第19話 剣術技能試験⑤
「それでは、試験開始」
シーナ先生の合図とともに、勝負の火蓋が切られた。
まず俺はあえてキース先生の動きを見るために動かない。
仮にこれで間合いを詰めて仕掛けてくるのであれば、それは俺の実力を軽視し、これまでの生徒たちと同じような実力だと判断したということ。
そうであれば、それは相手の技量すら図れていない。
すなわち二流以下だ。
もしそうなったならば、期待はずれということで容赦なく叩き潰すとしよう。
そう思いながら俺はキース先生の様子を伺っていたが、どうやら動く素振りはない。
少なくても俺のことをロノアクラスの技量はあると判断したとみていいだろう。
なるほど、この人は周りの意見よりも自分の感覚を信じているということか。
面白い。
どうやらゼルドさまの見立ては間違っていなかったということ。
では最低限の確認も済んだということで、そろそろ本番に行くとしよう。
俺はロノアと同じようなスピードで間合いを詰め、キース先生に剣を振り下ろす。
すると予想通りキース先生は俺の剣に剣を合わせ、無難に防がれた。
さらに剣を合わせられた時に、キース先生の相当なパワーが手に伝わってくるのを感じる。
このパワーが手に伝わってくるのであれば、これまでの生徒たちが剣を合わせられた時にひるんでしまうのも納得だ。
だがひるむのは、あくまでまだ剣術が未熟なこれまでの生徒であればの話。
俺がこの程度の力でひるむはずもない。
しかしロノアの時と違い、俺がひるまないのを見ても、キース先生に動揺の色は見えない。
まるで初めからこうなることが分かっていたように。
その後も俺が剣を振りかざし、それをキース先生が剣で防ぐという動作を繰り返す。
内心この人の底が見えず逆に驚かされていた俺に、キース先生は剣を交えながら口を開いた。
「お前は強いな。それもこれまでの生徒とは比べ物にならないほど」
「分かるんですか?」
俺はキース先生の口車に乗ることにした。
「ああ、長年剣士をやっていれば一目で相手の力はおおよそ察することができる。だがお前を見ても、まるで底が見えてこない。だから俺に見せてくれ。お前の全力ってやつを」
全力を出すつもりはさらさらないが、このままこの討ち合いが続いたところで、状況が変わることはないだろう。
「では少し剣の動きを変えるとしましょう」
そう言うと俺は少し剣に力を加え、思いきり剣と剣がぶつかった衝撃を利用して少し後退し、そのまま息継ぎの暇も与えないようなスピードでキース先生と間合いを詰めた。
そして今度はただ剣を振りかざすのではなく、フェイントを織り交ぜながら剣を振りかざす。
まるでゼルドさまと同じように。
だがこれも想像通りきっちりと剣で防いでくる。
それもまだまだ余裕があるような表情で。
確かにこんなことをされては、ゼルドさまが愛想笑いを浮かべてしまうのも理解できる。
だがここまではあくまでロノアとゼルドさまの戦い方を模倣しただけに過ぎない。
言わばこれまで俺はただロノアとゼルドさま視点に立って、二人の戦いを見ただけということ。
なのでそろそろ真の本番に行くとしようかと思ったのだが、しかし俺とキース先生の戦いを見ている生徒たちが視界に入ると、みな驚きを隠せない様子であることが窺えた。
その事実を知った途端、ふと剣にこもった力が薄まっていくのを俺は感じた。
おそらくここまでのキース先生との剣のやり取りだけでも、おおよそ俺の目的は達成できたとみていいだろう。
なら目的も達成できたわけだし、これ以上は手の内を見せず、わざと負けてもいいんじゃないか?
