第六話 渇く喉

 遠慮がちに入ってきた客は、以前鞠絵が依頼を受けた人物からの紹介とのことで、沢口と名乗った。

 彼には弟がいたのだが、学生生活のため一人暮らしをしていたところ、アパートの別の部屋からの失火による火災で死亡したとのこと。沢口が最近悩まされているのはその弟についての現象だった。

 沢口は実家で両親と暮らしている。弟の位牌は沢口家の仏壇に収まることになった。あまりにも早い息子の死に両親の嘆きは深く、葬儀の手配や仏壇の準備、墓の用意など沢口が主に奔走したという。もちろん、金銭面では両親がその役割を担ったのだが。


 さまざまなことが落ち着いてしばらく。沢口は弟の夢を頻繁にみるようになった。夢の中で弟は喉の渇きを訴える。夢の中の状況は日によって違い、例えば子どものころによくハイキングに出かけたところだったりする。そんなとき、夢の中の沢口は水筒からお茶を注ぎ弟に差し出すのだが、弟は曖昧な笑顔を見せて消えるのだという。

 そういった夢があまりに続くため、沢口はやがてそれがなにかを意味しているのではないかと考えるようになった。友人(これが鞠絵の以前の依頼人だ)と飲みにいった際、会話の流れでその夢の話になった。友人は、それは沢口が考えているのと同様に弟がなにかを訴えているのではないかと鞠絵を紹介してきたのだとのことだった。


 一連の話を聞き、鞠絵はさっと沢口の背後を視た。そこにいる彼の弟を。ひと目見て合点がいった鞠絵は、沢口に質問することにした。

「弟さんのお仏壇、なにを供えておられますか」

「あぁ、やつは酒が好きでね。大学生だっていうのにね」

 そう言って少しほほえみ、続ける。

「ビールを毎日一本供えてますよ。お下がりは私が毎晩飲んでいます」

 やはり、と鞠絵は思った。

「ビールではなくお水を。喉が渇いていらっしゃるのでお酒よりもお水をあげてください」

「水……のほうがいいんですか」

 素っ気ないような供え物の提案に沢口は少し戸惑っているようだった。

「喉が渇いた時のビールって、確かに美味しいけれど、弟さんがほしいのは普通のお水なので、それでいいんですよ」

 鞠絵がそう答えると、沢口は納得し、帰っていった。


 数日後、沢口から連絡がきた。なんでも朝に供えた水が夜には半分以下に減っているという。大丈夫なのかと沢口は不安がっていたが、しばらく様子をみるように、とだけ伝えた。

 それからしばらくのこと。再び連絡があった。水が減る現象はしばらく続いたが、その量は少くなくなっていき、今ではまったく減ることがないという。

 

 

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