第五話 霊道
店の常連である山口氏は数年前に家を購入していた。常連である彼は、常連であるが故に所謂「土地の問題」について、一般とは異なる視点で危惧していた。
悪いモノが潜んでいないか、霊道などといったモノが通っていないかなどなど。彼は購入する際、鞠絵に相談を持ちかけた。
「100%問題のない家なんてないのよ」
鞠絵がいうその言葉に
「まぁ、それは分かっているんですけれどね」
と山口氏は苦笑いした。
山口氏に案内されたのは建売住宅。鞠絵がざっと視たところ、特に問題はなかった。
「霊道なんかも通ってないし……悪いモノはいないわね、今のところ」
建物に人が居着くようになると、どこかしこで拾ってきたものや、好奇心で覗きにくるモノなどが出てくるというのが鞠絵の持論であり、経験譚だ。
これまで店を訪れる度に山口氏は怪談を鞠絵にせがんでいた。その中にもこういった話は多く、鞠絵が言った「今のところ」に山口氏は「なるほど」といった面持ちで頷いた。
それから数年経ったつい先ごろのこと。
山口氏がいつものように店に訪ねてきた。
「最近ね、なんかおかしいんですよ」
と彼は少し深刻な顔をして言う。
「おかしいっていうのは……家のことかしら」
鞠絵は彼が纏う空気から、なんとなくそれを察した。
「えぇ、視てもらえないですかね」
山口氏からの依頼を受け、鞠絵は週末に彼の家を訪問することにした。
家の外観を視て、鞠絵は
「あら」
と思わず声をあげた。
「やっぱり……なにかあります?」
「んーっとね、前は霊道は通ってなかったんだけど……なんか変な道ができてるわね」
家の中に入って改めて確認すると、夫婦の寝室をまっすぐと貫く道がある。それはよりにもよって彼らのベッドの上を通っていた。
鞠絵がそれを説明すると、
「あぁ、そうなんです。寝てる時におかしなことが起きたり、おかしな気配があったりするんですよね。でも、これって……」
山口氏は困惑していた。鞠絵もまた困惑した。
以前はなかった道。しかしそれは古くからあるもののようでありながら、どこか人工的なものを感じる。
鞠絵はスマートフォンを取り出し、この地域の地図を確認した。この霊道はどこからきたのか、と。
地図を眺めているうちに、鞠絵にはピンとくるものがあった。この霊道の起点の方向。そこに空き地がある。それについて山口氏に聞くと、そこは最近家が建てられたそうだ。
彼の言葉を受け、ふたりでその元空き地へと確認にいくことにした。
「ああ!! やっぱり」
思わず鞠絵は声をあげた。不思議そうな顔をする山口氏に鞠絵は説明した。
新しく建てられたその家は恐らくデザイナーハウスなのだろうか、非常にモダンだ。外観は三角形で、きりっとした直線が印象的な建物になっている。
しかし、その三角形の角が問題だった。そこには古くからある霊道が通っている。それ自体は珍しいものではなく、その地域に住むものたちが亡き後に移動するためのもので害をなすものではなかった。
本来の移動先を確認すると、そこには寺院が地図にある。
家の角が偶然霊道に当たっており「道」はそこで反射するように曲がっている。その先にあるのが山口邸というわけだ。
「えぇ……どうすれば……」
説明を受けた山口氏は困ったような顔で答えた。
「ひとまず、ここでは目立つから移動しましょう」
鞠絵はそういって、すぐ近くにあった喫茶店にはいることにした。ちょうど三角の家も見えて鞠絵にとっても好都合だったのだ。
先程の説明の続きをする。以前はその霊道を通った霊たちは移動した先で現世から離れ、穏やかに天に上ってたのだろう。しかし、流れが変わったことで「先」がなくなった。自然、道は輪のようになり「彼ら」はぐるぐると同じところを周るようになった。いつゴールできるか分からない、虚しさ。そのため道の「色」は変化し、周囲の良くないものを引き込むようになっていった。
それが家を貫いているのだから堪らない話だ。
「もしかして、他の家にも影響が出ていたりしませんかね」
山口氏の疑問は当然の話だ。
「えぇ、多少なりとも影響はあるでしょうけれど……大抵の方って『こういうこと』と結び付けないですからね」
と鞠絵は微笑んで言った。
「笑い事じゃないですよぉ」
「えぇ、そうなんだけれどもう大丈夫です」
それを聞いた山口氏は驚いたような顔をした。
「もしかして……話してる間に『片付け』ちゃいました?」
「えぇ、ほんの少しだけ道をずらしたわ。ついでに今まで溜まっていたのを一気に『先の方』に預けたから、この道はもう大丈夫」
「先の方?」
「さっき言ってたお寺さんよ。ちょっとご負担をおかけしたから、これを飲んだらご挨拶にいきましょう」
コーヒーを片手に鞠絵は言った。
鞠絵と山口氏は、改めて霊道の終着点となった寺院を訪ねた。清涼な空気が心地良いそこで手を合わせ、各々帰宅した。
山口氏からの後日連絡によると、おかしな現象はあれきりないと言う。
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