心の中の俺が問いかけてくる。
確かにそうかもしれない、と思うが、同時に俺がこの学園に来た理由を思い出した。
今の俺がどれほどの強さなのかを知ること。
この目の前の男にすら勝てないようでは、俺の実力は所詮この国の騎士レベルということ。
それでいいはずがない、と俺はそんな仮定を否定する。
逆に言えば、ここでこの男を倒せば、騎士団団長クラスの力がすでに俺にはあるということ。
それが分かれば今の俺の強さとしての一つのいい指標となるだろう。
その考えに至ったのと同時に、俺の剣に重い一撃が重なった。
「ぐっ」
あまりの衝撃にひるむとはいかなくとも、俺は声を漏らした。
「どうした。急に剣が軽くなったぞ。力を抜いているのか、それともそもそもお前の実力がこの程度なのか。まあどの道こんなぬるいフェイントが続くようではそろそろけりをつけたほうがいいだろう」
そうキース先生が言いながら、後退し、直後これまでとは比較にならないほどの速さで俺との間合いを詰め、とても鋭く、素早い剣が体勢の整っていない俺に向かってきた。
「終わりだ」
そう言って俺に向けて剣を振りかざす。
すごい威圧感だ。
まるでさっきまでとは違う人物だと感じるほどに。
きっと心が定まっていなかったさっきまでの俺であれば、潔く負けを認めていただろう。
だが俺の次の目的はもう決まっていた。
この男に勝つ。
ただそれだけのこと。
俺は素早く剣を受け身に構え、キース先生が放つ重い一撃を受けきった。
まさか受けられると思わなかったのか、わずかにキース先生がひるんだ。
その隙を見逃さず、一転、俺はこれまでのロノアやゼルドさまの見よう見まねのような剣ではなく、正真正銘俺の剣で攻めに出る。
まるで流れるように剣で切り込んでいく。
さすがというべきか、一瞬でキース先生は体勢を立て直し、俺の剣を受け止めてはいるが、さっきまでの余裕飄々な様子は一切ない。
まさに防戦一方という様子だ。
このまま攻め続ければいける。
そう確信し、俺はさらに剣のスピードを上げる。
あと一押しでキース先生に剣が届く。
あと一押しで。
あと、一押しで。
あと……一押し?
だがいくらスピードを上げても、あと一押しまで届かない。
もはやロノアレベルの切り合うスピードは優に超えている。
おそらく俺とキース先生の切り合いを見ている生徒たちは誰一人として俺たちの剣先を追えていないだろう。
だがこの俺の目の前にいるキース・マルトスだけは俺の剣についてくる。
もうすでに俺はトップスピードになっている。
そしてこれは人の身で出せる限界スピードでもある。
この人が俺よりも純粋に速いというのか?
いや、年齢的に見てもそんなはずはないはず。
そんな時、ふとゼルドさまの言葉が蘇る。
『それに君はもしかすると実際にキース先生と対峙することで感じ取れるかもしれないしね』
俺が今感じている違和感の正体はなんだ。
人の身で出せる限界を超えるために必要なもの。
それを考えると、ふと俺の頭の中にはある一つのものが思い浮かんできた。
まさか、魔法?
だが基本的に剣士が魔法を使う場合は、直接魔法を使うのではなく、魔法を纏うことで自分のあらゆる能力を引き上げる。
それに魔法を纏うと体の周りにオーラのようなものが出現する。
しかしキース・マルトスからは現状オーラのようなものは見えていない。
一つ一つ状況を踏まえて考えていくと、俺の頭の中にある一つの答えが導き出された。
「まさか、魔法を纏わずに戦いの最中に魔法を使用しているというのか」
その問いにキース先生は一瞬驚いたような表情を見せたが、その後すぐに好戦的な笑みを向けてきた。
反応を見るに、どうやら俺の予想は当たっていそうだ。
だがいったいどのように魔法を使っているのか、まるで俺には分からない。
この勝負のカギは、どうやらそこに眠っているらしい。
まだまだこの楽しい勝負は続きそうだな、と人知れず俺は笑みを浮かべるのだった。
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