い出されるのは昨日俺のもとに届いた手紙。
遠征に参加すれば大切な人を失うと手紙には書いてあった。
おそらく、俺の大切な人というのは今の状況を鑑みるにゼルドさまとメリルさまを指しているに違いない。
俺は思わず二人を見た。
「ユーリくん?」
「どうしたの、そんなに苦しそうな表情で私たちを見て」
俺の悩みなど知るはずもないゼルドさまとメリルさまは、不思議そうな様子で俺を案じてきた。
しかし、だ。
冷静に考えれば俺が二人を守ればいいのではないか。
そもそも俺は二人の護衛だ。
俺が二人から目を離さなければいいだけの話ではないのだろうか。
そう考え、俺もようやく決意を固めることができた。
「いえ、俺も参加します」
俺はついに参加することを表明した。
「助かった。ではお前たちも準備してくれ」
俺たちの返答を聞いた王は、安堵の表情で俺たちの元から離れていった。
参加すると宣言した以上、もう後戻りすることはできない。
手紙のことは気にかかるが、その分俺が注意すればいいだけのこと。
俺はそう思い込むことにした。
だが俺はこれから知ることになる。
この手紙が俺に伝えようとしていたことと俺が手紙を読んで解釈していたことはまるで別物であったことを。
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