第十話 カメラに残るもの
依頼人の鈴木から持ち込まれたデジタルカメラには、なにか不思議なものが写り込んでいる写真が複数収められていた。
このカメラは鈴木の叔父が元々の持ち主だったという。彼の叔父は特殊清掃を生業としている。いわゆるゴミ屋敷の清掃を行うが、なかでも孤独死現場の後処理も大きな仕事のひとつだ。現場ではビフォーアフターをチェックするために写真を取るらしい。主にその清掃をどのように行ったか、また、経費はどれくらいかかったかなどを写真資料とともに記録するのだという。
叔父の仕事はかなり順調で、カメラをよりいいものに買い替えることにしたそうだ。そういうわけで、それまで使っていたカメラを鈴木さんに格安で売ったとのこと。
しかし。
旅行が趣味の鈴木が各地で写真を撮ると、時折なにかおかしなものが写る。それは人の姿を成しているものであったり、モヤのようなものであったりと様々。カメラの経緯を知っている鈴木は「いわくつき」を疑って、鞠絵のもとにやってきたそうだ。
「まぁ、格安なんで買い替えてもいいんですけれどね。でも、このカメラどうしたものかって。変な写真を撮ってしまったことも気になるし」
と鈴木。
その不安は当然だ。鞠絵のもとには写真におかしなものが写ったが大丈夫なのかといった依頼がよくくる。大抵の場合は影の見間違いであったり、いわゆるシミュラクラ現象(*注1)による誤認であったりする。
なかには危険なものもあり、特にそれによる霊障などを受けている場合には慎重に対処していた。
鈴木が持ち込んだカメラは、どちらかと言えば後者。つまり「本物」だ。
「これまで撮影してきた『もの』の残像みたいな感じね」
「やっぱり、捨てたほうがいいですか」
あちゃー、と言った表情で鈴木が問う。
「個人的には……このカメラに残った方たちを助けてあげたいかしらね」
「それってお祓いとかですか」
「祓う……っていうと除霊ってなるんだけど、祓うよりも『上げて』あげるほうがあなたにとってもいいと思うわよ」
「成仏させるってことです?」
「そう、あなたにもできるけれど、最終的には私が手伝うわ」
「え、僕にできるんですか」
驚く鈴木に鞠絵は手順を説明した。
このカメラには陰の気が宿っている。陽の気をもつものを撮影し「残るもの」を浄化しようという作戦だ。
太陽の光、大地に根を張った力強い植物、そして人々の笑顔。その他明るい印象を抱いたものたち。
それらをメモリカードいっぱいに撮る。
「それだけなんです?」
簡単そうな手段に鈴木は少し戸惑ったようだ。
「そうよ。でも気をつけて。知らずに心霊スポットなんかで撮影したら逆効果だから」
鞠絵の言葉を受けて、不安そうになった鈴木だが、大丈夫そうなところに心当たりがあると帰っていった。
2週間後。鈴木がカメラをもって奇海堂にやってきた。撮られた写真を見た鞠絵は思わず微笑んだ。鈴木が行ったのはとあるテーマパーク。華やかな風景に人々の笑顔が何枚も撮られている。始めの数枚には怪しげなものが写っていたが、最後のほうになると全く写っていなかった。
「私の出番はないみたいね」
鞠絵はカメラを確認しながら言った。
「え、除霊とかはいらないですか」
「こういう、みんなが楽しんでいる風景って強烈な陽の気を放ってるからね。カメラにいたひとたち、浄化されたみたいよ」
かつて写真というものが発明されたころ。カメラで撮影されると魂を抜かれるという迷信があった。鞠絵の持論では、それはあながち「迷信」とは言い切れない。ゆくえに困った魂がカメラに宿ることもある。鞠絵はそう考えている。
注1 シミュラクラ現象:3つの点などが集まった図形を人の顔と見る脳の仕組み
奇海 -腐海 2- 遠野麻子 @Tonoasako
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