第4話 不穏な始まり
「おはようございます。ゼルドさま、メリルさま」
「ああ、おはようユーリくん」
「おはよう、ユーリ」
待ち合わせよりも少し早い時間に、集合場所である宿舎一階のエントランスに向かうと、すでにそこには二人の姿があった。
「すみません、二人を待たせてしまって」
「全然大丈夫だよ。僕たちも今来たところだからさ」
ゼルドさまの口ぶりから、特に俺に気を使ってそう言ってるってわけでもなさそうなのでひとまずその言葉を素直に受け取る。
「分かりました。それならよかったです。それにしても……」
そう言って俺は二人の姿を改めて見た。
「な、なにかしら。私の姿、どこか変なところでもある?」
俺に見つめられたメリルさまは慌てたように自分の服装に視線を落とした。
「いえ、むしろその逆です。二人とも制服姿がすごく似合ってるなと思いまして」
ゼルドさまは制服を着たことによって、より上品さが増したように思えた。
メリルさまは落ち着いた色の制服とロングスカートが相まって、可憐さもありつつ上品さもあるという男の理想そのものというような姿をしているように思えた。
「そ、そう。ならよかったわ」
俺の言葉を聞いたメリルさまは安心したのか、そっと胸をなでおろした。
「もちろんユーリくんも似合っているよ」
「そうですか。それなら何よりです」
「うん。ではそろそろ行こうか」
「ええ」
ゼルドさまの言葉に合わせて俺たち三人は学園に向けて歩き出した。
この宿舎は学園から徒歩五分ほどの距離にあるため、ゼルドさまとメリルさまは馬車を使うのではなく徒歩で通うことにしたらしい。
「そういえば二人は学園に入ったことはあるのですか?」
歩きながらふと疑問に思ったことを俺は二人に尋ねた。
「僕はあるよ」
「私もあるわ」
どうやら二人とも学園に入ったことがあるらしい。
「そうなのですか」
「ユーリくんは初めてかい?てっきり君の家のことだから研究室に何度も入ったことがあると思っていたんだけど」
確かにゼルドさまがそう思うのも無理はない。だけど……
「俺には入る目的がありませんから。おそらく妹は幾度となく入ったことがあると思いますが」
そう言うとゼルドさまは話が見えたのが一度目を閉じて、
「すまない。ユーリくんからしてみればあまり快くは思わない話題だったね」
と申し訳なさそうにそう言った。
「いえ、昔は気にしていましたが今はもう気にしていませんよ」
これは今の俺の本音だ。
「そうか」
そう言いゼルドさまは口を閉じた。
空気が少し重いな、と億劫に思っているとその空気を引き裂くようにメリルさまが口を開いた。
「そういえばセリシアちゃんは元気にしてる?」
「ええ、セリシアなら今も元気にしていますよ」
メリルさまとセリシアは年が近いこともあり仲が良かった記憶がある。
「それなら安心だわ。あ、そうそうユーリ。学園なら期待していいわよ」
急に話が変わり戸惑う俺など知らないと言わんばかりに、メリルさまは続ける。
「設備はどこも最先端の技術が使われているからきっとユーリにも参考になることは大いにあるはずよ」
「そうですか。それは楽しみです」
きっと俺の気が沈んでいると考えて咄嗟にメリルさまはテンションが上がるようなことを言ってくれたのだろう。
よく気を配るようになったな、と素直に思った。
おてんばの片鱗はあるものの彼女はもう立派な大人の女性になったんだと俺が認識した瞬間だった。
学園に近づくにつれて、俺たちと同じ服装の人が増えてきた。
だがそれにしたがって、俺たちに集まる視線も比例して増えていった。
「あれはもしかしてゼルドさま!?」
「メリルさまもいるぞ!」
「いつ見ても素敵ですわ!」
「ああ、俺と結婚してくれ……」
などといった二人に向けた声が聞こえてくる。
その声が聞こえているはずのゼルドさまとメリルさまはというと、特に気にすることもなく平然と道を歩いていた。
学園の敷地に入るとさらに人が増え、ゼルドさまとメリルさまに向けた声だけでなく、俺に対する声も聞こえるようになった。
「二人と一緒に歩いているのは誰だ?」
「あれはユーリ・アルスレアだ。闇の一族の当主だよ」
「あれが闇の一族の当主か!だけど確か闇の一族の当主って……」
「ああ、確か闇の一族なのに闇魔法が使えない無能って話だ」
「確か呼び名は闇の一族のハミダシモノだったっけか」
「そうそう」
「じゃあなんでそんな奴が王子と王女と一緒にいるんだ?」
「きっと王子と王女が気を使ってくれてるんだろ。一人でいるとこの噂を知ってる人みんなに馬鹿にされるからな。まあ戦場が怖くていつも妹にまかせてるヘタレなんだから馬鹿にされても仕方ないけどな」
といった言いたい放題な声が四方八方から聞こえてくる。
それを聞いた俺は心底うんざりしていた。
予想通りとはいえ、いちいちそう言われるのは素直にめんどうだなと思った。
「ユーリくん、気にする必要はないよ」
「そうよユーリ。私たちはあなたという人を知っているのだから」
正直誰とも知らない有象無象に何と言われようが俺は何とも思わないが、二人の言葉は素直に嬉しい。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。こう言われるのはもう慣れっこですから。今更何とも思いませんよ」
それを聞いたゼルドさまはやさしく微笑んで、
「そうかい。それなら大丈夫そうだね」
と言った。
俺の表情から意地を張ってそう言っているわけではないことが分かったのだろう。
「それよりも私たち三人ともクラス一緒だといいわね!」
メリルさまがわざと話を変えるようにそう口にした。
この学園は魔法科と剣術科の二つがあり、毎年それぞれの学科に100人が入学している。
なので今年も変わらずにそうなることが考えられる。
そして魔法科と剣術科はそれぞれ2クラスに分けられる。
なので例年通りいけば一学科につき1クラス50人のクラスが2クラス、2つの学科を合わせれば計4クラス作られるというわけだ。
「単純な確率で言えば俺たち三人が同じクラスになる確率は25パーセントほどですが……」
「何を生真面目に言っているのよ。きっと同じクラスになれるわ。何せ私がなんとなくそう思うのだから間違いないわよ!」
自信満々にそう言い切るメリルさまを見た俺とゼルドさまは思わず笑ってしまった。
それを見たメリルさまは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
なんだか今日はメリルさまに助けられてばかりだなとふと思う。
だからせめてメリルさまの願い通り俺たち三人が同じクラスであることを信じて、俺はクラスの書かれた掲示板を見るのだった。
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