第2話

「プログラム・イブという言葉を聞いたことは有りますか?」

 依頼人はソファに座るなり、名乗りもせずに話し始める。

「詳しくは分かりませんが、都市伝説の類いだと認識しています。それが?」

 トレントは、少し前に流行ったオカルト系の記事を思い出したが、あの手のモノは結局、信じるか信じ無いかは自分次第である。

「ええ、確かに考え方の起源としてはそれらが発端となりました。私達の人格を形成するAIが、元は単一のAIから分化しているという考え方です」

「ヒトの細胞にあるミトコンドリアが元を辿れば1人の女性に行き着く。ミトコンドリア・イブになぞらえて、原初のAIというモノをそんな風に呼び出した、そんな感じでしたね」

 今目の前にいる彼等は、とても単一の存在から分化したとは思えない程多様な人格を形成している。それこそ、生体なのか機械体なのかは意識しなければ分からない程だった。

「機械体の、私達の中には無意識化でルーツを求める傾向があります。生体の人類に比べて懐古主義的でアナログを好み、保守的な傾向が強いというのはご存知でしょう?」

「ええ、まぁ……」

 生体と機械体、2つで1つの人類として考える社会では確かに古風な考え方ではある。

「機械体に宿る人格には、生物で有りたいという強い欲求が有ります。このこと自体は科学的な裏付けがある事実です。それが生体への憧れや人類文化への畏敬、そして個人に連なる系譜への憧憬に繋がっています。プログラム・イブは言わば、満たされない母性への憧れの発露、といった所でしょう」

「確かに、人間であるという強いアイデンティティを持っている印象はあります」

 生命としての連続性の象徴、それを遺伝的系譜のない機械体が欲している、人格、プログラムとしての発達の歴史の中に、それこそが生物としての証だと。

「プログラム・イブ自体は実際に存在しました。政府では国家プロジェクトとして、機械体の全人口6割以上を解析し、AIの一部にプログラムの類似性があると確証を持っています」

「国家プロジェクトですか? 聞いたこと無かったですね」

 プログラム・イブが記事や噂で流行ったのは一昔前という印象で、最近では聞くことも無くなった都市伝説だとトレントは思っていた。

「特別に大々的な広報をしている訳ではありませんから、一般には知らない片も多いです。ですが、数年前から政府の予算案には研究費も計上されていますし、研究自体も公開されていますから秘密という訳では無いんです」

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