第5話 思わぬ同級生
「ほら見なさい。私の言った通りになったでしょ!」
掲示板を見ると、一組の欄にゼルドさま、メリルさま、そして俺の名前がそこにはあった。
予想が当たったのが嬉しいのか、単純に俺たち三人が同じクラスになったのが嬉しいのか、はたまたその両方かその真意のほどは分からないが、とても機嫌がよさそうにはしゃぐメリルさまがそこにはいた。
「そうですね。まあ護衛のことを考えると、俺にとっても三人が同じクラスになれたことは素直に嬉しい限りです」
「僕も同じクラスになれて嬉しいよ。それじゃあクラスも分かったことだし、さっそく教室に向かおうか」
どうやらゼルドさまは同じく掲示板に書いてあった俺たちの教室のマップを一目見ただけでその場所が分かったのか、迷いのない足取りで歩き出し、メリルさまもそれに続いた。
もちろんこの学園に今日初めて足を踏み入れた俺が、この学園のマップの全体像を把握しているはずもなく、俺は黙って二人の後ろをついていった。
そしてゼルドさまが一つの教室に入っていき、俺もその教室に入る。
「おお、すごく広いな」
中は教室というには広すぎる空間が広がっていて、まるで講堂のように思えた。
「どうやら席は自由らしい。僕たちはどこに座ろうか」
黒板を見ると、席は自由と書かれていた。
幸いゼルドさまのおかげでこの教室までスムーズにたどり着くことができたためか、まだほとんどの席が空いていた。
「では極力目立たないように窓側の一番後ろの席に座りましょうか」
王子、王女、貴族の前当主が一緒にいては嫌でも目立ってしまう。
なので多少は目立たないためにも他の生徒の視野に入りにくい後ろ端の席がベストだろう。
「それがいいだろうね。メリルもそれでいいかい?」
「ええ、大丈夫ですわ」
どうやらゼルドさまもメリルさまも異論はないらしい。
こうして俺たち三人は窓側から俺、メリルさま、ゼルドさまの順番で席に座った。
とはいえ指定された集合時間まではまだ時間がある。
どうしたものかと考えていると俺たち三人の前に一人の男が姿を現した。
「お久しぶりです。ゼルドさま、メリルさま」
その男はあからさまに俺以外の二人に挨拶をした。
「君は確か……」
「申し遅れました。わたくしの名はバウラ・キャルレイ。キャルレイ家の長男であります」
バウラ・キャルレイ。
キャルレイ家の長男で確か時期キャルレイ家の当主の最有力候補と目されている男だ。
「ああ、君が噂に聞くバウラ・キャルレイか」
「ええ。一度数年前にお会いしたことがあるのですが忘れていても無理はありません」
ゼルドさまとの話が一端途切れたと考えたのか、バウラは一礼して今度はメリルさまの目の前に移動した。
「メリルさま、改めてお久しぶりです」
「はい、お久しぶりですね」
メリルさまは先程俺とゼルドさまと三人で会話していた時の態度からは一変し、おしとやか口調のメリルさまがそこにはいた。
とはいえメリルさまを見るにあまりバウラに興味がないのか必要以上にメリルさまから口を開くようなことはしない。
しかしバウラはどういうわけかずっとメリルさまの顔を見つめていた。
「な、なんでしょうか。そんなに私の顔を見つめられて」
さすがに鬱陶しかったのか、メリルさまがやむを得ず口を開いた。
「大したことではございませんよ。あまりにもあなたが美しかったもので、つい見入ってしまっていただけですよ」
などとまるで王女を口説くかのように決め顔でそうバウラは言い放った。
「そうですか。それはありがとうございます」
しかしメリルさまは表情一つ変えずに笑顔でそう言い受け流した。
「ではわたくしはそろそろ席に戻ります。きっとわたくしがあなたと同じクラスになれたのも何かの縁。今後ともよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
なおもバウラの洒落た物言いは続いたが、またもメリルさまは華麗に受け流した。
メリルさまの慣れた対応を見るに、これまでどれだけ猫をかぶってきたのかが伝わってくるようだった。
さすがに観念したのかバウラはメリルさまの元から離れ、俺の席の前を通る。
「……ふっ」
バウラが俺の目の前を通ったその間に俺は悪意に満ちた視線と嘲笑をバウラから受け取った。
そしてそのままバウラは自分の席へと戻っていった。
「なんなんだ、あいつは」
いきなりのことに思わず俺は小声で声を漏らした。
しかし幸いにもその声はゼルドさまとメリルさまには聞こえていなかったようだ。
それよりも俺の隣の席からは深いため息が聞こえてきた。
「はぁー、なんなのよあいつ。やけに私に絡んできて」
「おそらく彼は君が欲しいんじゃないかな」
ゼルドさまは恋している、とかではなく欲しい、と表現した。
「それくらい私にでも分かるわ。それにしても王女の私に向かってよくあそこまで堂々と口説けるわよね」
「きっと今一番勢いのある貴族の長男なだけあって、それだけ自信で満ち溢れているのでしょうね」
俺がそう言うとメリルさまはまたもため息をついて口を開く。
「別に自分のおかげで家に勢いがあるわけでもないのによくも肩書だけであそこまで自信満々になれるわよね」
「まあ、それが人の心理ですから」
人は他人よりも秀でているものがあれば、それはそのまま自分に対する自信となる。
例えばそれが単純な強さだろうが、家の名誉だろうが本質的にはあまり変わらない。
「とはいえ王女に対してあそこまで堂々と口説けるのはきっと彼くらいさ。だからそうそうあんなことは起こらないよ、メリル」
「そうだといいのだけれど」
二人はバウラのメリルさまに対する口説きについて言及していたが俺にはもっと気になることがあった。
最後に俺に向けた視線と嘲笑。
バウラも他の有象無象と同じように噂を聞いたからああいった態度をとったのだろうか、それとも……
いくら頭で考えたところで答えが分かるわけはない。
「はぁ、波乱の多い学園生活になりそうだな」
教室に入ってそうそう、俺は思わずそう呟くのだった。
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