第7話 もう俺だけの話じゃない

 俺は眠りにつこうとベッドに横になろうとしたとき、突然俺の部屋のインターホンが鳴った。

 それを聞いた俺は一体こんな真夜中に誰だと眠い目をこすりながらドアを開けると、そこにはメリルさまが立っていた。

「……こんな夜中に、いったいどうされましたか?」

 メリルさまを見て、俺の眠気はすでにきれいさっぱりと消え去っていた。

「ちょっとユーリと話したいことがあってね。ここではなんだからあなたの部屋の中に入ってもいいかしら」

「え、ええ」

 こんな真夜中に男の部屋に自分から入ると言い出すとはメリルさまもなかなか豪胆だなと思いつつも、特に断る理由がないためメリルさまを部屋の中に入れた。

「適当にくつろいでください」

 そう言ってソファーに腰掛けると、俺の隣にメリルさまも腰掛けた。

 近い。それに入浴をしたばかりなのか、とてもいい香りが俺の鼻腔をくすぐった。

「コーヒーを淹れますね」

「ええ、よろしく頼むわ」

 どこか落ち着かない気持ちに耐えられず、俺はコーヒーを淹れるという口実を作りその場を離れた。

 二人分のコーヒーを作りながら気持ちを整える。

「どうぞ」

 俺は作り終えたコーヒーをテーブルに置き、座る場所を変えるのは変だと思い覚悟を決めて元いた場所に腰掛けた。

 ちらりと隣のメリルさまを見るとさっそく俺が淹れたコーヒーを優雅な作法で口にしていた。

「香りも程よく立っていて、なかなかおいしいわね」

「ありがとうございます」

 どうやら俺の淹れたコーヒーはメリルさまの口にあったようだ。

「それで、俺と話したいことというのはいったいなんでしょうか?」

「そ、それは……」

 俺がいきなり本題を口にしたせいか、珍しくメリルさまが言葉を詰まらせていた。

 俺に言いづらい話なのだろうか。

「安心してください。何を言われても俺はできる限り冷静でいますから」

「ほ、本当に?」

 不安そうにメリルさまがこちらを見つめる。

「ええ。大丈夫です」

「じゃあ、デリケートな問題なら深掘りしてごめんなさいと先に謝っておくわ。でもどうしても気になってしまったの。どうしてユーリはあれだけ同級生から根も葉もない噂を広められているの?ユーリは大丈夫だと言ってたけど本当はユーリは学園に行き辛いんじゃないかと思って、そう考えるとなんだか不安で思わず勢いで来てしまったのよ」

 どうやらメリルさまは俺を心配してこんな真夜中に俺の部屋に来たようだ。

 なおもメリルさまは続けた。

「兄さまはどこかユーリの事情を察しているみたいでわざわざ兄さまから聞くのもどうかと思って、だから一周回ってユーリ本人に聞こうと考えたわけなの」

 話を聞くにメリルさまもいろいろと思うところがあったらしい。

 だからメリルさまの不安を解消させるためにも、俺はすべてを自分の本音で語ることに決めた。

「わざわざ心配してくれてありがとうございます。そうですね、ではまずどうしてこんな根も葉もない噂が広がっているのか詳しく説明しましょう。はじめに質問なのですが、メリルさまは遠征という制度を知っていますか?」

「ええ、確か他国や賊との大掛かりな戦をするときに戦える人は参加する制度よね。確か貴族は魔力量が他の一般人と比べて多いから決まりはないとはいえほぼ強制的に参加する風潮ができていたような……」

「そうです。でも俺は一度もその戦に参加したことはないのです。祖父のルドウィンや妹のセリシアは毎回参加しているのに」

「まさか!そのことを他の貴族によって広められて、今日みたいに誰彼構わずにユーリのことを意気地なしとか臆病者とか言っていたっていうの?」

「まあそんなところです。正直俺もそう思われても仕方ないと思っている部分が少なからずあるので……」

 俺自体は戦に行ってもいいとは思っているのだが、によって毎回戦には行くなと止められていた。

 だがそれをもちろん公開するようなことはしない。

 だからなんの事情も知らない第三者がただ俺が怖気づいていると考えてしまうのも仕方ないとは感じてしまう。

 だから俺は何とも思っていないことを伝えるためにあえて軽い口調でそう答えた。

 だがそれを聞いたメリルさまは少し怒りを含んだ普段よりも少し大きな声量で口を開いた。

「本当にユーリはこのままでいいの?本当は兄さまに匹敵するぐらい強いのに。あなたは何も知らない有象無象に何を言われようと何とも思わないかもしれない。だけどあなたの実力を知っている私は悔しい!それに私の新しい護衛を馬鹿にされているようでそういう声が聞こえるたびに正直気分が悪いわ!」

 メリルさまの悲痛な叫び。

 それを聞いた俺は痛感する。

 もうこれは俺だけの話ではないということを。

 俺は非公式とは言え、メリルさまの護衛をやると宣言した。

 その護衛に向けて根も葉もない噂を振りまかれていたり、陰でボロクソに言われていたらメリルさまはもちろん、ゼルドさまも気分を害されるだろう。

 なぜそこまで俺は気が回っていなかったのか。

 少し前までの自分を殴りたい気分になった。

 とはいえ噂を解消にするにはどうすればいいのだろうか。

 俺は強いと自分から公言したところで当然信用されない。

 ゼルドさまやメリルさまに言わせても無理やり言っているように解釈されるに決まっている。

 ではどうしたらいいのか。

 少し考えればその答えはすぐに分かった。

「申し訳ありません。俺は自分が大丈夫なら放っておいてもいいと考えていました。メリルさまの気持ちも考えずに……」

「まったくよ!」

 そう言うとメリルさまはプイっと俺から顔を逸らして腕を組んだ。

「でも安心してください。この噂は今週中に収まります。いや、収めて見せます」

 俺がいきなりやる気を出したことが意外だったのか、メリルさまは驚いた表情でこちらを振り向いて口を開いた。

「いきなりすごいことを口にするわね。でもやる気を出すのはいいけど本当にできるの?噂というものを収束させるのはかなり難しいことなのよ」

 きっとメリルさまは噂に対抗するというのがいかに大変なことか分かっているのだろう。

 俺の言葉に半信半疑になるのも理解できる。

 しかし疑われてもなお俺は続ける。

「大丈夫です。俺を信じてください」

 俺は真剣な目をメリルさまに向けた。

 俺の目とメリルさまの目が数秒間重なり合う。

 そして先に折れたのはメリルさまだった。

「分かったわ。ユーリのその目を信じることにする。だから今の現状を何とかしてみせなさい。あなたは他でもない私の護衛なのだから」

「はい」

 結局のところ噂を収束される最も簡単な方法は一つしかない。

 それは公衆の面前で噂の内容を口ではなく行動で全否定して見せればいいだけの話だ。

 

 

 

 

 





 

 

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