第九話 霊山行きバス
「鞠絵、ありがと。助かったわよー」
友人の咲子からの電話に鞠絵は戸惑った。なんのことかさっぱりわからなかったからだ。
「えーっと、なんだっけ?」
そう答えると、やっぱりね、と一言添えてから彼女は説明を始めた。咲子は旅行に出かけているのだという。
咲子が出かけているのは所謂霊山と言われる山がある地域だ。山頂までバスがでているため、気楽に訪ねることができる。
昼過ぎに家を出て、現地についたのは夕方間近。今日は麓の旅館に泊まり、翌朝から山へと向かうつもりだったという。
最寄り駅から麓へのバスを待つこと10分。予想より早くバスがやってきた。その時間はバスの本数も少なくなっている。この路線では2種類の行き先があった。ひとつは山頂まで向かうバス。もうひとつは山頂まではいかずに麓で折り返すバス。そしてこの時間では既に山頂行きはない
目の前に止まったバス。その行き先表示は「○○山山頂」と書かれている。違和感を覚えた咲子だったが、折よく到着したバスに乗らない手はない。なんらかの事情があって山頂行きが発着しているのだろうと、乗車した。
バスのなかは少し薄暗く、何人かの客が乗っている。なにかのイベントでもあって山頂行きがあったのだろうと予想していた咲子にはその風景は少し不思議だった。それぞれの客はひとりで乗っているようで、イベントを楽しみに知人と連れ立って、といったような様子ではない。不思議に思いつつも、座席に座った。
「次は○○山山頂です」
と運転手のアナウンス。
「えっ!?」
咲子は驚いた。目的地に着くまでにはいくつかのバス停を経由する。その中に咲子が本日泊まる山麓のバス停もあった。しかしアナウンスはそれを全て飛ばして山頂へと向かうのだと告げている。いくらなんでもこれはおかしい。どうしたらいいのだろうかと逡巡していると、携帯電話が鳴った。見ると鞠絵からの電話だ。咲子は画面をタップし電話に出た。この際バス内での通話などと気にしている余裕はない。「外の世界」と繋がりを求め、それに出ることにしたのだ。
「咲ちゃん? 今どこにいるの」
電話の向こうの鞠絵が言う。
「バスなんだけど……なんか変なのよね」
咲子が説明すると
「今すぐ降りて、そのまま乗ってちゃだめ。無理にでも降りて」
「それって……」
「いいから、降りて。はやく」
その声に圧され電話を切り、運転席へ駆け寄った。
「すみません、間違えて乗ってしまいました。降ろしてください」
咲子がそう運転手に声をかけると、運転手は陰気な声で答えた。
「あぁ……そうですか……そうですね」
バスが停まり、ドアが開く。
咲子はそのまま降りて、バスを見送った。ちょうど目の前にバス停がある。先程乗った駅前のバス停から2本目のバス停だ。ここで待っていれば今度こそ「普通の」バスがくるだろう。
予想通りバスがきて、咲子はそれに乗った。中は至って普通。明かりも灯され、観光客と思われる人々も乗っている。安心してそのまま乗車し、無事旅館のあるバス停までたどり着いた。
バスから降りた咲子は、鞠絵に礼を言おうと携帯電話の着信履歴から折り返すことにした。しかし、履歴には先程の通話の着信の記録が残っていない。仕方がないので電話帳から鞠絵の電話番号をタップしてかけてきたのが今、だとのことだった。
一連の話を聞いても鞠絵には心当たりがない。
「私、電話はかけてないわよ」
と鞠絵は言った。
「そう……なんだ。まぁ、なんだか助かったみたいだから、ありがと。で、あのバスなんだったの」
「霊山って言ったっけ。それはきっと『あの世行き』だったのかもね」
「やだ、なにそれ怖いじゃない」
「あは、助かったんだしいいんじゃない? 明日は楽しんできて」
しばしの歓談を終え、鞠絵はふと気になって自身の携帯電話の履歴を見てみた。今かかってきた彼女からの電話。そしてその5分程前に鞠絵から彼女に電話をかけた記録が残っていた。
もちろん、それには心当たりはまったくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます