第七話 トンネルにて

 その三人の女性が店に入ってきたのは、鞠絵が昼食を終え歯磨きをしていたときのことだった。

「あのー……すみませーん」

 遠慮がちなその声に歯磨きの手が止まる。

「店員さんいますか~!」

 次に聞こえたのは闊達かったつそうな別の女性の声。慌ててうがいをし、鞠絵は店に出た。

 最初に声を発したであろうその女性には見覚えがある。店に何度か来たことがり、会話も交わした。

「あら、こんにちは。どうかしたの?」

 手に商品を持っていないその姿から「依頼」の気配を感じ、鞠絵は尋ねた。

「実は……」

 やはり、少し話があるようだ。鞠絵はいつものように「臨時休業」の札を店先に出し、彼女たちの話を聞くことにした。彼女たちを仮にAさん、Bさん、Cさんと呼ぼう。(鞠絵が名前を聞きそびれたというのだから仕方ない)


 彼女たちは昨晩、あるトンネルに出かけたという。夜にわざわざそんなところに出かけるというのは、もちろんのことと言っていいのだろうか。心霊スポットを訪ねたそうだ。

-トンネルの中に幽霊が出る

 ありがちなそんな話。夜にAさん宅に集まり、おしゃべりをしていた。

 どんな話の流れからだったろうか。Aさん宅から車で少し行った先にあるトンネルの話になった。今でも使われているそこだが、なんでも幽霊がでるという噂で夜に使う人はほとんどいないという。まあ、そのトンネルの先は更なる山になっており、夜に行く用事がないというのが本当のところではあるのだが。

  歩いてそこに入り、中程で柏手を打つとなにかが起きる、というのがそこの噂。噂などというものは曖昧なもので「なにか」がなんなのかは分からないとAさんは言った。


 Aさんが主導して昨夜の話を進めた。

 話が弾んだ彼女たちは、早速そこにいくことにしたそうだ。Aさんが運転する車でそこまで向かい、トンネルに到着。車から降りた彼女たちだったが、噂と雰囲気に圧され入るのを躊躇ためらった。

「えー、入んないの?」

 そう言ったのはBさん。彼女はさっぱろとした性格であまり心霊などといったことを信じていない。

「これ、怖いよ……」

 と言ったのはCさん。Aさんよりも大人しく、こういったことには弱い。ここにくることも最初は嫌がっていたが、話の流れで仕方なくついてきたのは彼女だった。

 Aさんもすこし怖気づき、届かない懐中電灯の光をトンネルに向けて言った。

「あたしも無理だなぁ……」

「もー!! せっかくきたのに~」

 とBさんは頬を膨らませた、

 そこで、Bさんがひとりで中にはいることにした。もちろん止めたがワクワクとしているその態度ではどうしようもない。

 Bさんはビデオ通話アプリを使って中に入り、様子をAさんのスマートフォンに送るという。

「録画、しておいてね。なんか撮れたらネットにあげようよ!」

 そう言って彼女は中に入っていった。


『んー……特になにも変な感じしないねー』

 スマートフォンの画面に映るBさんが言う。Aさんたちに見せるためだろう。メインカメラとインカメラを切り替えながら、中の様子を見せてくれている。やがて中ほどまでたどり着き、噂にあるようにBさんは柏手を打った。

『あは、やっぱりなんにもないや』

 そう言って笑う画面の中のBさんだが、Aさんたちは凍りついた。Bさんの後ろをなにかが通り過ぎたように見えたのだ。

「や、やだ、早く戻ってきてよ、なんか変だよ」

『えー、だってなにもないもん』

 そう言ってBさんは更にそのあたりをウロウロとする。そして映る、なにかおかしな「もの」。やがて画面には時折ノイズが入るようになった。

 外にいるとはいえ、AさんとCさんはパニック状態だ。

「ねぇ、出てきてよ。怖いよ、そこ」

 Aさんは必死になって言うが、Bさんは意に介さず中の様子を映している。

『えー、だってなにもないもん』

 嬉しそうに笑うその声に恐怖を覚えたAさんたちはパニック状態だ。トンネル入口の壁にもたれて座っていた彼女たちだったが、中の様子を伺うことすらとても怖くてできない。

 ザザッ、ザザッと音声ノイズも混じってきた。

「帰ろうよう……」

 Cさんが涙声で言う。

『えー、だってなにもないもん』

 Bさんはそこでくるくると回っているのだろうか。笑いながら中の様子を撮影している。もうこれ以上は耐えられない。Aさんが思い切って中に声をかけるため立ち上がろうとしたその時。

「あ、なんか撮れた?」

 突然Bさんの声が近くで聞こえた。見るといつの間にか出口まできている。徒歩の距離とはいえ、あの状態からここまですぐにこれるとは思えない。

 思わず固まるAさんがことの次第を話した。録画した映像を見せると、Bさんは怪訝な表情で答えた。

「あたし、こんなことしてない」

「どういうこと?」

「一回目の『えー、だってなにもないもん』っていうのは確かに言ったよ。でもその後すぐに飽きちゃってこっちに向かったんだもん。ところどころ撮影しながらだったからゆっくりだったけどさ」

「じゃあ、これ、なに?」

「……わかんない……」

 Cさんが怯えながらいう。

「これ、Bちゃんになにあったりするのかな」

 三人はそこをすぐに立ち去ることにし、Aさん宅に戻った。そして、奇海堂に縁のあるAさんの提案でここにきたのだそうだ。


 一連の話を聞き終え、くだんの動画も見た鞠絵はちょっと笑って答えた。

「いたずらされちゃったわね」

「いたずら?」

 とAさん。

「あなたたちが楽しそうだから、ほんの少しいたずら心が出ちゃったみたい。憑いてきてはいないから大丈夫よ」

「でも、あんな怖い映像……」

 泣きそうな声でCさんが言う。

「『心霊スポット』っていうのは本来あまり行くものではないのよね。そこで受け入れる準備をしている人がいることが多いから」

「『受け入れる』?」

「えぇ、自分の死をね。でも長い時間が経つと少しずつ霊も疲れてきちゃうの」

「やだぁ、それであんなことを?」

 Bさんが呆れたような声で答えた。

「でもね、あなただったから良かったのよ。根の明るさっていうのかな。そういうのがあなたにはある」

「あー……確かに呑気ってよく言われます」

 と笑うBさん。

「ただし、偶然だからね。そこにいた人たちはたまたまあなたの明るさに波長があっただけのこと。次に行ったところで同じになるとは限らないわ。だからもうそういうところは行っちゃダメよ」

 鞠絵がそう言うと、Bさんは少し頬を膨らませた。なにも憑いてこなかったという安心感からか、AさんとCさんはその表情を見て大笑いした。


 動画の存在自体はあまりいいものではない、とそれを削除させた。それ以上することもないと言うと、三人は少し肩透かしを食ったとでも言いそうな顔を浮かべたあと、店を出ていった。


 三人にはあえて言っていない。あのスマートフォンを介して、ある霊が憑いてきていたことを。

 ただし、救いを求めてのことだ。彼女たちから引き離し、鞠絵は「彼」を浄化させた。それで全ては本当に終わり、鞠絵は一息ついた。

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