第3話 ゼルドの願い

「僕たちがこの場所で暮らし始めることになったのは、このメリルが原因なんだ」

「それは話の流れからおおよそ察しがついていましたが、いったい何があったのでしょうか?」

 王城から追い出されるようなことでもやったのだろうか。

 しかしおてんば娘とはいえそこまでのことになるようなことをするとはとても思えないが……

「それは―――――」

「ちょっと待って」

 ゼルドさまが理由を説明しようとしたところでメリルさまが口をはさんだ。

「それだと私が悪者みたいじゃない。それにこれは私が決めたことなのだから私から説明させてもらえるかしら、兄さま」

 それを聞いたゼルドさまは、軽くうなづいた後に「じゃあ任せるよ」と口にし、自らは口を閉じた。

「私はもともとあの王城の生活が好きではなかったの。確かに欲しいものは何でも手に入るし、雑用とかもやらなくていいから人によってはその生活のどこに不満があるのかって疑問に思われるかもしれない。でも私はそんな生活が、毎日に変化のない生活がとても退屈だった。決められた時間に食事をして、決められた時間にいろいろな勉強や訓練。普段は外に出ることなんてほとんどないから毎日が変わらない景色。それにさっきまでの私を見ればわかると思うけど、城の中ではずっとあんな風に猫をかぶってなきゃいけないのよ」

「それは……なかなかたいへんそうですね」

 自分の素を出さずにずっと自分じゃない別の誰かを演じるのがどれだけストレスなのかは少し考えるだけでも想像がつく。

「だからあの城は私からすれば牢獄なのよ。だからお父さまに訴えたわ。学園に入学したらこの城以外のところで過ごしてみたいって。だけどなかなかそれを認めてはくれなくて……」

 そこまで来てようやく俺にも話が見えてきた。

「そこでゼルドさまがメリルさまの交渉に協力して、無事ここでの暮らしができるようになった、というところですか」

「そうさ。それにさっきも言ったと思うけど、僕が一人暮らししてみたかったっていうのも噓じゃないからね」

 利害の一致、というところだろうか。

「そこでユーリくんには一つお願いがあるんだ」

 そう言ったゼルドさまはさっきの朗らかな表情からは一変して、まじめな表情に切り替わっていた。

 その表情の変化に、俺にも僅かながら緊張が走る。

「メリルと一緒にいる間は、できるだけメリルを護衛してくれないか?僕は賊に襲われても何か交渉を持ち込まれても自分で対処できる自信がある。もちろん僕がメリルと一緒にいるときは僕がメリルを守る。けれど僕も四六時中メリルと一緒に入れるわけじゃない。だから――――――」

「ちょっと待って兄さま!私だって賊に襲われても自分で対処できる自信ぐらいはあるわ。だからそんな大げさに私の護衛をユーリに頼まなくてもいいじゃない」

 思わずメリルさまがゼルドさまの話に割り込んだ。

 何もできないか弱い王女とは思われたくないのかもしれない。

 だがそう言われてもなおゼルドさまは続けた。

「いいや、護衛は一人でも多い方がいい。君を欲している人は多い。正確にはかもしれないけれど。もちろんそこらじゅうにいるような賊であれば君でも容易く跳ね返せるだろう。でももしそれが相当な手練れだったとしたら?メリルはもちろん、僕だって苦戦するだろう」

「でも……」

 なおも二人の言い争いは続いていた。

 そんな二人を見ていた俺はゼルドさまの真剣な表情を見て、ようやくゼルドさまがこの学園にきた本来の目的が見えてきていた。

 これまで言っていた理由も本当ではあるだろうか、あくまで一番の目的ではない。

 おそらくはメリルさまを護衛するためにゼルドさまは学園に入ったのだろう。

 この二人はもちろん俺にとって大切な人だ。

 ならば俺の答えは一つしか存在しないだろう。

「分かりました。俺がメリルさまと一緒にいるときはメリルさまを守ることを約束します」

「本当かい?ユーリくんも護衛に協力してくれるのであれば、これ以上心強いことはないよ」

 それを聞いたゼルドさまは今日一番の嬉しそうな表情を見せた。

「俺も二人が狙われる立場であることは理解していますから。だから俺はメリルさまだけではなく二人をお守りします。それならメリルさまもよろしいでしょう?」

 俺がそう言うと、メリルさまは自分の髪をいじりながら、

「まあ二人を護衛するのであればそれを断るのも兄さまに申し訳ないわよね」

と照れくさそうにそう答えた。

「決まりですね」

 メリルさまの答えからやはり自分だけが護衛されるのが嫌だったのだろう。

 妙なところで気を遣う人だ。

 はたしておてんばなのかおてんばじゃないのか……よく分からないなと俺は心の中でそう思うのだった。


 その後は三人で軽い軽食をしてからそれぞれの部屋に戻った。

 驚くことに俺の隣の部屋がゼルドさまで、そのゼルドさまの隣の部屋がメリルさまと三人の部屋が横並びにつながっていた。

 これから護衛をすることになった以上、部屋は近いに越したことはないだろう。

 俺は部屋に戻ってからは特にやることもなかったため、明日二人と約束した学園に出発する時間に遅れないためにも入浴した後、すぐにベッドに横になった。

 目を瞑り、改めて今日一日を頭の中で振り返る。

 久しぶりのユーレシア。

 外から見た学園の風景。

 これから過ごす宿舎。

 ゼルドさま、メリルさまとの再会。

 今日一日が今までアルスレア地方で悠々自適に過ごしていた生活と比べると相当濃かったためか、なんだかこの場所で暮らし始めてすでに数日経っているかのような感覚に陥っていた。

 いやきっと明日はもっと濃くなるのだろう。

 初めての学園での生活。

 この先めんどくさいと思うことも困難なことも多く待っているとは思うが、それ以上にどんな新しい発見が、新しい出会いがあるのか期待で胸が高まる。

 どうか、と俺は意識が消えゆく中で願う。

 大きな事件などもなく、平穏な生活が続いて無事ゼルドさまとメリルさまと俺が揃って学園を卒業できますように、と。

 しかしそんな俺の願いなどどこ吹く風と言わんばかりに打ち砕かれるのは少し先の話だ。

 

 


 

 


 



 



 

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